Keep a secret

□愛してるゲーム
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 ふと気が付くと、十畳ほどの部屋に閉じ込められていた。床や壁は淡いピンク色で、ハートのクッションがいくつも転がっている。
 愛してるゲームで、七花ちゃんが勝たないと出られない部屋――
 唯一の出入口と思しきドアには突拍子もないことが記されていた。

「「……愛してるゲーム?」」

 この不可思議な現象に巻き込まれた時谷くんと同時に呟き、顔を見合わせる。

「開かないですね……」
「うん……」

 窓のない室内に出入口は一つだけ。簡素なドアには本来あるべきドアノブがついていない。何とかして開けられないものかと小一時間奮闘したが、無駄に終わってしまった。
 となればドアに書かれていた怪しい文言の達成を目指す他ないかもしれない。考えることは一緒のようで時谷くんと目が合った。

「じゃ、じゃあやってみよっか。と、時谷くんからどうぞ」
「は、はい!」

 部屋の真ん中で正座をし、同じく畏まっている時谷くんと向かい合う。ふわふわな床は食べたら綿菓子みたいに甘い味がしそうだ。
 愛してるゲームを知らない時谷くんに大体のルールを説明したら「そんなゲームあるならもっと早く知りたかった」と嘆いていたけれど、できれば知らないでいてほしかった。
 要は私が時谷くんに愛してると言われても照れて笑ったりせず、逆に時谷くんが笑ってくれればいい。そうすればこの部屋から出られる……はずだ。

「綾瀬さん、愛しています」
「っ!」

 私に向けられた眼差しは優しくて、そっと紡がれた一言にはゲームとはいえ確かな気持ちが込められている。笑うのを隠そうだとかそんな意図はないけれど、純粋に嬉しくて恥ずかしくて口元に手を当てた。

ブブー

 クイズで不正解を出した時のような音が密室に響き渡る。恐らく私の負けということなのだろう。このゲームの判定はなかなかにシビアな可能性がある。
 失敗は繰り返したくない。私は改めて背筋を伸ばし、膝の上で拳を固く握った。

「ごめん。もう一回しよう」
「はい……そんなに緊張しないでください。僕が綾瀬さんのことを愛してるなんて今更な話じゃないですか」
「っ!」

 柔らかい床が深く沈んで、前のめりになった時谷くんが私の手を握る。

「綾瀬さん、愛してる」
「ひゃっ!?」

 言葉と共に手の甲に口付けが落ちてきた。少し頬を染めた時谷くんの綺麗な顔が近い。先ほどしたばかりの決意は簡単に崩れ去り、私の肩は面白いほどに飛び跳ねる。
 案の定、失敗を告げる音が鳴った。

「あははっ……綾瀬さん弱いですね」
「とっ、時谷くんが悪いんでしょ!変なことして動揺させないでよ」
「ごめんなさい。緊張を解してあげようと思っただけなんです」
「普通にしてくれればいいんだよ!」

 恥ずかしいやら腹が立つやら、私の顔は熱くなっていた。それを隠そうとして足元のハートのクッションを拾って時谷くんの顔面に押しつけてやる。手で制しながらおかしそうに笑っている時谷くんは、この部屋から出るための条件を理解しているのだろうか?
 ……不安だ。ビーズの入った肌触りの良いクッションを抱きしめながら仕切り直す。

「今度は私が先攻でいかせてもらうよ」
「はい」
「時谷くん……あ、あ、あい、愛し」

 これはそういうゲームだし、たったの一言なのだが気恥ずかしさが勝る。考えてみたら"好き"ならともかく"愛してる"なんて言う機会はそうそうない。
 喉につっかえて出てこない言葉を何とか私は振り絞った。

「っ、あい、愛してる……!」
「どれくらい愛してますか?」
「え……」

 時谷くんの眼差しは慈愛に満ちていて、やっとのことで伝えた不格好な愛の告白に吹き出しそうな気配は見られない。
 いや、笑われたらショックを受けそうだけど、だからといってこの状況はどうしたら……たまらずクッションを抱く腕に力が入る。

「す、すごく愛してる、かな」
「もっとちゃんと言ってください。僕のことを誰よりも愛してる?」
「う、うん……愛してる……」
「……もっと」
「あ……愛してるよ時谷くん!!」

 羞恥に耐えきれずクッションに顔を埋めたのがいけなかったのか、ブブーと派手な音で私の"愛してる"に駄目出しが入る。これ私にだけやたらと判定厳しくないだろうか。
 時谷くんは途端にくすくす笑い出して、「耳まで真っ赤ですよ」とからかってくるから、不安は確信に変わった。

「あのさ、時谷くんこの状況を楽しんでるでしょ?時谷くんが負けてくれたらすぐにでもこの部屋を出られるんだから協力してよ!」
「……出る必要ありますか?ずっとここにいましょうよ」

 やはり、と言うべきか。時谷くんは悪びれる様子もなく微笑んだ。

「この不思議空間の中ならお腹も空かないんじゃないかって思うんですよ。僕と綾瀬さん以外になんにも存在しないこの部屋で、愛してるってずーっと伝え合うんです。それって素敵なことですよね」
「時谷くん……」

 本気で言っているのだろうか。スマホもない、美味しい食べ物もない、お母さんやゆかりんもいない、こんな寂しい空間にずっといたいだなんて――
 私の不安が伝わったのか、時谷くんの笑顔は一瞬で暗く陰る。

「……なんてね。そんな困った顔しないでください。冗談ですよ……でも。あともう少しだけ。愛してるって言ってください」

 時谷くんの少し潤んだ瞳は私からの愛を強烈に求めていた。時谷くんはいつもこうだ。
 私はいつだって時谷くんには勝てないから白旗を上げることにした。「本当に少しだけだからね」と念を押しながら笑顔を作り、ハートのクッションを時谷くんに渡す。

「時谷くん、愛してるよ!」
「綾瀬さん……僕も愛してます」

 食べたら甘い、甘い味がしそうな床に押し倒されて、時谷くんが私を見下ろしている。これはあくまで愛してるゲームだけど、ゲームだからこそ言える本心を伝えるのも悪くないかもしれない。
 ドアはまだしばらく開かないだろう。


END
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