Keep a secret
□初めてを僕に
1ページ/1ページ
「嫌いだよ……綾瀬さんのことを考えると胸が痛くなる……」
時谷くんは私に優しかった。
私のくだらない話をいつも楽しそうに聞いてくれたし、自分のテスト勉強よりも私を優先してくれたし、私が作った何でもないケーキを美味しい美味しいって喜んで食べてくれたし、私を心配してたくさんメッセージをくれたこともあった。
だけど、本当は私のことを嫌っていた……?
私が黒崎さんと約束をして時谷くんを避け始めた日よりもっと前……最初から、友達になる前からずっとずっと嫌いだったんだ。
「わ、私は……っ」
私は……時谷くんの笑顔を見ると嬉しくなって、なんだか気持ちが安らいだ。
反対に、時谷くんの涙や寂しそうな表情は苦手だった。時々俯いてしまう時谷くんが心配で仕方なくて。
関係が壊れてからも時谷くんと親しげに接したりして、ケーキを美味しいと言われて素直に喜んでしまっていた。
今まで通りの時谷くんに戻ってくれて、私達はまた友達同士になれる。
もしかしたら心のどこかでそう期待していたのかもしれない。
きっと私は――時谷くんを好きだったから。
「ご……めんなさい……」
「どうして綾瀬さんが謝るの……っ、この部屋に入ったから? スマホを見たから? それとも僕を無視したから?」
それら全てを謝るべきかもしれない。
でも、本当に謝らなくちゃいけないのは、
「手紙に書いたこと、守らなかったから」
「綾瀬さんは何も悪くないです……っ全て僕が悪いんだよ! そんなのわかってる……わかってるけど、」
完全に取り乱している時谷くんの呼吸は浅くなっていた。心臓の辺りをぎゅっと掴んで短く息を吐き出しながら私の前に膝をつく。
「はっ、はっ、綾瀬さ……っ、胸が痛いよ。お願い……僕を嫌わないで……」
「時谷くん、苦しいの?」
「苦しい? 苦しい……そう、ですね。苦しいです。とても……」
時谷くんはゆらりと体を揺らしながらこちらに手を伸ばす。
首筋に走った冷たい感触に体が跳ねる。時谷くんの氷のような手が首筋を撫で、そのまま徐々に下りてきて、私の肌を唯一隠すバスタオルに指をかけた。
「ごめんなさい……優しい綾瀬さんなら僕を助けてくれますよね……?」
時谷くんの暗い、暗い瞳に飲み込まれてしまいそう。
前にもこの部屋で同じことがあった。結局あの日の出来事が繰り返されるんだ。
でも、多分……今日はあの日の"続き"だ。
いつの間にか取り去られたバスタオルが床に落ちる。顔へと向けられていた時谷くんの視線がゆっくり下に降りていくから私も釣られて目で追う。
「……っ」
なんて格好だ。私は明るい照明の下で一糸纏わぬ姿を晒してしまっている。
この部屋の照明は多過ぎる。天井だけでなく壁や床に埋め込まれたライトまでもが私を照らしていた。ショールームに並べられた商品にでもなった気分だ。
すかさずバスタオルに手を伸ばすと、時谷くんはバスタオルを遠ざけて私の裸体を無遠慮に見つめてくる。
私は腕で前を隠しながら前屈みになった。
「返して!」
「返しません。これは僕の家の物ですから。綾瀬さん……可愛い」
「ひゃっ」
突然耳元で囁かれた吐息混じりの声に過剰に反応してしまった。「可愛い」とまた言って笑う時谷くんが悪魔のように見える。
こんなの私の好きな笑顔じゃない。
逃げなくちゃ! 拘束されていない今しかチャンスはないんだ。
この部屋の出口はあの重たい扉のみ。私が座っているのは出口から一番離れた場所。
……目の前には時谷くん。
今まで彼から逃げられたことはないけれど、それでも私は扉に向かって走り出した。
「綾瀬さん」
「きゃあっ!」
が、数歩進んだところで後ろから突き飛ばされる。
中央に置かれたベッドに倒れたものの、マットレスがないこの硬いベッドが衝撃を吸収してくれることはなく、体を襲う痛みに起き上がることができない。
早くも逃走に失敗してしまった。何より問題なのは自らでベッドインともいうべき状況を作ってしまったことかもしれない。
「綾瀬さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない! い、痛いじゃんか。女の子にすることじゃないよ」
くすくす楽しそうに笑っている時谷くんに言い返す。意外にも私にはまだ悪態をつく余裕があったらしい。
「扉の方を見てタイミングを図ってたじゃないですか。バレバレですよ」
「あっ!」
痛みに耐えながらなんとか体を起こすも近付いてきた時谷くんの手でまたベッドに転がされる。
その上「もっと僕を油断させてから行動しなくちゃ」とアドバイスまで受けたが、どうしたらあなたは油断してくれるんですか。
「も、もっと優しく止められないわけ?」
せめて腕を掴むとか、ソフトな感じにはできなかったのか。怒りが収まらず睨みつけてみるけれど、間抜けな全裸姿では威嚇にもなっていないだろう。
「綾瀬さんが逃げようとするから嫌がらせをしてみました。大人しくしてくれるなら優しくします」
「どういう……意味?」
「――優しく抱いてあげる」
瞬間、倒れたままの私に覆いかぶさってきた時谷くんの顔が間近に迫る。
大きな瞳が眼前で細められて形の整った唇が孤を描く。拒絶しなくちゃと思うのに……色気をまとったその大人びた微笑みに魅入られ、何も言い返せなくなる。
改めて思うけれど、時谷くんって綺麗な顔をしているんだな……。
動くことも忘れて見とれていたら、顔に落ちてくるさらさらの髪が少しくすぐったい。
除けるために手を動かそうとして、私は凍り付く。右手首が顔の横でベルトのような物によって固定されている。首だけ動かして見れば左腕も同様だった。
「嘘でしょ? いつの間に……」
「気付いてなかったんですか? このベッドには拘束用のベルトが付いてるんです。どんな体位でも問題なくできるように長さの調節ができるんだとか」
「嫌っ、外して! 外してよ!」
もがいてみるが拘束は解けない。ベッドが軋むだけで無意味な抵抗だった。
使えなくなった手の代わりに蹴りつけようとすると彼は私の足首を軽々と掴んだ。
「綾瀬さん、足用のベルトもあるけど……拘束されたいですか?」
「ひっ……」
時谷くんは微笑みを崩さない。恐怖で身体がぶるぶる震え出す。
――逃げられない。逃げられないんだ。もう。
「綾瀬さんの初めてを僕にください」
「ま、ひゃっ」
待って。お願い。
切実な願いが聞き入れられることはなく時谷くんは私の胸の膨らみに触れる。冷たい手で持ち上げられ、揉みしだかれて形を変える乳房は酷く性的に見えた。
自分の胸には色気なんて皆無だと思っていたのに私も一応は男の人とは違う柔らかい身体をしていたのだと気付かされる。
「あ、ごめんなさい。手冷たいですよね。すぐに温めてあげますね」
「え?……ひゃっ」
私の顔を上から覗きこんでいた時谷くんが離れた……と思ったら胸に熱いものが触れる。
時谷くんは大きく出した舌で膨らみを辿っていき、胸の突起を下から舐め上げる。赤い舌にチロチロと転がされると乳首はぷくりと膨らんでいく。
「綺麗な体……綾瀬さんのここ、もう反応してますよ」
「ん……っ」
時谷くんは上目で私を見つめながら固くなったそこに柔らかく吸いついた。
温かいお口の中でぬるぬるの舌が絡まりついてくる。私の体はくすぐったさよりもそれを性的な刺激として処理してしまったらしく、びくりと腰が揺れる。
丁寧に舐めしゃぶられてからちゅっと音を立てて離れた唇は、すぐにもう片方に吸い付いてきた。
「……っ」
私のあそこがこの先の行為を期待するように少しずつ濡れてきているのがわかる。
認めたくなくて唇を噛んだ。
「綾瀬さん、声我慢しないでください」
「別に我慢……してない」
「唇噛んでたら痛いでしょう? 僕に身体を預けてください。怖くないよ」
「い、痛くないってば」
「こんなに真っ赤で可愛い唇が傷付いたらもったいないです。ね、素直に声を出して?」
時谷くんは私の唇を指でなぞりながらとびっきりの甘い声で囁く。
これから私の処女を奪うんでしょう? どうしたって痛い思いをする。
そして、私を傷付けるのは時谷くんだ。
「嫌、嫌……」
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」
「だ、だから! 感じてなんかないんだよ」
少し困ったような顔をしている時谷くんに強がりを言った。感じてるなんて思われたくないし、自分でも思いたくなかった。
私のことが大嫌いだと言う彼のことを私は好きだと気付いてしまった……この気持ちだけは隠していたい。
「そうですか。それなら確認してみようかな」
唇に触れていた指が顎、鎖骨、胸、へそをいたずらに撫でながら秘部へと近付いてくる。
太ももを閉じようにも脚の間に時谷くんが座っている。それどころか、もう片方の手で更に大きく開かされてしまった。
「ほら聞こえますか? 綾瀬さんのここは気持ち良いって言ってますよ」
時谷くんの指が割れ目に沿って撫で上げるとピチャピチャと耳を塞ぎたくなる水音がする。
「気持ち良くな、い……っ」
それでも私は首を振って頑なに否定した。
素直に認めるのは惨めすぎる。だからといってわかりきったことで必死になるのも惨めだ。
どう足掻いても私の心は救われそうになかった。
「はっ……そんな可愛い抵抗されたらぞくぞくしちゃいます」
時谷くんは息を荒くして恐ろしい言葉を吐いた。
「昨日言ってましたよね。奴隷は生意気だといけない……みたいなこと」
「い、言ってな……んんっ」
上から下へ下から上へと割れ目を何度も往復する指先がたまに陰核をかすめる。その指が私のなかから溢れる蜜をすくい取り、陰核に塗りつけながらこね回す動きに変わった。
刺激に耐えながら否定する。本当は嫌味のつもりで「敬語を使わない奴隷は生意気かなと思いまして」と言ったことを覚えていたけれど。
「綾瀬さんは僕の奴隷になっちゃったんですか?」
「違! ふぁ……っ」
自分の恥ずかしい液体でぬるぬるになった陰核を二本の指で挟んで、ゆっくりじっくりと擦られる。
「あ……あっ、指……やめて……っ」
聞き入れてもらえないことはわかっているのに出てしまう制止の声。時谷くんの瞳は嬉しそうに輝いた。
「素直じゃない奴隷にはお仕置きが必要ですよね」
「ご、ごめんなさい……」
「僕の指で気持ち良くしてくださりありがとうございます、って心から言えるようになるまで許してあげない」
……ああ、時谷くんにもいじめの才能があったんだな。
どうすることもできないこの状況で私が最後に望んでいたのは、少しでも早くこの悪夢の時間が終わりますように……ということだったのかもしれない。
「時間はいくらでもありますから綾瀬さんが素直になれるまでしましょうね」
これ以上落ちることはないと思っていた気持ちが更に深みへと沈んでいく。