Keep a secret

□支配されたい
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「ちゃんと言うことができたらもう終わりにしてあげますよ」
「終わ、り?」
「途中ではやめてあげられないよ……」

 私は一瞬だけ希望で瞳を輝かせたのだろう。時谷くんは少し困ったような顔をした。

――時谷くんの指で気持ち良くしてくださりありがとうございます。
 そんなこと絶対に言うもんか。無理矢理されているだけだ。気持ち良くなんてなってない。嬉しくなんてない。
 私は心まで時谷くんに屈したりしない。そうじゃないとこの行為が終わった後に立ち直れないと思うから。

 緊張と恐怖を飲み込むように喉をごくんと鳴らした後、時谷くんを睨みつけた。

「言わないよ。だって……こんなの気持ち悪いから」
「……っ」

 私の言葉に怯んだように肩を震わせた時谷くんが、私から顔を離して俯いた。
 こう言えば時谷くんが怒ることは何となくわかっていた。酷いことをもっともっとされるかもしれない。
 それでも構わない。自分は精一杯抵抗したんだと後から思いたかった。

「親の仕事や趣味がおかしいだけで自分とは違うとか言ってたけど、本当かな? 時谷くん生き生きしてるもん。こういうの何て言うんだっけ。SMプレイ? 本当は時谷くんだって好きなくせに」

 私は自分の心を少しでも救いたくて時谷くんを傷付ける言葉を浴びせた。

「っ、あははははっ! やっぱりそう思いますか?」
「え……」

 時谷くんは急にぷはっと息を吐き出し、何か面白いものでも見たかのように笑い出す。
 予想外の反応に馬鹿にされているような気がして苛立ってくる。

「何がおかしいわけ」
「ふふっ、ごめんなさい。俺も同じこと思ってたからつい……」

 時谷くんは怒るどころか笑いながら私のさっきの言葉を認めるらしい。そんな時谷くんが妙に不気味だった。

「俺は力が弱いから綾瀬さんを逃がさないためには拘束しなくちゃならないよね? 抵抗する術を奪われ、逃げられなくなった綾瀬さんを見て俺はやっと安心できるんだよ」

 私はぽかんとしてしまう。まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。ただ嫌がらせのつもりで言ったからだ。

「ねぇ、綾瀬さん。俺の親は多分相当仲が良いんだ。毎晩毎晩悲鳴みたいな母さんの声が聞こえてきて、幼かった俺はいつも心配してた。父さんは母さんを虐めてるって思ってたよ……でも、大きくなるにつれ気付いたんだ。母さんはもうやだぁー助けてーって泣いてるけど本当は喜んでた。二人はすごく愛し合ってるんだ。こんな防音が完璧な専用部屋まで作ってさ、何をするつもりだったんだろうね。あの人達のことを心底気持ち悪いと思うし、昔から軽蔑してる。けど、俺は父さんの気持ちも理解できてしまうんだよ」

 いつの間にか一人称が「俺」に変わった時谷くんは長く悩まされていた憑き物が落ちたような……晴れやかな顔をしていた。

「好きな人の全てを支配したい。そして、支配されたい。当たり前の感情でしょう?」
「そんな……」

 時谷くんの両親の愛の形を否定するつもりはないが、戸惑ってしまう。
 ただ、支配という言葉は引っ掛かる。もっとこう、温かく包み込むような優しい気持ちで好きでいることはできないのだろうか。

「……綾瀬さんはまだ本気で人を好きになったことがないからわからないんだよ」
「うん……私にはよくわからない」
「でもね、俺は知ってしまったんだ」

 時谷くんがふっと悲しそうに微笑む。
 時谷くんはそんなに思い詰めるほどの本気の恋をしたことがあるんだね。
 もしかして今も、好きな人がいるの……?
 そう考えた瞬間にチクリと胸を刺した痛みには気付かない振りをする。

「綾瀬さんは俺が怖い?」
「……怖いよ。当たり前でしょ」
「今はそうでも大丈夫だよ。俺達もすぐに父さんと母さんみたいになれるから」

 ふわりと花が開くような微笑みに胸が高鳴るのを感じた。いくら私の大好きだった柔らかくて優しい微笑みだからって、こんな状況で馬鹿にもほどがある。 

「埋まらない心の隙間は無理矢理にでも埋めてしまえばいいんだ……」
「ひっ? やぁぁっ! 何をして……っ」

 時谷くんの長い指が二本、私の中に入ってくる。経験したことのない感覚に思わず悲鳴を上げてしまう。
 これまでの前戯で十分すぎるくらい濡れていたため痛みこそ感じないけれど、内側を広げるような指の動きに強い違和感と不快感があった。グチャグチャと今までにない激しい音を立てて出し入れされる指にぞっとする。
 痛くはない、でも気持ち良くもない。それなのに私の体は着実に準備を整えている。

「綾瀬さんのここはこんなにも解れて俺を受け入れようとしてくれてるよ。心と体は繋がってるんだよ」
「ち、違う」

 心と体が繋がってるだなんて嘘に決まってる。私の心は確かに嫌がっている。ただ、体が言うことを聞いてくれないだけで。

「時谷くんなんて大嫌いだよ! 嫌い嫌い嫌い」

 ぎゅっと目を閉じて偽りの言葉を自分の体に言い聞かせる。
 声に出してから、時谷くんに言われて傷付いた言葉と同じだったことに気付く。

「嫌い嫌い嫌い……」
「……綾瀬さんが二度とそんなこと言えなくなるように支配しないと駄目だよね」

 呪いの言葉を繰り返す私を残して時谷くんはベッドから下りたようだった。
 ようやく終わりにしてくれるのだろうか。
 そうとは思えないことを言われているのに私は何度だって愚かな期待をしてしまう。

 ウィーンウィーン

 時谷くんの気配が戻って来たのと同時に聞き覚えのある機械音がした。

「っ! ん……っ、あっあっ、ああ……っ!!」

 激しく振動するその玩具を濡れた秘部に押し当てられただけで腰が跳ね上がる。私の体はあっという間に限界まで上りつめた。

「もしかしてまたイッたの? 綾瀬さんって淫乱だね」
「はぁ……は……ちが……う」

 バイブを離されて脱力した私に時谷くんは相変わらず辛辣な言葉を投げかける。
 このまま眠りに落ちてしまいたい。のたうち回る度にベルトが手首に食いこんで痛いし、度重なる絶頂で体は疲れ切っていた。

「綾瀬さん。どうせ初めては痛いんだからこれを突っ込んだって同じことだよね」
「え……そ、それを入れるっていうの? まさか本気じゃないよね……?」

 ただでさえ初めてなのに明らかに異常なサイズのバイブを受け入れられるとは思えない。膣が裂けてしまうんじゃないか。

「……嫌なら俺が欲しいって言って?」

 これがこの悪趣味な物から逃れるためのラストチャンス。
 こんな物で処女を喪失させられるのは嫌だ。だからって時谷くんを欲しいなんて言うのは……

「俺を受け入れてよ……ねぇ、一言だけでいいんだ。お願いだから……」

 葛藤している私の口からはなかなか言葉が出てこない。時谷くんは切なそうに眉を下げていて、助けてほしいと私に縋っているみたいだった。
 やがて、言葉が詰まったままの私を見下ろしながら持っていたバイブを投げ捨てる。床に転がる音がしてそれは視界から消えた。

「綾瀬さん」

 間髪いれずに秘部に当てられた熱を持った感触に少しだけほっとした。
 無機質な玩具より時谷くんの方がいい。疲労とともに抵抗する気力も失せてしまっていたからそのまま身を任せる。

「力を抜いてください」
「う、ん……っ!」

 入口をこじ開け、押し入ってくる熱が私の大切なものをぶちぶちと壊していく。やっと奥まで入ったと思ったら、抜き挿しを繰り返して揺さぶられる。

「……っ、た、い……っ」
「はっ、痛い……ですよね。ごめっなさ……」

 痛みを和らげるためか陰核を触られても今は何も感じない。本当はナイフを突き立てられているんじゃないかと思うくらいにただただ痛くて、気を失いそう。
 初めては好きな人と……って言われている理由がわかった。好きな人に心を満たしてもらいながら繋がらなければ耐えられない。

「時谷く、お願いがあるの。好きって……言ってくれないかな……っ」

 きっと断られる。私はさっきも散々なことを言ったし、時谷くんも私が嫌いだと言っていたのだから。
 それでも……優しかった頃の時谷くんに、私が好きになった彼に、助けてほしかった。

「好きです……」

 時谷くんの綺麗な顔が近付いてきて吐息混じりの声で囁いた。

「好き……綾瀬さんのことが好きなんです。愛しています……」

 時谷くんが偽りの愛の言葉を吐きながら髪や頬をそっと撫でてくれる。
 嘘だとわかっていても好きな人からの"愛してる"に心は少し満たされていた。

「綾瀬さん、好きです」
「わた、しは」

 辛うじて保ってきた意識は時谷くんに揺さぶられながら遠退いていった。
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