Keep a secret
□ごめんなさい
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「お、お邪魔します」
黒崎さん達の脱いだ靴が散らばっている玄関の隅に靴を並べた。一応呼びかけてみたけれど、やっぱり何の反応もない。
人様の家に無断で入っているのだ。招かれざる客だというなら黒崎さん達だって一緒だろうに、嘘でもどうぞと家主から迎えてもらえていないことに心地悪さを感じた。
「時谷くん? どこ……?」
反応がない廊下を進み、リビングのドアを開ける。黒崎さん達の鞄や荷物が靴同様に雑に置かれていたけどそこにも姿はなかった。
一階はとても静かで人の気配がないように思える。時谷くんの部屋にいるのかもしれない、と階段を上りながらどうすれば黒崎さん達を追い返すことができるのか考える。
学校にいないんだから先生を呼ぶというのは使えないし……いっそのこと警察?
いや、そんな大事になったら時谷くんも迷惑するかもしれない。
どういうわけか二階にも人の気配はしなかった。時谷くんの部屋を少し覗いてみたけど、案の定誰もいない。
他の部屋も確認すべきか考えていると一つの部屋が頭に浮かんだ。
その考えに従い、前にも進んだことがある廊下の奥を目指す。緊張から一歩足を進めるごとに鼓動が早くなっていく。
そうして、その扉の前に来た。シンと静まり返り、音の聞こえない部屋の中に人がいるとは到底思えない。
それでもこの扉の奥には恐ろしいことが待っているのだと本能が訴えていた。早くなる鼓動を落ち着かせるために小さく息を吐き、ドアノブを握る。
思い出すのは時谷くんの暗い瞳。無許可で部屋を覗いた私に見せた冷たい表情だった。
――もうこの扉を開けたら駄目ですよ? 約束です。
約束した……けれど、ここまで来たらもう腹を括らなければならない。頭を大きく振って余計な考えを振り払う。
力を入れれば重い扉がギギと鳴る。重厚なこの扉は室内の音を外に漏らすことはないんだろう。
まるで何かの境界が壊れていくみたいな不愉快な音を立てながらゆっくりと扉は開く――
「綾瀬さ……ん」
こちらに向いていた複数の視線の中で時谷くんと真っ先に目が合う。時谷くんはそのままくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
相変わらず私の不安を煽る無機質で不気味な部屋の中で、制服を着た時谷くんが壁を背にして座っていた。近くに立っている黒崎さん達にも服の乱れはない。
……よかった。まだ何も起こってない。
「と、時谷くんから離れてください!」
「まーた、綾瀬かよ。何でいつも来るかなー」
「黒崎さん達がおかしなことしてるからでしょ」
「あー……でもちょうどいいかもな」
「うぁ……っ」
黒崎さんが俯く時谷くんの前髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。痛そうにもがく時谷くんをあざ笑いながら隣の取り巻きの女子になにか耳打ちした。
「その手を離し――っ!?」
「はいはい、ストップ」
時谷くんに駆け寄る前に私の体は取り巻きの女子三人に拘束されてしまった。両腕を一人ずつ、更に腰の辺りを後ろから抑えこまれては動けない。
「あ……や、やめてください。綾瀬さんは……関係、ありません……っはぁっ、はぁっ」
「時谷くん?」
なんだか時谷くんの様子が変だ。前髪を掴まれていることでよく見えるようになった顔は真っ赤に染まっていて、苦しそうに小刻みに息を吐いている。
「時谷はねぇ、苦しくて仕方ないんだって」
「どこか怪我してるの……?」
「んー……そうそう。可哀相でしょ? 綾瀬が助けてあげるよね?」
「当たり前だよ! だから早くどいてよ!」
私が時谷くんを助けるかって……答えがわかりきっていることを黒崎さんは何故か楽しげに聞いてくる。尚も体を抑えて離れない女子達から逃れようと私は必死でもがいた。
「だってさー。よかったね時谷?」
「だ、めです……綾瀬さん」
「もう、離して……っ」
「こら、暴れんなって!」
「っやっ!」
女子達は私を解放してくれそうもない。それどころか顔面は床に押しつけられ、両腕は背中側にねじ伏せられる。
「えっ、な、なに!?」
手首に強い圧迫感――床に押さえつけられた顔をできる限り反らして腕を見るとベルトのようなものできつく縛られていた。
「これ、やだ……解けない……っ」
「時谷はねぇ、いわゆる"媚薬"ってやつを飲んで苦しんでるのぉ」
近寄ってきた黒崎さんが私を見下ろしながら普段より高い声で言ってみせる。
「……びやく?」
それがどういう物かは何となくなら知っている。性的な興奮を高める薬……だよね多分。
「な、何でそんなもの飲ませたの?」
「えー? この薬ね、あんまり出回ってないかなり強力なやつらしいんだよね。今度彼氏と使ってみたいからどれくらいの効果があるか気になっちゃってさ」
「そんな理由で? とにかく腕を解いてよ」
「何言ってんの。時谷を助けてあげなくちゃ……ね!」
「ひっ?」
強引に身体を起こされ、スカートに侵入してきた黒崎さんの手が私の下着を足首まで一気に下ろしていった。足首に絡まる下着が目に入り、顔から火が出そうだ。
何で? どうして? こんなの嫌だ。怖い、怖いよ……!
「いやあっ、やめてよ!」
目茶苦茶に暴れる私の拘束は更に酷くなる。一人の女子に後ろから羽交い締めにされ、二人に足首を掴まれた。
「ほーら。しっかり脚を開いて綾瀬のここ、時谷に見せなくちゃ。時谷が気持ち良くイけるようにお手伝いしてあげよ?」
「綾瀬……さ……」
「ひっ! や、やだ、やだ……」
耳元で黒崎さんに囁かれ、スカートの奥……誰にも見せたことがないその場所を、時谷くんに見せ付けるように無理矢理開かされる。
「わ……」
脱力し、ぼんやりとこちらを見ていた時谷くんの目に熱がこもる。
お願いだから見ないで。助けて、助けてよ。時谷くん。
「……あ、あ……綾瀬さ、ん……はっ」
祈るように見つめる私の前で時谷くんが体をぶるっと小さく震わせた。
「は? うっそ、イッたの?」
「全く触ってないのに?」
「えー! すごーい」
「はっはっ、ごめ、なさ……っ、綾瀬さん……」
「ふーん。この薬超使えそうじゃん」
楽しそうな黒崎さん達と、泣きそうな時谷くん、対照的な声を聞きながら少しホッとした。これで、こんな悪夢のような時間は終わるはずだから。
「もういいでしょ……私の腕解いてよ」
「だーめ。ほらぁ、時谷はまだ苦しそうじゃん」
「え?」
「はぁっ、はぁ……」
その言葉は正しかった。時谷くんは変わらず荒い呼吸を続けており、さっきと比べて良くなっている様子はない。
ここからではよくわからなかったけれど、時谷くんがイッたというなら薬による興奮もおさまって楽になるんじゃないのだろうか?
「あたし達はもう行こっか。なんか二人きりで残していった方が面白そうだし」
「そうしよっかー」
「さすが美愛! 優しー」
「時谷、後で報告してよー」
勝手なことばかり言って黒崎さん達は部屋を出て行った。重たい扉が完全に閉じきって時谷くんと二人きり。
緊張の糸が解けたら足首に絡まっている下着のことが気になって仕方ない。慌てて下着を履こうと試みる……が、後ろ手に縛られている状態ではそれすら難しい。
恥ずかしいけど時谷くんに頼んで先に拘束を解いてもらった方が良さそうだ。
「時谷くん、腕のこれ解けないかな」
「っ、はぁ……はぁ」
時谷くんは足がふらついて立つことができないみたいだ。膝と手を着いて四つん這いの状態で私の方にゆっくり足を進める。
「……時谷くん大丈夫?」
でも、あまりに荒い息遣いと苦しそうな表情をしているから不安に駆られる。
「は、はっはっ……」
「大丈夫なの? ねぇ、何か言って?」
何度聞いても時谷くんは苦しげに息を吐き出すばかりで返事をしてくれない。
何故だろうか。少しずつ近付いてくる時谷くんを恐ろしく思ってしまうのは。
「……何で来たの? 僕は大丈夫だって……はぁ……言った、よね」
「それ、は」
時谷くんがゆらゆらと体を揺らしながら私ににじり寄る。
時谷くんに恐怖を感じるのは変だ。時谷くんは私の腕を解こうとしてくれているだけ。
それなのに縮まっていく距離が不安で、思わず後退りしてしまう。
「ど……して逃げるの?」
「ちがっ! えと……」
何も違わないじゃないか。自分でもおかしいと思っている。時谷くんに失礼なこともわかっている。
だけど、私は時谷くんが一歩進むごとに後ろに下がっていき、最後に背中へ当たった硬い扉の感触に息を呑む。
「この部屋には……入らないって約束したの、に……っ」
「だ、だって」
この扉を背にするのは二回目だが、こちら側には南京錠はかかっていない。
あの日、この部屋を覗き見した私を追い詰めた瞳は冷たくて怖かった。
今の時谷くんは苦しそうに荒い息を吐いていて、頬は真っ赤に染まり、潤んだ瞳までもが熱を帯びているように思う。
時谷くん、変な薬を飲まされて辛いよね。私だってこの部屋に入りたかったわけじゃない。早く一緒に出たいよ。
「綾瀬さん、僕苦しいんです。だから――」
時谷くんの熱い手が頬を撫でて、
「ごめんなさい」
私は冷たい床の上に押し倒された。