Keep a secret

□扉を開けるの?
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「綾瀬さん、ごめんね?」
「ひっ」

 上下がひっくり返った時谷くんの笑み。時谷くんのこんなふにゃりと溶けるような笑顔を見たのは初めてだった。
 しかし、何となく重たさを感じる髪は以前の時谷くんの姿に戻ったようだ。長い前髪が重力に従って私の顔面にだらりと垂れている。

「おいしそう……」

 はあ、と熱っぽいため息をひとつこぼして、彼は私に唇を重ねてきた。

「んっ、んむぅっ」
 ぴちゃっぐちゅっじゅぷっじゅぷっ

 すぐに唇を割り開かれ、初めてのキスは激しいものに変わったけれど、私はそれどころじゃなかった。

「ふぅぅ……っ」
 じゅるっじゅぽっじゅぽっ

 尖った舌先が耳穴にねじこまれ、ぬぷぬぷと出し入れを繰り返される。更にどこからか伸びてきた手が私の乱れた髪をかき分け、ざらざらとした舌が首筋を這って唾液でぬるぬるにする。

「はあっ……ずるい、俺もキスしたい」
「代わってよ」

 ……全然理解が追いつかない。唇ごとパクリと食べられているようなキスを受けながらも、何とか顔を反らして周囲に視線を向ければ同じ顔に同じ体、同じ声をした時谷くんが何人も見える。

「綾瀬さっ、ちゅ、ちゅっぢゅるっ」
「ん、んん……んぅっ」

 たくさんの時谷くんの中の一人……頭上から私の唇を奪っている時谷くんは私の頬をがっちり固定していた。私を逃がさないためというよりは周りへの牽制なのかもしれない。
 彼は長いまつ毛を伏せて、私に夢中でキスを続ける。舌伝いに落ちてくる唾液が甘い。私がされるがままに舌と舌をゆるく絡めている間にも右隣の時谷くんには右耳を犯され続け、もう一人の時谷くんには首筋を舐められている。

「綾瀬さん、耳も弱い?」
「っ!」

 今度は左耳のすぐそばで声がしたと思ったら、そっちの耳の奥まで舌が入り込んできた。

「っんぐ、んん――!」
 ぐちゅっちゅっ、じゅっぽじゅっぽっ

 酸素が足りていない頭に直接水音が響く。わけがわからず恐ろしいのにどうしてこんなにゾクゾクするの。
 それに背中やお尻、脚の裏側など床に触れている面が熱い。

「綾瀬さん、かわい……柔らかくて俺の唇溶けちゃいそう……っ」
「ね、もう代わって……っ、んっちゅっ」

 ほんの一瞬だけ唇が離れて、同じ顔が私の頭上で入れ替わり、再び同じ柔らかさの唇に呼吸を奪われる。

「ああっ、俺だってもっとしたいのに」
「んんっ、んむ、んぅぅっ」
 ぴちゃぴちゃっくちゅくちゅっ

 この息苦しささえも心地の良いものに思えてきて、脚の付け根がじわじわと熱を持ち始めていた。でも、それ以上に背中が熱くて……何か変だ。

「っ!! ひっ、やっ!」

 しゅーしゅー鳴っているかと思えば、床に接した面の服が溶けていた。ブラウスにスカート、下着まで、床と接触している部分の布はもう完全になくなり、気味の悪い感触を肌で直に感じる。
 ローションのような唾液のような、変なぬめりけをおびたぶよぶよの床は弾力も温度も人間の舌に近い。

「んんん……っ!」

 頭上でうねうねと揺れているいくつもの触手からよだれのような液体が垂れてくる。多少なりとも肌を隠してくれていた残りの布は、甘い香りのするその粘液によって溶かされてしまった。
 そして、晒された素肌にぽたりと粘液が落ちてくると、

「ひぁっ!」

 肌を刺すようなその刺激に私の体はビクンッと大きく跳ねる。狙いすましたようにぽたぽたと落ちてくる液体に全身をねっとりと包まれ、それは毛穴から私の体内に浸透していく。

「ふぁっ、んんっ!」

 体温が上昇する。触手の粘液によって感覚が研ぎ澄まされていた。時谷くんのキスで、舌をしゃぶられる感覚で、体がどうしようもなく高まって――

「っあ――!」
「……あ、あああ……すご、い……キスイキしちゃったんだぁ」

 ――嫌だ。違う、怖い。この部屋も触手も時谷くんも、何もかもが異常だ。
 全身をガクガク震えさせた私の唇を時谷くんはようやく解放してくれた。

「はっ、はあっ、はっ……」
「綾瀬さん」

 大の字に固定されたまま横たわる私を覗き込む、目、目、目。私を見下ろす何人もの時谷くんは量産品の人形みたい。だけど失敗作なんて一つもなく、そのどれもが美しい顔をしていた。

「綾瀬さんの体だ……」
「綺麗……俺の妄想なんか比じゃない」
「もっとよく見せてください」

 照明はなくても明るいこの奇妙な空間で、私は生まれたままの姿を晒しているのだ。胸や、開かれた脚の中心へと時谷くんの視線は集中している。

「や、やだ! 見ないで……」

 隠したくても触手によって手足は床に縛り付けられていて動かせない。
 恥ずかしい、怖い、怖い……!

「綾瀬さん、泣いてるの?」
「ああ……こんなに震えて可哀想に」
「僕が怖いですか?」
「怯えなくていいんですよ」

 時谷くんのいくつかの手が宥めるように私の頭を撫でる。そして、足元に座っていた時谷くんが妖しく笑う。

「だって、こんなにおまんこ濡らしてる……まだ足りないんでしょう?」
「やっ」

 時谷くんが人差し指と中指で秘裂の表面をそうっと撫でると、ぴちゃっと耳を覆いたくなる音がした。更に私の顔の近くまでその二本の指を持ってきて、開いて閉じて……私の恥ずかしい蜜が糸を引くのをまざまざと見せつけられる。

「ん、綾瀬さんのおいしい……」
「あ、ずるい……っ」
「綾瀬さん、僕にも綾瀬さんのえっちなお汁飲ませてください」
「あー……む、ちゅっ」

「っ、やめっ舐めな、で、あ……あっ!」
 じゅっじゅぅぅぅっ

 膣口に吸い付き、私の蜜をスープでも啜るように飲み込んでいく。もっと出せと言わんばかりに容赦のない舌でほじくり回され、私の体の奥からは新たな愛液がじゅんじゅん溢れ出てしまう。

 ――知らなかった。自分がこんなわけのわからないグロテスクな空間で、増殖したクラスメートの男子に陵辱されて感じてしまう淫らな人間だったこと……。

「綾瀬さんの中ひくひくしてる……んんっ、トイレに行ったばかりだからですかね、ちょっとしょっぱい味がします……ふふ、綾瀬さんので溺れちゃいそう」
「ひゃぁっ、だめっ、あ……あっ」
 ぴちゃぺちゃぺちゃくちゅっ

「次は俺に代わってよ、んんっ」
「ふぁぁっ、やっ、あっ、あっ!」
「綾瀬さん、おまんこ開きましょうね。クリトリスの皮も剝いてー……」
「クリも一緒に舐めてあげますね。同時にしたらもっと気持ち良くなれますよ」
「乳首も勃っててかわいー」
「あっ、ああああっ、んやぁ……っそれ、やっ、やだ!」

 私の全身は余すところなく時谷くんの手と唇が這い回り、愛撫されていた。
 割れ目をくぱあっと開かれながら膣の中まで舐め回され、陰核を口の中でころころと転がされて。太ももや腰をくすぐるように撫でられて、片側の乳房はやわやわと揉みしだかれ、もう片方は形を確かめるようにキスをされ、その先端は時折甘噛みされたり吸い付かれている。
 脇や手足の指までじゅぷじゅぷ音を立てながらしゃぶられているし、片側の耳は舌で犯され、更にもう一方の耳元ではずっと淫らな言葉を囁かれ続けていた。

 ……もう何がなんだかわからない。
 この空間に何人いて、どんな風に体を弄ばれているのか、自分がどんな恥態を晒しているのか、何度か絶頂を迎えるうちにどうでもよくなっていた。

「んん……っ、んむ!」

 ひっきりなしに溢れる喘ぎ声をキスで塞がれ、私の体はまた達した。

「綾瀬さんが気持ちよくなってくれて僕も嬉しいです。何回イッても苦しくないですよね? 僕の触手の粘液には催淫効果があるんですよ」
「んああっ、イ、イっちゃう! やだ、やだぁ! あっあ……ッ!!」

 とろけきった顔で私に囁き続ける時谷くんは、一瞬の隙もくれない。
 この空間は熟れた果実のような甘い香りに支配されていた。赤黒い触手があちこちでうねうねと動くと甘い香りは一層強くなる。肌だけではなく、空気中に混ざったその淫らな粘液を吸い続けている私の体は敏感さを増していた。

「狂うほどイッてくださいね。まだ余裕があるんでしょう? 気持ち良くなること以外何も考えられなくしてあげます。この部屋で永遠に愛し合いましょうね?」
「ひっ、そんなの……っ!」

 深く、深く絶望する。
 私は扉を開けるべきじゃなかった。トイレだけ行って素直に時谷くんの部屋へ戻っていたら、きっと今頃こんな目にはあっていない。
 軽い気持ちで人の秘密を覗こうとしたから――


「時谷く、ごめ、なさ……っ、私が悪かったです……お願、許して……!」
「だから開けちゃ駄目って言ったのに」
「あ……」

 私が首を反らして自分の頭上に視線を向けると、唯一の出口である重たい扉が開いていた。甘ったるい香りが充満したこの空間に、爽やかな花の香りが紛れ込む。
 そして、人工的な光を背にした男の子がひっくり返って見えた。
 服に乱れがなく、紅茶とケーキを乗せたお盆を手に持った彼は、先ほどまで一緒に勉強していた時谷くん本人だ。

 時谷くん、助けに来てくれたの……?

「でもね……僕は信じてました。綾瀬さんならこの扉を開けてくれるって」
「っ!」

 上気した頬に、熱っぽい声。狂気を孕んだ微笑みは、淡い期待を打ち砕く。

 私は間髪入れずに最後の力をふり絞った。これは多分、火事場の馬鹿力としか言いようがない。
 触手から抜け出し、裸の時谷くん達を押しのけて、ぽっかり口を開けた最後の希望に向けて走る……!
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