Keep a secret

□未来の全てを
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 結局昨日は周辺を探し回っても美山さんを見付けられなかった。
 でも、私達が目を離した隙に美山さんが帰宅していたことは後で時谷くんが一人で確認してきてくれた。

 あの駅でデート中の黒崎さんと若野先生が偶然居合わせたとは考えにくい。
 もしも美山さんが犯人だとしたら、手紙の要求が通っていないことを昨日確認したことになる。
 何かしら次の一手に出るだろう、というのが時谷くんの予想だった。

「まだ何も動きはなさそうだね」
「そうですね。何かあればどうせ黒崎さんからお怒りの連絡があるでしょうから。学校に告発するのか黒崎さんに追加で手紙を出すのかわかりませんが、どちらにせよ現行犯で押さえたいですね」

 今日も始発で美山さんの家を張っていた時谷くんに合流したのがお昼前。
 難しい顔でたこ焼きを頬張る時谷くんの横で、私は机の上のマイクへと手を伸ばした。

「ねえ、私達も歌おうよ」

 隣の部屋では美山さん達のグループがフリータイムのカラオケを満喫中。
 長く続いていたアイドルソングメドレーからアニメソングの流れへと変わり、大いに盛り上がっているようだった。

 一方で、私達は昼食をとりながら作戦会議をしているだけで歌っていない。
 モニターを繰り返し流れる広告を見続けるのにもいい加減飽きてしまった。

「やめておきましょう。歌声で気付かれるかもしれませんよ」
「えーっ! 平気だって! 隣の部屋からの音漏れなんて気にしないよ。それに、向こうのメンバーに私達と仲の良い人もいないからわかるわけないよ。あ、せっかくだから一曲目は二人で歌おうよ。何にする?」
「でも……」

 端末を操作して人気曲のランキングを見せると、時谷くんは口ごもる。明らかに気まずそうな態度。
 そういえばゆかりんや日向達とカラオケに行った日、時谷くんが歌っているところを見た記憶がない。
 あの日はゆかりんと日向がマイクの取り合いをしていたから、時谷くんが歌っていなくても気にならなかったのだ。

「時谷くんってカラオケ苦手?」
「…………」

 聞くまでもない質問だった……と言葉にしてから思う。
 時谷くんがカラオケを好きだと言い出したら逆に驚く。彼の最も苦手な空間といっても過言ではないかもしれない。

「じ、時間をください……次に綾瀬さんとカラオケに来る日までに仕上げておきます。前山田より必ず上手く歌ってみせますから!」

 重い沈黙からの熱い意気込み。
 日向の歌唱力は私の知り合いの中で抜きん出ていた。
 普段とのギャップも相まってか最後のラブソングには圧倒された。日向と口喧嘩をしがちなゆかりんも、悔しいけどプロになれる歌声だと太鼓判を押していたくらいだ。
 時谷くんが一般的な歌唱力だとして日向を超えるには相当な努力が必要だろう。
 でも、私は時谷くんの声も好きなのだ。

「上手いとか関係なく時谷くんの歌聞いてみたいよ。練習したいなら私も付き合うからさ、歌おうよ」
「駄目ですよ……綾瀬さんの前でかっこつけたいんです。練習に付き合ってもらったら意味ないです」
「そっか、わかったよ」

 残念ながら既にかっこいいと思ってるんだけど。そんなに言うなら時谷くんの成長を楽しみに待っていようか。

「なら私が好きなだけ歌おうっと」
「はい!」

 時谷くんは現金なもので、タンバリンを持って元気に頷いた。


 カラオケの後はプリクラ。定番なコースを美山さんは辿っていた。
 このゲームセンターはプリクラ機が充実している。プリクラブースは中高生と見られる女の子で溢れていた。
 何枚もプリクラを撮る美山さんのグループを離れた位置から眺めながら、私はふて腐れていた。

 時谷くんは変に目立つ。
 女子の集団の中に男子が一人いるだけでも視線が集まりやすいのに、彼は特に目を引く容姿を持っている。
 あの人かっこいいね、隣の人彼女かな、とひそひそ話す声があちこちから聞こえてきて落ち着かない。
 昨日の逆ナンの件といい、容姿が良い時谷くんはモテるのだ。
 学校での時谷くんは地味な男子という括りで、女子からの人気も特別高くは見えない。それでも美山さんから告白されているし、学校にも時谷くんに密かに思いを寄せる女子は存在するんだろうな。

「私もプリクラ撮りたい」

 地声より遥かに低い、可愛げがない声でのおねだりだった。
 カラオケで歌いすぎて喉を痛めたのもあるが、一番の理由は不機嫌だから。私は多分、ヤキモチを妬いてる。

「そんなことしてるうちに美山さんがここを離れ……僕達も撮りましょうか」

 時谷くんは言いかけたけど、口元に手を当てて、笑いながら頷いてくれた。


 プリクラ機のカーテンの中に入ってしまえば他の女子達の視線は届かない。時谷くんと二人きりだ。
 物珍しそうに撮影スペースを眺める時谷くんの横で荷物用のカゴに鞄を置く。
 プリクラには慣れてる――けど、今回一緒に撮る相手は時谷くんだ。
 自分から言い出したことだが私の動きは緊張でぎこちなかった。

 硬貨の投入口の前でポーズのことばかりが頭に浮かぶ。
 以前にゆかりんが押野くんとハグやキスをして撮ったプリクラを見せてくれたことがある。
 まだ私達はカップルではない、かといって友達でもないだろう。どれくらいの距離感がベストなのか、ポーズのシミュレーションをすると顔が熱くなる。

「プリクラ久しぶりだなぁ」
「撮ったことあるんだね」
「はい。中一の時に一度だけ友達と撮りました。もうそれ捨てちゃいましたけど」

 そう言って笑う時谷くんの横顔は寂しそうに見えた。

「……お金入れたよ。私とのプリクラ大事にしてね。私も捨てたりしない。ずっと大事にするからね」

 きっと泣きながら捨てた時谷くんの中学時代の宝物は帰ってこない。
 だけど、これから私と作る思い出を時谷くんが捨てなくてもいいようにしよう。

「もちろんです! 僕が相当酷い顔で映り込んで価値を暴落させない限りは時谷家の家宝にしようと考えてます」
「時谷くんは絶対盛れるよ」

 そうと決まればプリクラの案内に沿って操作を進めていく。
 元から顔が良い時谷くんは約束された勝利が待っている。問題は私だ。
 プリクラの魔法で実物の何倍も可愛くなれるように美白効果を増し増しに設定した。


 一枚撮るたびに切り替わっていく指示に合わせて表情やポーズを取る。
 笑顔でピース、片手を頬に当てて虫歯のポーズ、全力で変顔、可愛く猫の手。
 スピードが早いから、戸惑いながら画面の指示に従う時谷くんにオリジナルのポーズでもいいんだよと伝える余裕はなかった。

 カップルらしいポーズのことも頭の片隅に残っているものの、現状は二人とも画角に収まる程度の距離感で落ち着いている。

 最後のポーズの指示はカメラに近付いて指でハートを作ること。
 撮影指示に従うと自然に時谷くんとの距離も近付く。
 私の隣で指ハートの作り方がわからず苦戦中の時谷くんの様子が画面にアップで映っている。その表情があまりに必死だから、つい笑ってしまう。

「ハートなしでいいよ」

 時谷くんに伝えてカメラに目線を向ける。

 3、2、1――

「綾瀬さん」
「っ!」

 シャッターが下りる直前、頬に時谷くんの唇が触れて、すぐに離れていった。
 せっかちな画面は落書きブースに移動してくださいという案内に切り替わっている。
 夢だったんじゃないかと思うくらい一瞬の出来事だったが、その瞬間は多分カメラに切り取られているはずだ。

「い、行きましょうか」

 時谷くんは口元を手で覆い、ぎこちない動作でプリクラのカーテンを開けた。
 他のプリクラの音声や女の子達の話し声、ゲームセンター内の雑音が耳につく。
 半ば放心状態の私も慌てて後に続いた。時谷くんは耳まで真っ赤だ。

 プリクラコーナーのハサミでプリクラを半分こした後の私は、プリクラを撮る前と打って変わってご機嫌だった。
 時谷くんと初めて撮ったプリクラを何度も見てしまう。
 私の映りは良くもなく悪くもなく。時谷くんは元からぱっちりな目がプリクラの加工で更に大きくなって、美少女化していた。

 お気に入りはやっぱり最後に撮った一枚。綺麗な横顔の時谷くんが、カメラ目線でぽかんと口を開けた私の頬にキスをしている。
 この写真だけ恥ずかしくて何も落書きできなかったけど、嬉しかったな。
 プリクラを見ていると、時谷くんへの黄色い視線もあまり気にならない。
 別に特定の誰かに向けた感情ではないけれど、ちょっとだけ思ったから。勝ったって、時谷くんは私のなんだからって。


 ***


 美山さんのグループの次の行動はドリンクとクレープを買って近くの公園で休憩。
 私と時谷くんも美山さん達から離れたベンチに座り、クレープを味わう。

「綾瀬さん、楽しいですね」
「うんっ」

 時谷くんが買ってくれたのは、生クリームと苺とラズベリーの入ったクレープの上にチーズケーキとバニラアイスを乗せた贅沢なもの。
 暑いなか時谷くんと一緒だと更に体温が上がってしまう体に冷たいアイスが染み渡る。

「あー……こんなに幸せでいいんでしょうか。僕なんかには過ぎた幸せだって神様が怒ってたりしませんかね」

 甘い物が苦手な時谷くんはシンプルなサラダクレープを食べながら顔を綻ばせる。

「あはは。神様が怒ったらどうなるの?」
「何か不幸なことが起こるんじゃないですか? 例えば帰り道で事故にあって両足を失うとか……それくらいの不幸じゃないとこの幸福との帳尻は合わないと思うんですよね……」

 本気で怖い想像をしたのだろう。時谷くんは体をぶるりと震えさせる。
 今からそんな目にあっていたら、恋人になった時はどれだけ酷い不幸に見舞われるんだろうね。

「時谷くん、私が神様の代わりに不幸をあげる。ほら。生クリームに甘い苺ソースがたっぷりかかってるとこ、一口どうぞ!」
「え?」

 ほんの悪戯心で、俯く時谷くんの口元にクレープを近付ける。

「いただきます……っ」

 時谷くんは目を丸くしてクレープを見つめた後、意外にも大きな口でかぶりついた。

「わ、ほんとに甘いですね。でも、うん。綾瀬さんがくれる不幸は幸せだな……僕、気を付けて生活します。この幸せが僕の元から遠ざかってしまわないように」

 時谷くんが静かに目を伏せる。
 私と一緒なら苦手な物を食べても幸せだと思ってくれるのだろうか。
 アイスが溶け始めたクレープを私は慌てて口に詰めこむ。
 時谷くんに少しあげたからかな、さっきより美味しくなった気がして口元が緩んだ。


 一日遊び尽くして友達と別れた美山さんが向かった場所は昨日と同じ駅のオブジェ前だった。時刻もそう変わらない。
 また黒崎さんと若野先生が密会してるとしたら、美山さんはどんな気持ちでこの場所に来てるんだろう。

 私は昨日と同じ柱の陰に張り付きながら、もう一つの心配事の背後に視線を向けた。

「時谷くんいるね。今日は離れちゃ駄目だからね。そこにいてね」
「ふふっ……ヤキモチ妬いてる綾瀬さん、可愛い」
「っ、ち、違うよ! 昨日みたいに美山さんを見失ったら困るから言ってるだけ!」
「大丈夫ですよ。僕は綾瀬さん一筋ですから。心配しないでくださいね」

 時谷くんがくすくす笑う。プリクラを許可してくれた時と一緒だ。
 やっぱり嫉妬してること気付かれてた……。

「そんなこと言うけど時谷くんって結構女の子からの視線集めてるし……しかも昨日のお姉さん達美人だった……」

 私は柱に背中を預ける。
 次に逆ナンされたらちゃんと強く断ってほしい。そう正直に言おうか、指を組んだり離したりしながら迷う。

「ああ、そっか……他の女に僕のことを見られるのも嫌なんですね。それなら綾瀬さんが安心できるように、誰の目にも触れないところへ僕を閉じ込めてください」
「あ……」

 私が背にしている柱に時谷くんも手をついて、端正な顔が眼前に広がる。
 息がかかるほどの至近距離で細められる綺麗な眼。周囲には人がいっぱいいるのに、もう時谷くんしか視界に入らない。

「いいですよ。綾瀬さんになら僕の未来の全てを奪われても」

 反らそうにも時谷くんが私の顔の横に両手をついて顔を寄せているから動けない。
 閉じ込められているのも周囲の目から隠されているのも、私の方だ。
 普段の私なら公衆の面前でこんな風に密着しているカップルがいたら呆れるだろう。

 けれど、私の醜い嫉妬も受け入れ、全てを肯定するような、怖いくらいに愛情のこもった瞳に魅入られる。
 周囲の雑音が消えて、私の世界が時谷くん一色になった。
 誰の目にも触れないところってこんな感じだろうか――

 微睡む思考の中で、ハッとした。

「やだよ! 閉じ込めたらプリクラ撮れないし、クレープも食べれないよ。他にも時谷くんと行きたい場所いっぱ――」

 時谷くんの腕を慌てて振り払い、柱の陰から顔を出す。昨日とは違い、美山さんの姿はまだオブジェ前にあった。

「あっ!」

 しかし、背の高い男性――若野先生と親しげに話している。

「え、えっ、今日は美山さんと若野先生がデートなの? どういうことなんだろう。黒崎さんは近くにいないよね!?」

「……不思議だな。抱いた感情は同じなのに求めるものは同じにならないんですね」

 時谷くんは聞き取れない小さな声で何事かを呟いていて、騒ぎ立てる私にしばらく返事をしてくれなかった。
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