Keep a secret
□扉を開けるの?
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番外編「廊下の奥にある扉は開けないでくださいね? 絶対ですよ?」
※時谷くんの誕生日記念に書いた完全ifストーリーです。
とんでも設定のため注意。
一応は、ヒロインが高一の二学期に時谷くんに声をかけ、友達になった後の世界をイメージしています。
※複数プレイ、触手プレイ
▽
クラスメートの時谷薫くんのお家は、すぐご近所の私の家とは比べ物にならない豪邸だ。
外観は今風のシンプルなボックス型で、洗練された印象を受ける。
室内も期待通りどこもかしこも綺麗で、統一感のある海外製の家具と、最新の高級家電で揃えられていた。
幼い頃怖くて前を通るのも嫌だったあの幽霊屋敷の面影はもうどこにもない。
去年にこの広い土地を買い、不気味な廃墟を解体して新しいお家を建ててくれた時谷くんご一家には感謝している。
初訪問ということでお庭やリビング、キッチンなど一階を一通り案内してもらった後は、二階の時谷くんの部屋にやって来た。
一名の遅刻者がいるもののそろそろ本来の目的に移るのだ。明日から始まる期末テストの勉強会の開始だ――
「いや、もう無理! 疲れた!! 頭回んないよ。休憩にしない?」
「綾瀬さん、始めてからまだ一時間も経ってませんよ」
「嘘っ、三時間くらい経った気がしてた……」
「全然です。休憩は一時間につき十分取りましょう。わからないところがあったらいつでも聞いてくださいね」
絶望の宣告だ……。
折りたたみ机の向かい側に座る時谷くんは、また自身の手元のワークへと視線を落とす。
時谷くんは前回の中間テストで学年一位という結果を残した秀才だ。その時谷くんが教えてくれるっていうんだから心強い。けど、気恥ずかしさもあった。
なんと言っても彼はモデル顔負けの美形だ。特別面食いというわけじゃない私でも彼を前にすると緊張してしまう。
私が彼と話すようになったのは去年、高校一年生の二学期。ご近所さんだったから……というのが親しくなった理由として一番大きい。
その頃の時谷くんは地味で目立たない男子だった。長い前髪でぱっちりとした目を隠していたし、髪型も全体的にもっさりしていて、何となく近寄りがたい雰囲気をまとっていたのだ。
しかし髪を切った途端、彼がとんでもない美少年であったことが学校中に知れ渡ることになり、今では女子からモテモテだし、同性の友達もたくさんできて、自信がついたためか表情も見違えるように明るくなった。
元から魅力的な男の子だったけれど、今の彼は以前の何倍もキラキラして見える。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。何で私は彼にお節介を焼いちゃったんだろうな。
クラスで浮いていた時谷くんに友達を作ろうと奔走したり、自信がないからと顔を隠したがっている彼を説得し、髪を切ってあげたのは私なのに……彼は私の想像を超えて垢抜けてしまった。
最近ではなんだか気後れして、時谷くんのことを避けている始末だ。
私が手を止めている間にも、時谷くんは迷いなく問題を解き続けている。俯いた彼のサラサラの黒髪が目を引く。
艶があって綺麗だなぁ。なんて思いながら視線を向けていると、時谷くんが顔を上げた。
長いまつ毛に縁取られた大きな目と視線が交わって、彼はふっと表情を緩める。
「あと三十分頑張ったら、長めの休憩にしましょうか。紅茶を淹れます。綾瀬さんが食べたがっていたお店のザッハトルテを買っておいたんですよ」
「あ、ありがとう……そ、そういえばさ、日向まだかな。遅いよね」
この勉強会の言い出しっぺの男子、前山田(まえやまだ)日向(ひなた)の話題を出したのは照れ隠し半分、本気の心配半分というところ。
時谷くんはそうですね、とそっけなく言ってまた勉強を再開した。
「私、電話してみるよ。場所がわからなくて迷ってるのかもしれないし」
「――必要ないです」
ボキッと音を立て、時谷くんの持っているシャープペンシルの芯が折れる。相当強い筆圧だったのか、折れた芯は床にまで転がっていった。
「彼なら来ませんよ」
「えっ、何で? 用事ができたの? 日向のことだから勉強するのが嫌になって逃げたとか?」
「どうでもいいじゃないですか」
「で、でも、日向が誘ってきたのにね」
時谷くんのご両親は留守だ……というより彼の両親は一度も見かけたことがない。今この家には時谷くんと私しかいないと思ったら、急に心細くなってきた。
「僕と二人は嫌でしたか?」
「そんなことないよ?」
平常心を装いたいけど、多分私の目は泳いでしまっている。
嫌なわけじゃない。時谷くんと二人きりは緊張してしまうってだけで……。
「綾瀬さんは僕と話したくないんですよね。今日だって前山田が一緒じゃなかったら来てくれなかったでしょ?」
「ち、違うよ。そういうわけじゃ……」
お調子者の日向は男子の中でも特に気楽に話せる存在だ。日向がいるなら時谷くんとも自然に話せるだろうと思って誘いに乗ったのは否定できない。
「……わかりました」
時谷くんがパン、と軽く両手を合わせて重たい沈黙を破る。
「勉強しながらつまめそうなお菓子を持ってきますね。紅茶も淹れるので少し時間がかかりますが綾瀬さんは真面目に勉強しててください」
「え……休憩は? ザッハトルテは?」
「なしです。綾瀬さんが悪いんですよ?」
「そんなぁ!」
休憩なしは辛いけど、時谷くんが空気を変えるように悪戯っぽく笑ってくれたから、ちょっと救われる。
「トイレだけ借りてもいい?」
「はい。二階にもありますよ。扉にプレートがかかっています」
私が一人きりになった部屋でふぅと息を吐き出すと、またすぐに扉は開いた。
時谷くんはすみません、言い忘れていたことがありました、と前置きをしてから、
「廊下の奥にある扉は開けないでくださいね? 絶対ですよ?」
こんな意味深なことを言い出した。
「ご両親の部屋とか?」
「なんの部屋かは言えません……でも、開けたら必ず後悔することになりますよ」
「そ、そんな秘密の部屋があるんだ……」
「僕は忠告しましたからね。絶対に開けたら駄目ですよ」
「う、うん」
***
――廊下の一番奥の扉は明らかに異様だった。
時谷くんの家は一階も二階も全て木製の白い扉で統一されているのに、この扉だけ金属製だ。扉は全体的に錆びついていて汚らしく、新築とは思えない劣化を感じさせるのがまた不気味に見えた。
正直何も言われていなければこの扉を気に留めることはなかっただろうな。
でも……あれだけ開けるなと念押しされたら気になるよ。逆に見てみたくなっちゃうんだってば!
私は好奇心を抑えられずにドアノブへと手を伸ばす。硬く冷たい金属の感触が手のひらに伝わる。そこで初めて自分の手が汗ばんでいることに気付いた。
大丈夫。ちょっとだけ、隙間から覗いてみるだけだから――
私が体重をかけると、重たい扉はやっとのことで少し開いた。
薄暗い室内に人の影。細身の男の子が部屋の中心に座っているようだ。
時谷くん……だよね。一階のキッチンに行ったんじゃなかったの……?
やばいと思った時には目が合ってしまい、彼は恐らく微笑んだ。
「きゃ」
私が小さく声を漏らしたのは時谷くんに見付かったと思ったからだけれど、それは大きな悲鳴に変わる。
「きゃあああっ!」
一瞬の出来事だった。何かが腰にしゅるるるっと巻き付き、その物体によって私の体は持ち上げられ……部屋の中心へと投げ飛ばされる。
衝撃はこない。ぶよぶよとした柔らかい床に受け止められたらしい。
室内は意外と明るかった。半身を起こして広々とした室内をぐるりと見渡す。
「なっ、なにこの部屋!」
床も天井も四方の壁も、赤色のような桃色のような肉で覆われた部屋。
まるで人の胃の中だ。肉で構成された異常なこの空間で、私が開けた金属の扉だけが無機質に光っている。
「あー……綾瀬さん、扉を開けちゃったんだぁ」
「時谷く……っ!」
時谷くんは気付けばすぐ隣に座っている……が、
「何で裸なの!?」
この部屋を覆う赤色とのコントラストで、時谷くんの色白の肌はより白く見える。目のやり場がなくて、私はとっさに自分の手で視界を隠した。
「ねぇ、綾瀬さん」
「僕は忠告しましたよね」
「綾瀬さんが自分で扉を開けたんですよ?」
「この扉を開けたってことはいいんですよね?」
「こんな僕のことを受け入れてくれるんですよね?」
「もう我慢しなくていいんですよね?」
「え……?」
聞き慣れた声だけど、なんて言ってるのかほとんど聞き取れない。
だって――
前方から左右から後方から時谷くんの声がして、重なっている。
「綾瀬さんが悪いんですよ?」
「ひゃっ」
右耳にふーっと熱い息をかけられて、耳たぶに柔らかい感触。
ぴちゃ……ちゅっちゅっちゅぅっ
近くで聞こえる水音。耳を舐められるなんて当然初めてで、ぞわぞわと全身が粟立つ。
「何を――!!」
彼を突き飛ばそうと振り上げた手はぬめった何かに絡め取られる。それは私をこの部屋に引きずり込んだのと同じ、タコの足のような触手だった。
先ほど部屋を見渡した時にはなかったのに……床や天井、肉壁の隙間から、無数の触手が飛び出していた。ぬるぬるの粘液をまとったそれらは意思を持っているかのように私を取り囲み、そのうちの何本かが手足に巻き付いてきた。
「やっ、嫌! 離してよ!」
私の体は床へと沈み、仰向きの状態で大の字に固定された。暴れる私の顔面を時谷くんが覗き込んでくる。