Keep a secret

□身勝手な願い
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 翌日の早朝――私は大きなあくびをしながら、母を見送っていた。

「ガスと戸締り気を付けてね。あと、鍵をなくして家に入れないー……なんてことにならないでよ?」
「はいはい。子供じゃないんだから大丈夫だよ」

 お母さんは帰省のため、これから我が家を五日間留守にする。

「七花ってよく鍵をなくすでしょ? 高校生になってからもなくしたって大騒ぎしたことあったじゃない」
「うっ……」

 なかなか痛いところを突かれた。でもあの時だって部屋の中で見つかったからいいの。

「こう見えて意外としっかり者だから安心してよ」
「お母さん、あなたをしっかり者に育てられた自信がないんだけど……」
「じ、自信を持ってよ」
「ハァー……じゃあ行ってくるわね。何かあったら電話しなさい」
「うん。おばあちゃん達によろしくね。行ってらっしゃい」

 やっと歩き出したお母さんを笑顔で見送る。私がろくでもないことを考えているとも知らずに、お母さんも笑って手を振った。
 これで五日間、自由の身だ。
 口うるさいお母さんがいないから自堕落に過ごせるぞ。夜更かしして昼まで眠るという夢の生活が五日間も可能だ。深夜にお菓子も食べちゃおうっと。

 ゆかりん達との約束は十三時から。まだまだ時間はある。私はほくそ笑み、二度寝をするために部屋へと戻った。


 ***


 私が駅に着いたのは約束の時間の三十分前だった。待ち合わせの目印である時計の前は、大勢の人で賑わっている。
 辺りを見回してお目当ての人物を探す。きっと一番乗りで来ているであろう時谷くんの姿を……。

「よっ、綾瀬」
「押野くん……早いんだね」
「ああ。ゆかって俺が先に来てないとすっげー怒るんだよ」
「へー……」

 まさか時谷くん以外にこんな早く来る人がいるとは思わなかった。さすがゆかりんの自慢の彼氏だが、この状況は非常に困る。

 昨日の夜、時谷くんに連絡して約束を取り付けた……のはいいんだけど。
 私はゆかりん達も一緒だということを隠し、デートと偽って時谷くんを誘っている。
 時谷くんは二人きりじゃないなら行かないと言い出しそうだから、嘘をつくしかなかったのだ。先に時谷くんと合流し、事情を説明しようと思っていたのに予定が狂った。

「ふったりともー!」
「ゆ、ゆかりん」
「おーっ! その格好可愛いな」
「でしょっ? 気合い入れちゃった」

 ああ、ゆかりんまで来ちゃったよ……。
 まだ待ち合わせの二十分前だっていうのに案外みんな早いんだな。時谷くんが一番最後だなんて予想外だ。

「ゆかと綾瀬に言ってないことがあるんだけどさ」

 押野くんは気まずそうに切り出した。

「ん? あ、私も睦月に昨日言うの忘れてたんだった」

 それにゆかりんも反応する。

「実はあと一人来るんだよ」
「これからもう一人来るの」
「「……え?」」

 二人は同時に言葉を発して顔を見合わせた。さすがカップル。息がピッタリだ。
 でも、あと一人って……時谷くんのことだよね?

「綾瀬さん!」
「七花!」

 困惑している私の名前を呼ぶ声が、別々の方向から聞こえた。

「はぁっはぁ……遅れてしまってごめんなさい」

 右方向から時谷くんが人混みを掻き分け、走ってくる。ここまで相当急いで来たらしく息が上がっていた。
 まだ約束の時間の二十分も前なんだから遅れてはないんだよ。

「おーっす!」

 そして左方向から手を振りながら堂々と歩いて来る男の子は……

「……誰?」
「何で池山田がここに!?」
「ゆかのクラスの……確か、時谷? あーあ、ドンマイ和山田!」
「綾瀬さん、どうして高橋さんと押野くんがいるんですか? あと、竹山田くんも……」

 私、ゆかりん、押野くん、時谷くんの順番で思い思いのことを口にする。
 時計前に五人が集合しているこの状況を誰も正確に理解できていなかった。

「お前らなあ……俺の名前は"前山田"だ! 二度と間違えんなよ! わかったな?」

 左方向からやって来た彼が呆れたように笑いながら宣言する。よく通る声だ。周囲の人達の視線を集めていることなど全く意に介さず、彼は歯を見せていた。
 それぞれが好き勝手に違う名前で呼んだ彼は、クラスメートの前山田(まえやまだ)日向(ひなた)くんだ。

「ま、前山田くん。誰?とか言ってごめん」
「え? 七花は冗談で言ったんだろ? わかってるから気にすんなよ」

 ……ごめん、本気でした。
 前山田くんは髪を大人っぽくセットし、伊達メガネまでかけている。普段の雰囲気と全然違ったから、誰だかわからなかったのだ。

「もぉぉ……うるさい奴が来ちゃったよぉ」
「ゆか! うるさい奴って誰のことだよ」
「わりーな、花山田。計画が少し狂ったわ」
「睦月も、俺の名前は"前山田"だ!」

 押野くんがまたおふざけで名前を間違えてみせる。お決まりの台詞で言い返す前山田くんは何だかんだで嬉しそうだった。
 前山田くんの名前を間違えるのは定番ギャグみたいなものであり、彼自身も持ちネタにしているのだ。

 でも、時谷くんまでもが"竹山田くん"とネタに走って呼んでいたのは意外だった。
 私が知らないだけで時谷くんと前山田くんはそこそこ話したりする仲なんだろうか。
 そうだとしてもおかしくはない。二人は一年二年と同じクラスだし、前山田くんは結構近所に住んでいるはずだ。
 何しろ、私が肩代わりしていた不登校時代の時谷くんに手紙を届ける仕事は、もともと前山田くんの担当だったのである。


「時谷が来るなんて聞いてないんだけど!」
「あ、俺も俺も」
「私と七花は前山田が来るなんて聞いてないよ」
「いやぁ、悪い。ゆかも綾瀬も嫌がりそうだから言えなくてさ」
「おい! 嫌がるってなんだよ!」

 前山田くん、押野くん、ゆかりんの会話で大体の事情は把握できた。
 押野くんは前山田くんの存在を隠して私とゆかりんを誘い、四人で遊ぶ予定だったんだ。私はそのことを知らずに時谷くんを誘い、ゆかりんは時谷くんのことを押野くんに伝え忘れていた。
 だからこの五人が集合したわけだ。

 それにしても先ほどから無言を決め込んでいる時谷くんが不吉だ。怖くて時谷くんの方を見られないよ。

「でもさぁ、前山田には悪いんだけど……今日は外してくれないかな? 今度埋め合わせするから!」
「俺だけのけ者かよ!? さすがに酷いだろ!」
「そうそう。この際五人で遊べばよくね?」
「でもぉ……」

 ゆかりんが私をチラリと見る。
 ゆかりんは昨日私が時谷くんを誘いたいと言ったら初めてのダブルデートだと喜んでくれたもんね。きっと時谷くんにも気を遣っているんだろう。

 予想外の展開だが良い流れかもしれない。
 前山田くんは男女どちらからも愛されているクラスのムードメーカーだ。彼と仲良くなれば、時谷くんは一気にクラス内の目立つ男子グループの仲間入りができる。
 なんだか前山田くんを利用するみたいで忍びないけど……私だって面白い女の子とは友達になりたいと思うし、前山田くんはそういう"友達になりたいタイプ"ってやつなのだ。決して利用するわけではないのだよ。

「私も五人で遊んだらいいと思う!」
「七花がそう言うなら……でも本当にいいの? 前山田って超うるさいよ!」
「私は前山田くん好きだよ? いつも底抜けに明るくて、一緒にいると楽しいよね」
「ま、まあな。よくわかってんじゃねーか」

 私が笑って言えば前山田くんはちょっと照れくさそうに頬をかいた。
 問題は時谷くんなんだけど……。

「時谷もそれでいいよな?」
「……はい」

 短く返事をした時谷くんの視線は冷ややかで、暗い瞳は静かな怒りを宿しているようにも悲しみに沈んでいるようにも見えた。

 勝手なことをして悪いと思ってる。
 でも、二年の二学期からは時谷くんに友達がたくさんできてほしい。去年の夏に私が叶えられなかったことを今年こそ。
 身勝手な願いであることはわかっていたけど……これより時谷くんと前山田くんを友達にしちゃおう大作戦を開始します!
 私はそう意気込んでいた。


「――綾瀬さんの嘘つき……」
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