Keep a secret

□こんな嫌な子
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 時谷くんに友達を作ることを目標にして臨んだ今日という日――

「時谷! イエーイ!」
「い、いえーい……」

 前山田くんとハイタッチを交わす時谷くんはまだ少しぎこちない様子だが、着実にこのグループに馴染んできている。私はその光景を嬉しく思いながら眺めていた。
 次は時谷くんの投げる順番だ。空いた私の隣の席に、ゆかりんがすかさず座った。

「もうっ、時谷くんと全然良い感じになれてないじゃん。もっと積極的にいこうよ」

 近くの席に座っている前山田くんと押野くんに聞こえないよう耳打ちされる。

「昨日の電話でも話したでしょ。今日は私のことはいいの」
「私は余計なことしない方がいいと思うけどなぁ……七花が思ってる以上に唯一の友達ってポジションはおいしいよ? もしも時谷くんに友達ができたら七花は少しだけ後悔するんじゃないかな」
「えっ……」

 ゆかりんは私と時谷くんの関係性を友達だと思っているが、実際は違う。
 時谷くんに本当の友達ができたら、もう時谷くんが私を遊園地に誘うことはなくなるのかもしれない。それでも私は時谷くんに友達ができてよかったと心から思えるだろうか?

「こっ、後悔なんてしないってば!」
「ならいいけどね」

 不安な気持ちをごまかそうとする私の口調は少し強かった。

「あっ……また後でね」

 ゆかりんはそそくさと席を立って押野くんの隣に戻っていく。投げ終わった時谷くんが、ここは自分の席だと明らかに不機嫌な顔でこちらを見ていたからだ。

 ボウリングは和やかに進んでいる。
 私とゆかりんのスコアは平均的で、前山田くんはストライクを連発していた。
 ボウリングの提案をされたときは運動が苦手な時谷くんのことが心配だったが、彼はストライクこそまだ出していないものの、毎回七本以上を倒す超安定型だ。ストライクを取れてもガーターの回数が地味に多い押野くんよりもスコアを伸ばしている。

 再び時谷くんの順番が回ってきた。今回は特に気合いを入れているらしく、念入りにボールの油を拭いている。
 私も時谷くんがストライクを取るところを見てみたいから固唾をのんで見守る。

「なあ、ちょっと話いい?」
「え……ここでは話せないことなの?」

 今は席を離れたくないんだけれど……。

「いや、まあ……ジュース買いに行くついでに! なっ!」
「う、うん」

 よっぽど重要な話なのか、前山田くんは私の腕をぐいぐい引っ張ってくる。仕方なく立つと、前山田くんは腕を離して歩いて行く。

 最後に時谷くんに視線を向ければ、ボールを持ったままレーンと睨めっこしていた。
 中央から何センチ右側に立ってー、腕の角度は何度でーとか考えているのかな。時谷くんのそういう面倒くさいところ結構好き。
 私は少しにやけながら前山田くんの後ろを付いていった。


 前山田くんが足を止めたのは、私達が使用中のレーンから一番離れた位置にある自販機の前だった。

「これ好きだよな? ほい!」

 無言だった前山田くんがやっと口を開き、二本買ったうちの一本を私にくれようとしている……が、私はさっき自分で買ったジュースがまだ残っていた。

「ありがとう。でもこのジュース、時谷くんにあげてくれないかな? 時谷くんきっと喜ぶと思う」
「何で時谷……?」

 ……ここで時谷くんの名前を出すのはさすがに無理矢理過ぎたかな。

「まあ、いいけどさ」

 でも、前山田くんは首を傾げながら許してくれる。次にお菓子の自販機にお金を入れて、またも流れるような動作で私の眼前にお菓子を差し出した。

「グミ食う?」
「あ、それもよかったら時谷くんにあげてよ。時谷くんって甘党なんだよ」
「また時谷かよー……つか甘党ってまじ? 意外だなー。時谷って豆腐とかところてんとかプレーンヨーグルトとか、味気無い物ばっかり食べてそうなイメージだったわ」
「それは偏見だと思うよ……」

 時谷くんの情報を前山田くんに教えて、前山田くんの情報を時谷くんに教える。
 私は今日ずっとそうしてきた。
 二人に共通の趣味でもあればよかったんだけど……前山田くんの趣味はフットサルとボルダリング。時谷くんは恐らく読書か勉強、他にあるとしてもインドア派なことは確実。前山田くんとは全く合いそうにない。

「話ってなに?」
「あー……えーと……ラ、ライブ! い、一緒に行く約束したじゃん? 連絡先交換してよ」

 前山田くんは動揺を隠せていない。普段堂々としているだけに挙動不審な態度が目立つ……とはいえ、深く追及することなく私達は連絡先の交換を済ませた。
 同級生の男子と連絡先を交換したのは時谷くんに次いで二人目だ。時谷くんと前山田くんを友達にって考えていたけど、今日から前山田くんは私にとっても友達となった。

「つーかさぁ、覚えてる? 俺が二年の始業式の日にIDを書いたメモをクラスで配ってたこと。あの後に友達追加してくれなかったのは七花と時谷だけだかんな」
「そ、そうだったの? ごめん」

 私は思わず苦笑する。
 そういえばそんなこともあったっけ。メモには「気軽にラインしてくれよな!」という一文が添えてあったが、私は結局何もしなかったんだった。確かあのメモは生徒手帳に挟んだままだ。

 みんな友達追加をしていたのなら私もすればよかった。時谷くんもしていないっていうのがなんかすごく彼らしいな。
 クラスメートに気軽にラインを送る時谷くんの姿はちょっと想像できないもん。

「えっと、話はもう終わったってことでいいのかな。それならライブの話なんだけど……時谷くんも一緒でいい? 人数多い方が盛り上がるでしょ?」

 一度遊んだら次の約束を早めに取り付ける。仲良くなるには大切なことだ。

「七花は――」

 ……前山田くんが呟いた瞬間、この場に流れる空気が冷たいものに変わった気がした。
 前山田くんは普段と何ら変わらない明るい表情なのに、私は少し身震いする。

「七花は知ってる? 時谷の好きな人」
「え?」

 時谷くんの好きな人――知らない。
 心臓が大きく脈打つ。すごく嫌な感覚。

「……前山田くんは知ってるの?」
「おう。カラオケのときに聞いた」

 いたんだ。本当に。
 本来であれば時谷くんに聞かなければ知ることができないはずの情報を第三者によって教えてもらえる。知りたくないのに。知るのが怖いのに。
 誰なの? そうやって口が動いていた。

「四組の美山(みやま)だよ。なんと時谷は美山から告られたことがあるんだよ」

 時谷くんの好きな人は私ではない、別の女の子……わかりきったことといえばそうなのだが、ショックで立ちくらみがする。

「それが高一のバレンタインの日でさ、罰ゲームの嘘告だと勘違いして断ったんだってよ。時谷すごい後悔してたよ」
「そう、なんだ」

 聞かなければよかった。
 私はぼんやり聞き流しているようでいて前山田くんの言葉をきちんと理解していた。

「実は時谷にはこのこと秘密にしてくれって言われてるんだけどさ、七花と時谷って仲良いだろ? 俺、時谷が美山と付き合えるよう協力したいんだよ。だから七花にもこっそり手伝ってもらいたくてさ!」

 前山田くんが白い歯を見せた。彼は笑うと目が線になる。
 お日様みたいな眩しい笑顔。

 前山田くんって本当に明るい人だ。
 本当に優しい人だ。
 本当に親切な人だ。
 本当に本当に……友達思いな人なんだね。

「……もちろん私も協力するよ」
「まじか! じゃあライブさ、美山も合わせて四人で行こうぜ! 美山とは友達繋がりでそこそこ話したことあるから誘えるよ」
「うん。そうしよっか」

 笑顔で返すが、上手く笑えている自信はなかった。それでも前山田くんは私を不審に思っていないようだから、自分で想像するよりずっと自然な笑顔だったのかもしれない。

 私が知らない間に二人は恋バナをするような親しい関係になっていたんだな。
 それは私が望んでいたことのはずなのに、今の私は間違いなく後悔していた。
 だって二人が友達にならなければ、時谷くんの好きな女の子を知らずにいられたのだ。
 協力するだなんて、言いたくなかった。

「そろそろ戻るか?」
「そうだね。前山田くん」
「なあ、"前山田くん"ってやめない? 日向って呼んでよ。前山田呼びでもいいけど!」
「わかったよ。日向って呼ぶね」
「お、おう! 俺、先戻ってるな」

 前山田くんはニッと笑ってみせると小走りで行ってしまった。

 日向、か。男子を下の名前で呼ぶのは高校生になってから初めてだ。
 もしも時谷くんを名前で呼ぶことになったとしたら……きっと声が裏返る。慣れるまで時間がかかるだろう。
 前山田くんを日向と呼ぶことはこんなにも容易いのにね。


 みんなのところに戻るとすぐさま時谷くんが駆け寄ってきた。
 疲れたのかと気遣ってくれる時谷くんの顔を見られない。顔を見せたくない。
 だって私の顔にくっきり書いてあるかもしれない。やっぱり時谷くんには友達なんていらなかったって、最低な本音が……。

 私ってこんなに嫌な子だったんだ。
 頭の中では、さっき聞いたばかりの彼の好きな女子の顔がぐるぐる回っていた。ほとんど私と関わりのない彼女の情報を記憶から掘り起こそうとしてしまう。

「あの、前山田と何を話してたんですか?」
「日向って優しいよね……」

 気持ちの整理が付いていない状態で時谷くんといつも通り接するのは難しかった。
 レーンの前でゆかりん達と無邪気に笑っている日向が憎たらしくって。私の気持ちも知らずに時谷くんの恋を応援しようなんて言い出した日向が恨めしくって。
 こんな自分が嫌になる。

「ねぇ、カラオケで時谷くんは日向に……」
「え?」
「真剣に歌ってた日向かっこよかったね。本当に……素敵な人だよ」

 本当に……私とは大違いだ。

 ――ねぇ、カラオケで時谷くんは日向に、好きな人の話をしたの?
 続きの言葉は飲み込んだ。否定してくれることを期待するなんて私も往生際が悪い。

 これ以上会話を続けるのは辛かったから、ゆかりん達のところに逃げ込んだ。
 さっきまでのことを考えなくてもいい、賑やかな場所で笑う。私は辛い気持ちをごまかすのに必死だった。


 ***


「もう八時なんだね」
「また来ようぜ!」
「今度はストライク山田抜きで!」
「いや、ゆかはハブろう。それに俺の名前は……ってストライク山田!? ありがとう」
「お礼言うなぁ! キモい!」

 ボウリングの最終的なスコアは日向、押野くん、私、ゆかりん、時谷くんの順番。
 どういうわけか時谷くんは後半から急にガーターを連発し、順位が転落してしまった。途中で日向からの投球指導も行われたが、時谷くんの投げたボールは必ずガーターに吸い寄せられていった。

「俺ら明日の早朝から旅行なんだ。だから今日は俺ん家に泊まり!」
「睦月、余計なこと言わないでよ!」
「なんだよリア充め!」
「ゆかりん押野くん、またね」
「うん。七花またねっ」

 私達とは反対方向のゆかりんと押野くんに手を振る。

「俺こっちだから。またな」
「またね」
「七花、今度ラインするな!」
「うん!」
「…………」

 日向も私と時谷くんの帰り道とは一本外れた道を進んでいった。
 時谷くんは一言も発しない。時谷くんがガーターを連発するようになってから、私達四人と時谷くんはあまり喋らなくなっていた。励まそうとしても反応が薄いし、気まずかったのだ。
 もっとも私が時谷くんを避けていたのは他のみんなとは違う理由だったけれど。

「じ、じゃあ私達も帰ろっか」

 時谷くんの足元を見ながら話し掛ける。

「……僕なんかと一緒に帰りたくないと思ってるくせに」
「そ、そんなことは」
「一人で帰りたいんですよね。僕はしばらくここにいるので先に行ったらどうですか?」

 二人で帰るのは気まずいと思っていたのは事実だったから言い当てられて、更に突き放すような言葉が胸にグサリとくる。

「竹山田に送ってもらえばよかったのに」
「竹……? あー、どうして日向に?」
「知らない。綾瀬さんが帰らないなら僕が先に帰ります。さようなら」
「あっ、時谷くん!」

 私だってここに立ち止まっていたいわけじゃない。足早な背中を慌てて追い掛ける。


 ***


 街頭の光で作られる時谷くんの長い影を踏んで歩く。時谷くんがときどき立ち止まって振り返ると、不毛な言い争いが始まる。

「付きまとわないでください。僕のストーカーですか?」
「私の家もこっちなんですけど?」
「もっと離れて歩いてください」
「お断りします。時谷くんの道路じゃないんだからどこを歩こうと私の勝手です」

 時谷くんとケンカなんてしたくないのに何やってるんだろう。
 しかも威勢がいいのは口だけで、私は時谷くんの顔を見られないままだ。

 再び歩き出して数分が経った頃――

「……っ……ぅ……」

 前方からかすかに、啜り泣くような声が聞こえてきた。
 私が変な態度を取っているから? ガーター連発だったことを引きずってるの?
 涙の理由を知りたいけれど、私は歩く速度を落とした。時谷くんが離れろと言っていたのは私に気付かれずに泣きたかったからだ。

 時谷くんとの距離は広がっていき、か細い声も聞こえなくなった。
 ちょうど右に曲がることができる。私の家の裏手の道だ。曲がろうか迷っていると時谷くんが立ち止まった。

「その道には行かないでください」

 時谷くんはこちらを向かない。声だけなら隠せても顔は見せられない状態なんだろう。

「だーかーらー! 時谷くんの道路じゃないんだから口出ししないでもらえますか?」

 時谷くんの涙に気付いていない振りをするためにも、さっきの調子で言い返す。

「駄目です。そっちの道は街灯が少ないから……ちゃんと家まで送るので曲がらないで」
「っ! わ、わかったよ」

 時谷くんは前を向いたままだ。顔が見えなくても時谷くんの言葉に胸が高鳴る。
 ああ、どうしよう。やっぱりこの人が好きだな。時谷くんが私のことを好きじゃなくても、私は時谷くんが好きだ。

 私は時谷くんとの距離を詰めた。
 そうしてまた影を踏む。時谷くんは後ろを気にしながらゆっくりと歩き出した。
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