Keep a secret

□あなたばかり
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 二人で並んで歩く帰り道。お昼休みの気まずさが嘘みたいに話は弾んでいた。

「時谷くんって頭良いもんね。羨ましいな」
「そんなことないです」
「えーっ、テストの順位いつも高いじゃん! 塾とか行ってないんでしょ?」
「塾は行ってないですね」

 月曜から始まるテストから時谷くんの秀才っぷりについて自然に話は流れる。
 時谷くんは本当に頭が良いのだ。廊下にでかでかと張り出される上位十名までのテストの順位表に必ず名前があるし、何度か学年首席を取っているのも見た。

「私は土日で頭に叩き込む予定だよ!」

 私は毎度一夜漬けで何とかしようとする人間だからあまり良い結果を残せていない。
 成績が良い人はきっとテスト前だけじゃなく毎日勉強しているのだろう。日々の努力の積み重ねが実を結ぶ日なのだ。
 私が過去の成績を思い出して苦笑している間に、時谷くんは静かに立ち止まる。

「…………」
「時谷く……っ!」

 どうしたのかと一歩近付いたら私を真っ直ぐ見つめている瞳と目が合った。
 何気ない瞬間なのに多分彼の容姿がいいから……こんなにも息が詰まって心臓がばくばくと激しい音を立てる。
 私の心臓よ、お願いだから静かにして。時谷くんに聞こえたらどうするつもりなの。

「僕でよかったら土日にテスト勉強付き合いましょうか……?」
「はい!」

 "どにちにべんきょうつきあいましょうか"
 耳に届いた言葉の意味を脳が理解する前に即答してしまったが……

「……はい!?」

 土日に勉強を教えてくれるって言ったの?
 遅れて鈍器で殴られたような衝撃がやってきてパニックになる。
 それって学校以外で時谷くんと会うってこと? ちょっと待ってよ。休日に男子と二人きりで遊んだことなんてない。いや、遊ぶわけじゃない勉強するんだから!
 ……これってデートの約束? 違う、違う。私と時谷くんは友達じゃないか!

 それからのことはほとんど覚えていない。明日のことについてあれこれ提案された気がするが、ただただ頷くだけで精一杯だった。
 何でこんなにも動揺しているのか自分がわからない。一人の男子と深く親しくした経験がないから緊張してるだけなんだろうか。
 なんだか妙に気持ちが落ち着かなかった。





 帰宅し、ある程度冷静になってから問題に気付く。時谷くんが提案してくれた明日の約束の内容――待ち合わせ場所や時間のことを何一つ思い出せない。
 動揺していたから時谷くんの話が右から左へ抜けていってしまったのだろう。
 ……聞いてみるしかない、よね。

『明日のことで教えてほしいんだけど』

 時谷くん、さっき話したばかりなのにごめんなさい。そう心の中で謝罪しながら短いメッセージを送った。

「ん……」

 ゆるゆるとまぶたを開けると蛍光灯の真っ白な光で目が眩む。
 私の手にはスマホがあった。時谷くんにラインを送ってから数分の間はそわそわしていたけれど、睡魔に抗えなかったらしい。

 画面の時計を見るにもう一時間も経っている。ラインの通知は三十件。
 ……三十件? 多すぎないか?
 まだ覚醒しきっていない頭で開くと、それら全てが時谷くんからのものだった。

『なんでしょう?』
『明日楽しみです』
『綾瀬さん?』
『もしかして明日駄目になっちゃいました?』
『大丈夫ですか?』
『何かありましたか?』
『今家ですか?』
『忙しいだけならいいのですが……』
『僕と会うなんて嫌だったんでしょうか……』
『迷惑だったら言ってくださいね』
『やっぱり何かあったんですか?』
『家なら今すぐ行けますが』
『心配です』
『心配過ぎて何も手がつきません』
『返事待ってます』 

 驚き、いや戸惑いだろうか。こんな調子のメッセージが三十件も届いているから呆然としてしまう。
 返信が遅れた私も悪いんだけれど、返事がなければ今は忙しいんだろうなくらいに思わないだろうか。
 心配だからってメッセージに既読もつけていない相手に三十件も送るっていうのはいくらなんでも過剰なのでは。
 しかも返信が遅れたといっても一時間だ。そこまで心配される時間だと思えなかった。

 どう返信するか決めかねていると時谷くんから新しいラインが届いた。

『今から電話してもいいですか?』

 確かに電話の方が早く用件を伝えられるだろう。でも、私が通話をタップするより先に着信があった。
 画面に表示されているのは"時谷薫"の文字。
 電話の可否を確かめられてからまだ一分も経っていないのにな……軽くため息をついてから、その電話に出た。

「綾瀬さん!? 無事ですか? 心配したんですよ!」

 私がスマホを耳に当てたのと同時に、今まで聞いたことのない切羽詰まった声が響く。

「ご、ごめんね。全然何もないよ。ちょっとその……寝ちゃってたみたいで……」
「寝てただけ……? なんだ、よかったぁ……僕、綾瀬さんに何かあったんじゃないかって心配で心配でたまらなかったんです。いつだって僕の頭の中はあなたばかりだ」
「時谷くん……心配かけてごめんね」
「いえ、無事でよかったです。よかった……本当によかった……」

 時谷くんは安堵の声を漏らしている。
 まさかこんなに心配されてると思わないから、のんきに寝ていたことを少し後悔した。
 それに、時谷くんの頭の中は私のことばかり……時谷くんの言葉にぎゅっと心臓を掴まれたみたいに胸が苦しい。
 いつも私のことを考えてくれてるの? それはどうして?


 本題の明日の約束について教えてもらって電話は終わった。
 それにしても。今日時谷くんから届いたラインのメッセージは合計三十一件。
 とんでもない数だ。しかも三十件のメッセージがたったの二十分の間に送られていた。

 私が時谷くんに明日について聞くメッセージを送ってから一番最初の返信が十分後に届き、それから更に三十分後、怒涛のメッセージが始まっている。
 二十分の間に届いた数なんと三十件。一分で一件を上回るハイペースだ。

 初めて時谷くんと連絡を取り合った時、私は三十分後に返信をした。
 だから今日は三十分経っても返事がなかったことで心配になったのかな。それでも異常な気がするが。

――いつだって僕の頭の中はあなたばかりだ。

 時谷くんの言葉が蘇り、体がぶるりと震える。嬉しかったはずの言葉なのにどう受け止めたらいいのかわからなくて少し怖い。
 でも、時谷くんは心配してくれていただけだ。きっと彼は誰に対してもすごくすごく心配性なんだろう。

 生まれた不安をごまかすために無理矢理そう結論付けた。





 時谷くんとの約束の時間は十二時半だ。
 来たる土曜日、時計の針が二十五分を指すのを確認してから玄関の扉に手を掛けた。

 待ち合わせ場所は私と時谷くんの家の中間地点の道路上、徒歩三十秒の距離なり。
 あまりにも早い時間に出ると「私すごく張り切ってます感」が出てしまって恥ずかしいし、五分前が無難でいいだろう。

 では、いざ行かん勉強会。優等生の時谷くんがテスト前の貴重な時間を費やしてくれるんだから全力で勉強しようじゃないか!
 気合いを入れて道路に出たら、待ち合わせ場所にもう時谷くんの姿はあった。

「ごめんね! 待った?」
「いいえ。気にしないでください」
「そう? 時谷くんは何分くらいに家を出たの?」
「え、と。十一時三十分くらいですかね」
「早っ!?」
「あ……僕から誘ったのに綾瀬さんを待たせてしまったら申し訳ないと思って……それに、あの……」

 思わず私の口から飛び出した言葉に時谷くんは一瞬驚いた顔をして、すぐに表情が固くなっていく。
 しかしその無神経な一言は率直かつ簡潔に私の気持ちを表していた。だって待ち合わせの一時間前だよ。早すぎないか。

「ごっ、ごめん! そんなに待たせてるなんて知らなくてギリギリに来ちゃった……」
「いいんです。綾瀬さんを待ってる時間もわくわくして楽しかったですから」
「時谷くん……」

 私を待たせないようにと気を遣ってくれた、その気持ちは素直に嬉しい。
 嬉しいんだけど、待ち合わせ場所はお互いの家から徒歩三十秒の距離だよ?

「うーん……」
「どうしました?」
「あっ、ううん。何でもない!」

 やっぱり時谷くんってすごくすごく、すっごく! 心配性……なんだろうか……。
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