Keep a secret

□躾けてあげる
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「綾瀬さん……」
「……っ」

 私の名前を呼ぶ声は甘ったるい。
 べーと出した舌の先端に不思議な柔らかい感触。舌先にキスされた……と気付いたときには時谷くんの唇が離れていった後だった。
 なんだか拍子抜けして、目の前の時谷くんをまじまじと見つめる。

「はぁ、はあっ……キスって、唇と唇をくっつけることですもんね。だから今のはキスとしてカウントしなくていいですよね。僕もロマンティックなファーストキスを綾瀬さんと経験したいので」
「ひゃ、ひゃにいって……!」

 時谷くんは相変わらず勝手だ。カウントしないとか時谷くん基準で決めたり、私とファーストキスをすること……ファーストキス?
 時谷くんもキスしたことなかったんだ。遊園地でぎこちなかったのはそれが理由か。

「はぁっ、綾瀬さん……」
「ん……んっ」

 未だ口内に引っ込めることを許されていない舌は徐々に乾き、顎も疲れてきていた。
 時谷くんは片方の手で私の顎を動かせないよう固定しながら、舌を摘んでいる指を動かす。ザラザラした舌の感触を楽しむようにゆっくりと、丁寧に撫でる。

「はぁ……はぁっはぁっ」

 眉を八の字にした時谷くんの切なげな表情は惚れ惚れするかっこよさなのに、大型犬のような息遣いから欲望が溢れている。舌をだらりと垂らした私の方が、だらしのない犬のように見えるのかもしれないけれど。

「ん、ふぅぅ……っ」

 時谷くんの指先はときどき口内の唾液を指に絡めて、乾いた舌を濡らしていく。クチュクチュと聞こえる音とその行為は、秘所を触られる感覚を私に思い出させる。

「キスじゃないから……もっとしてもいいですよね?」
「……っ!」

 時谷くんの顔が再びドアップになって……私の舌先に柔らかな舌がペたりと張り付くように触れた。お互いの舌の先端が密着し、時谷くんの力加減でぐにゃりぐにゃりと曲がる。温かくて柔らかくてぬるぬるとした舌が、別の生き物のように動く様は官能的だった。

「ふ、んん……っ」

 限界まで出した舌同士がねっとりと絡み合う。乾いた舌の表面に唾液を塗り込むように時谷くんが舌を動かす。ツーーと舌の根っこに向かって進むとゾクゾクするのと唇同士が触れそうで緊張する。
 でも時谷くんの舌は唇に触れる寸前で舌の先端へと引き返していって、また根っこへと何度も往復する。乾いていた舌が充分に潤い、舌の端から唾液が落ちてしまいそう。

 まだ付き合っていない。
 こんな行為、許可していない。
 ……だけど、生理的な嫌悪感はなかった。自分以外の唾液の味を甘いと感じるほどに、私の体は時谷くんを受け入れてしまっていた。

「ん……」
「んん……ふぁ……」

 頭がぼーっとして、体の力が抜けていく。顎を掴まれていた手にいつの間にか首や耳裏を優しく撫でられていた。耳に触れられる度にびくつく私の姿を目の前の時谷くんが嬉しそうに目を細めて観察している。

 指でつまみ出されている舌以外はもう自由なのに……私はどうして拒まないんだろう?
 結局のところ「時谷くんが好きだから嫌じゃない」という答えに落ち着いてしまうけど、でも、このままなぁなぁで最後まですることになるのも嫌だ。

「も……嫌っ!」
「んっ、綾瀬さん……もっと……っ」
「んんっ!?」

 顔を背けようとした私の顎を時谷くんの右手が素早く掴んだ。そして舌を絡めやすいように少し持ち上げられる。もう片方の指で改めて舌を引っ張られ、じゅる……っといやらしいリップ音が耳に響いた。
 私の舌へと吸い付いてきた唇が、最初は優しく先っぽを包む。そこからちゅるちゅると
時谷くんの口内に舌が飲み込まれていく。

 熱くて、唾液でいっぱいの時谷くんの口内で逃げ回る私の舌を、私より分厚い舌が執拗に追いかけて回す。舌の先端をチロチロと舐められ、思うままに舌を擦り付けられ、時谷くんの口の中で舌を味見されているみたいだ。

「んっ、ふぁ……っ」

 私の舌を目茶苦茶に愛撫しては解放し、また下品な音を立ててしゃぶるように吸い付くのを繰り返される。
 時折じゅるるっと強く吸われると体の芯が火照ってたまらない。きっと顔も真っ赤っ赤になってるんだろうな。

「は……っ」
「ん……と、時谷くん」

 やっと解放され、数分振りに舌を引っ込めることができた。べたべたの口周りを手の甲で拭うと、すぐさま手首を握られた。
 時谷くんは濡れた私の瞳を覗き込んで、ふふ、と意地悪く笑う。

「綾瀬さんはすぐに気持ち良くなっちゃうんですね。たかだかキス未満の幼稚な愛撫に腰を揺らしてましたよ」

 今のがキス未満? キスってなんだっけ?
 なんかこう……"僕はすごくキスがしたいのに綾瀬さんが許してくれないからもっといやらしいことをして後悔させてやろう"という悪意をひしひしと感じたのだが。
 だって、さっきのは普通のディープキスよりずっと変態的だった。
 舌を絡めて唾液を擦り付け、舌にしゃぶりつき、好きなように蹂躙しておいて絶対に唇には触れてこない執念が逆に恐ろしく、純粋なキスへの憧れを汚されたような気分だ。

「……か、観覧車でさ、キスしようとしたでしょ。あれって本当にする気だった?」
「もちろんです。綾瀬さんが本気で拒絶しなければ……ですけど」
「…………」

 相変わらず変なの。私が本気で拒絶しても処女は奪ったくせにキスは無理矢理しないんだ。変なところで純情だよね。
 きっと時谷くんにとってもキスは特別で、軽々しくできるものではないんだろう。時谷くんはセックスはとっくのとうに私以外の人と経験済みであり、幼少期からのトラウマも多そうだから理想や憧れがなさそうだ。
 だから私と上手くいかなくて焦ると現実的な方法として体だけでも求めようとする。悲しきかな色々な経験を通して、心は難しくても体だけなら力で捩じ伏せて手に入れられることを彼は知っているんだろう。


 なんてぼんやりと考えているうちに、私はまた押し倒されていた。
 覆いかぶさってきた時谷くんの手によってまた私の両手の自由は奪われる。細い腕なのに、ひとまとめにされたらびくともしない。

「綾瀬さん、首周りがベタベタですね。全部舐め取ります……んっ」
「ひゃっ」

 熱い舌が顎下を這う。舐め取ると言ったのに舌先から唾液を垂らしながら舐めるものだからもっとぬるぬるになる。
 顎から鎖骨まで舌が這って私の唾液が時谷くんの唾液に塗り替えられていく。熱くなっているのに直接的な刺激がないのがもどかしくて、私は無意識に腰を揺らしていた。

「ん……そろそろこっちも触ってあげないと可哀相かな」
「やっ、違……あっ」

 スカートは簡単にめくり上げられ、下着の上から時谷くんの指が這う。

「こんなに濡らして待ってくれてるんですよ。綾瀬さんの体って素直で可愛い」
「……っ」

 クロッチをすりすり擦られると、愛液を吸いこんだ下着が秘裂に沿ってぴったりと張り付いていく。

「はぁっ、ここ硬くなってきましたね」
「んぁっ! い、や……っ」

 下着の上から陰核をつつかれる。多分体の中で一番感じやすい場所を遠慮なく触る指先から逃げるように腰を浮かせる。

「あ、あ……っ」

 割れ目を往復していた指が、陰核に狙いを定めて捏ねくり回す。爪でカリカリと引っ掻かれたり、クルクルと円を描くように弄られて、快感が這い上がってくる。

「綾瀬さんの自慰の仕方は下着の上から触るんでしたよね。いつもこんな風にクリトリスだけいじめてましたか? ここ、すごく感じやすいですよね」
「ち、違っ!」

 時谷くんだって興奮している様子なのに、私の反応を妙に冷静に観察していた。
 そこを触ると気持ち良い感じがするから、何となくその傾向はあるかもしれないけど……秘密を暴かれたようで顔が沸騰する。

「はぁ……綾瀬さんを幸せにしてあげたいな……」

 時谷くんが頬にそっと唇を当てて目を細める。その優しいキスと微笑みに夢心地になったのは一瞬のことで、時谷くんはすぐに悪魔へと変わった。

「っ、やっ、あぁっ」
「だから、ナカでもイケるようになってほしいんです」

 下着をずらして割れ目を直接指でなぞられると、私のそこはクチクチと音を立てた。
 指先が浅く挿入され、入口をほじるように動く。第一関節までの挿入でも小刻みに揺らしながら出し入れされているうちに膣の入口が解れていく。指の動きに合わせて膣口から愛液が溢れてくる。

「奥まで指を入れるので痛かったら言ってくださいね」
「あ……っ」

 中指がゆっくりと膣内に入ってくる。異物感がすごくて変な感じだけど、充分に濡れている膣はすんなりと指を受け入れる。

「……痛、い」
「綾瀬さんの嘘つき。後で本当に痛がってもやめてあげませんよ」

 本当に痛いときはやめてくれるんだろうか……歯医者さんの「痛かったら手を上げてくださいね」以上に信用できない言葉だった。

「綾瀬さんのなか狭いね」
「んぁっ」

 時谷くんは中指を根元まで埋めた状態で、指の腹を膣壁に擦りつけながらゆるゆると動かす。時間をかけて背中側、お腹側を交互に撫でる優しい指の動きは私を傷付けないよう意識していることが伝わる。

「でも……少しは拡がってきたかな」
「う、あ……っ」
「ん……気持ち良くなってきましたか?」
「や、嫌……あっ」

 マッサージされてリラックスするように、私のなかは時谷くんの指を受け入れていた。
 不快な異物感が消えて指が触れている箇所がムズムズする。きっとこのまま続けられたら快感へと変わる。どうしても口から漏れてしまう声はそれを期待しているようだった。

「……本当に嫌なんですか? 前と比べてあまり怯えていないみたいですけど」

 時谷くんが指の動きを止めて私の顔をじっと見つめる。
 その通りかもしれない。この行為が復讐からくるものじゃなくて、時谷くんなりの不器用なんだか器用なんだかわからない愛情表現だと知ったから、恐怖は薄れていた。

 でも、やめてほしいのは本心だ。
 女心は複雑だから、例え愛し合っている恋人同士だって「今日はそういう気分になれない……」ということもあるはずだ。
 まあ、私達まだ付き合ってませんけどね。

「いっ、嫌だよ! だ、大体ね……私が、ぬ、濡らしてるのは生理現象ってやつだから!」
「へー……じゃあ、誰に触られてもここをトロトロにしちゃうんだ?」
「なっ?」

 濡れるのは生理現象だから仕方ない。でも、誰に触られても……なんて言われると途端に否定したくなる。

「綾瀬さんって意外と――」

 この複雑な心境を知ってか知らずか時谷くんはクスクス笑いながら耳元に唇を寄せる。

「ビッチなんだね」
「っ!」

 耳にそっと口づけて、熱い吐息とともに吹き込まれた言葉が脳を犯す。時谷くんの声は脳みそが蕩けちゃうくらいに甘くて、気をおかしくさせる。失礼なことを言われたのに私の胸は高鳴っていた。

「ふふっ、安心してください。綾瀬さんがここをだらしなく濡らして男を誘惑しないように僕が躾けてあげる。僕の前でだけ淫乱な女の子になって……?」
「っ、ひゃぁあっ!」

 グチュッと音を立てて中指が根元まで一気に入ってくる。お腹側の内壁を引っ掻きながら少しずつ指を引き抜かれ……ある場所に指先が触れると強烈な快感が体を走り抜けた。

「はぁ……ここザラザラしてる……綾瀬さんのいいところ見付けました」
「っ、んぁっ、あっ」

 第二関節の位置で指を曲げ、私の弱い場所に指の腹を当てると、緩急をつけて揺らしながら刺激される。
 喘ぐ私を時谷くんはトロンとした目で見つめていた。

「だ、めっ!」
「"いい"の間違いでしょう?」
「ひゃ、あ……っ」

 顔を背けたら耳元で囁かれ、耳の形を確かめるようにねっとりと舌が這う。耳全体を一通り舐め終わり、耳たぶを軽く歯を立てて食まれたら、私の秘部は恥ずかしくもきゅっと締まる。

「んっ、耳も敏感。真っ赤になってて可愛いなぁ」
「ひぁっ、あっ、んっ」

 耳の中にフーと息を吹き掛けられて体が震える。その間にも膣内のザラザラした箇所を執拗に擦る指は止まらない。

「あ……っも、いい、はやくすれば……?」

 図らずも私のあそこは時谷くんを受け入れられる状態になっている。
 こんな恥ずかしい前戯を長く続けられるくらいなら、さっさと挿入して終わらせてほしい。もう処女ではないから初めてのときよりかは痛い思いをせずに済むはずだ。

「あははっ、投げやりな言葉ですね。駄目ですよ。おねだりするならちゃーんと心をこめて、僕のが欲しいって言ってくれないと。はぁっ……それに意地悪する気なんてないです。僕も余裕がありませんから。ナカでイケるようになったらしましょうね」
「ひぁっ! あっ、あ……っ!」

 時谷くんが言い聞かせるように私のまぶたにキスを落とす。
 再開された指の動きに合わせて私は素直に声を漏らしていた。もう必死になって声を我慢しようと思わないのも、時谷くんの気持ちを知ったからだろうか。

「ほら、ここ気持ち良いでしょう? 膨らんできた感じがします」
「んっ、あ、いや……だぁ…っ」

 トントンとノックするように指の腹で押される敏感な箇所。膨らんでいるかはわからないけど、そこを触られるとムズムズする。
 おしっこがしたい、かも。

「……あ。余裕がないなんて言ってしまったけど、綾瀬さんは何も考えずにゆっくり気持ち良くなってくださいね。ここの刺激にまだまだ慣れていないですから」

 頬の赤い時谷くんが柔らかく微笑む。

「ひゃぁぁっ! あっ、時谷く……んぁっ」

 私は継続される愛撫に背中をのけ反らせる。好きな人からの愛を感じる言葉は快楽を生むのだと初めて知った。
 時谷くんは嫌だと言ってもやめてくれないけれど、乱暴に触れるわけではなくて、むしろ大切に、優しく優しく触れてくれる。気付けば私の手首を拘束している手にも、大して力は入っていなかった。

 やっぱりこの行為は時谷くんにとっての愛情表現なんだ……間違ったやり方だとも思うけれど。
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