Keep a secret

□当たり前だよ
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 若野(もしの)真澄(ますみ)。
 養護教諭。42歳。
 A型。身長184センチ。
 趣味はクロスワードパズル。
 私達が通う高校近くのマンションで奥さんと小学生の息子と3人暮らし。
 2歳下の妻は他校で美術教師をしている。来月で結婚10周年。

 ――以上、時谷くん調べ。


 私達がいるのは人気のない資料室。
 近くの音楽室から合唱部の歌声が聞こえてくる。小一時間繰り返し練習中のこの曲は多分コンクールの課題曲だ。
 最後のサビの途中で、よく通る顧問の声が曲を止めた。
 素人の私には良く聞こえたけれど、厳しい指導が始まる。合唱部は大変だ。

「動きがないね。どうする?」

 夏休み中の校内は閑散としている。
 特に最上階である4階の、一番端っこにある音楽室付近なんて誰も通らない。
 時谷くんの行動はだんだん大胆になる。最初こそ資料室内の床に二人並んで座っていたけれど、今では膝の間に座らされ、後ろから抱きしめられていた。

「部活中ですからね。終わるまで待っていましょう」

 密室で二人きり、密着する体。
 緊張疲れも限界なのに、こう返されたら逃げ道がない。

 私達がここにいるのは、時谷くんが一人で黒崎さんの手紙の差出人調査を頑張ってきてくれたからだった。
 昨日の朝一から尋常じゃない行動力で若野先生を尾行し、隙を見て職員室内の机や、保健室に置いてある私物まで徹底的に調べ上げてきたのだ。

 その結果、若野先生と親密な関係にある女子生徒の存在が浮上した。
 現在私達が盗み聞き中の合唱部に所属しており、保健委員の生徒――美山さんだ。


「すごい偶然だよね。バレンタインに時谷くんに告白した美山さんでしょ?」
「正直あまり覚えてないんですが……なんかそうらしいですね。若野先生とは春から急接近したみたいですよ」

 "なんかそうらしい"とは他人事すぎて驚くけれど、時谷くんが気にも留めていない事実に少し安心する。
 もしも美山さんの気持ちがもう自分にないことを残念がっている素振りを見せたら、私は複雑に思っただろう。

 若野先生と美山さんの関係は時谷くんいわく確定事項だ。
 だからといってなぜ美山さんが黒崎さんに手紙を出した容疑者になったのか、それは美山さんに小学生の妹がいることが理由だった。

『黒サキ美愛 若野真澄ト別レロ サモナクバお前タチノ不倫関係ヲ学校ニ告発スル』

 手紙に使われていた文字の全ては小学生向けに発行されている子供新聞から切り取られたものだ。
 切り抜きがどんな形をしていたか朧げな記憶しかなかったが、時谷くんはばっちり覚えていた。図書館で借りてきたという子供新聞のバックナンバーを広げて、「お前」という文字の切り抜きは何月号のこの部分で〜、「学校」は〜、と一つずつ説明されて私もしっくりきた。

 子供新聞を取っている家庭はそう多くはないはずだ。
 美山さんの家が取っているのかはまだ未確認だが大きな手掛かりになっている。

「本気で犯人を探そうとしてるね」
「当然ですよ。僕は一秒でも早く綾瀬さんの彼氏になりたいんです。必死にもなりますよ。絶対誰にも邪魔させませんから……」

 抱きしめる腕がぎゅうっと強くなって、時谷くんは私の肩に顔を埋めた。
 サラサラの髪が首筋を撫でてくすぐったい。

「僕のことまだ好きですか?」
「……まだ? 当たり前だよ?」

 好きだと伝えてからまだ中一日しか経ってないのに変なの。

「当たり前……当たり前、か。ふふっ、嬉しい。心変わりしてるかもしれないし、もしかしたらあの言葉は夢だったのでは……ってたまに不安になるんです」
「そ、そんなすぐに心変わりしません! 時谷くんのことちゃんと好き……だよ」

 私は照れ隠しで口を尖らせてみせる。

「よかったあ……」

 肩の上で落とされる長い長い安堵のため息。ブラウス越しに時谷くんの体温を感じて、二人きりの緊張感と恥ずかしさが舞い戻ってきた。

 私達が話している間に再開された合唱はワンコーラス目で早速止められている。
 今日は美山さん一点狙いで情報収集する予定だ。部活中は動きがないからここで待機してなくてもいいんじゃないかな。

「あと一、二時間は部活続くんじゃない? 終わりそうな時間にまた来ようよ」
「いけませんよ。離れてる間に美山さんがこっそり抜け出したら困るじゃないですか。今日は私も手伝うって言い出したのは綾瀬さんですよ。飽きちゃいました?」
「うぅ……だって」

 そう、時谷くんも一緒だし、尾行ってちょっと面白そう……と軽い考えだった。
 尾行の過酷さはともかく、学校でこんなに密着されたら緊張するもん。とは言えないから、私の言葉は尻すぼみになった。

 顔を上げた時谷くんが「それなら」と呟いて、私の耳元に唇を寄せる。

「退屈しないように綾瀬さんが大好きなことをして、楽しく待ってましょうね?」
「っ!」

 耳へ直接吹き込まれた甘い声に、大袈裟なくらい肩が揺れた。
 時谷くんが小さく笑う。

「ひゃっ、ん……っ」

 尖らせた舌に耳穴を犯される。頭の中に響く水音にぞくぞくする。
 真剣な尾行の最中に何をするの――と思ったけれど、尾行を中断させようと先に文句を垂れたのは私だ。
 拒絶が間に合わず、スカートの中まで時谷くんの手の侵入を許してしまった。

「ねぇ、綾瀬さん。"好き"ってどういう好きですか? 好きにもいろいろありますよね。高橋さんのこと好きでしょう? 僕への気持ちと同じ意味の好きですか?」
「一緒じゃなっ、あっ!」
「じゃあ、前山田は?」

 日向……日向を異性として好きか?
 しなやかな指が試すように下着の縁をなぞり、同時に制服の上から胸を揉みしだかれる。

「どうなんですか?」

 私の顔を覗きこむ綺麗な瞳が少し陰った気がして、何度も何度も犯されたあの時の光景が頭をよぎる。
 そういえば、日向から届いたラインの誤解は未だ解けてないんだった。
 すごく怖くて嫌だったのにおかしくなりそうなほど達してしまった、あの感覚を思い出て体の内側が疼き始める。
 肝心な場所を避け、下着の曲線を確かめるように動く指先がもどかしくて、私の中からじわっと溢れた愛液が下着に染みていく。

「と、時谷くんへの気持ちを隠してたから言えなかったけど……あの下着は時谷くんに見せる想像をして買ったの……っ! 時谷くんもああいうの好きかなって思――あっ!」

 本当は下着ショップで日向と交わした会話から順を追って説明したいのに、下着の中へと入ってきた手によって叶わない。

「あんまり可愛いこと言わないでくださいよ……っ、あの下着を駄目にしてしまったお詫びに今度新しいの買いに行きましょうね」
「ぁ……っ、あっ、やっ!」

 時谷くんの指先が恥骨をさわさわと撫でて、陰核をかすめながら秘部の入口を上下に擦りあげる。期待していた刺激が急に与えられ、仰け反った喉に舌が這う。

「綾瀬さんは僕だけが好きなんですよね。こんなエッチな綾瀬さんを見ることができるのも、体に触れる権利を持っているのも僕だけですもんね?」
「んっ、あっあっ!」

 いやいやいや、まだ付き合ってないんだから時谷くんにも権利はないでしょう。
 ……でも、無意識に腰を浮かせて下着を脱がせる手助けをしてしまったから肯定したも同然だ。

 露出して空気に晒された秘部が熱い。私ので湿り気を帯びた指が、割れ目の上部で固くなった突起に触れる。
 びくびく震えるそこを二本の指で挟まれ、あやすように優しく撫でられて、時谷くんの指先から生まれる快楽が全身を走った。
 我慢することも忘れて私の口からは媚びるような高い声が漏れる。

「綾瀬さんのクリ膨らんでる。小さいのに一生懸命勃起してて可愛い……あっ、逃げちゃ駄目です。僕の指嫌いですか?」
「ふぁっ、す、好き……っ、時谷くんの指!」

 こんなの誘導尋問だ。絆創膏を貼った顔に、演技がかった大げさな悲しみの表情を作られたら好きと言うしかないじゃないか。

「じゃあ舌は?……んっ」

 首筋から顎まで順にキスを落とす唇が時々柔く吸い付き、舌でチロチロと舐め、また悪戯に別の場所へキスをして、私の肌を味わっている。
 この繊細に動く舌で弱い場所を舐められたら気持ち良いことを私は知っていた。

「あっ、好き! 好きだってばぁっ」

 半ばやけくそに答える私を時谷くんは抱きしめ直した。

「他は?」
「あ……あ、あっ!」

 こね回された陰核は包皮が剥けて敏感な粘膜が露わになっていた。その芯を捉えるようにあてがわれた指のかすかな振動だけでも強い刺激になる。
 無意識に動いてしまうお尻のあたりに固いものが当たっている。
 これが、時谷くんのが、欲しいよ。あそこが熱くてたまらないの。

「僕は綾瀬さんの甘い舌も、形の良い胸も、小さなクリトリスも好きです」
「ひゃあっ、あっ、あっ!」

 時谷くんは私の耳にフーと息を吐きながら囁く。左手は服の上から胸の先端をつまみ、もう片方の手でぬるぬるになった陰核を転がされる。

 私……学校に何しに来たんだっけ。こんなことしてる場合かな。
 ひっきりなしに出る自分の声を聞きながら考えるけれど、体は完全に時谷くんにもたれかかり主導権を委ねていた。
 調子よく続いている合唱部の歌声が私の浅ましい声を掻き消してくれていることを祈るしかない。

「それに、僕のをきゅうきゅう締めてくれる"ここ"も大好きですよ」
「ひゃあっ、あっ」

 敏感な突起を弄られたまま、淫裂を割り開かれる。これまでの愛撫でグチャグチャに濡れているそこは時谷くんの指を難なく奥まで飲み込んでいく。
 真後ろから抱きつかれているからどうにもならないのだが、反射的に後ずさる。

「あっ! 動かな、で……っ」

 思いがけず私は勃起した時谷くんの自身に刺激を与えたらしい。吐息混じりの切なそうな声が耳をくすぐる。
 だからちょっとだけ出来心が生まれた。お尻に当たっているものに手を伸ばす。

「時谷くん……」
「っ!」

 それは服越しでもわかるくらい熱を持って腫れ上がっていた。

「なっ、何を? だ、駄目です駄目です。綾瀬さんと付き合う前に死にたくありません!」

 男の人の急所かつ性感帯を握られた時谷くんが必死に首を横に振る。

「し、死なないよ。当たってると気になるんだよ」

 いつもは私を翻弄してばかりの凶悪な時谷くんのそれが、私の手に包まれて震えてるのが可愛い……なんて、初めての感情と意地悪な心がむくむくと湧き上がる。
 どうするのがいいのかわからないから、時谷くんの形に沿うようにゆるゆると扱く。

「っ、ちょっと待ってくださ……心の準備がっ、綾瀬さんに触れられたら僕の心臓止まっちゃうかもしれないじゃないですかぁ! だから駄目です……っよ!」
「やっ、ずるい……っ」
「怖いことはしないからいい子にしててくださいね」

 私の手は時谷くんによってひと纏めにされ、後に待っているのは一方的に与えられる快楽だけだった。

「んぁっ、あっ」

 中指の第二関節を曲げると当たるその場所は陰核の裏側に位置するらしい。外では直接親指で陰核を潰され、内側からもぐっぐっと押し上げられる。
 一番弱いところを同時に責められたらどうしようもなく感じてしまう。私が駄目、嫌、と言っても執拗に続く愛撫。

「や、あっ、あああっ!」

 一度目の絶頂を迎えた私を眺めながら時谷くんは舌なめずりをする。

「綾瀬さん、可愛い。次は何をしてほしいですか?」
「い、嫌だぁ……」

 お願いだから合唱部の練習早く終わってよ。

 それから――しつこいまでの愛撫はたっぷり一時間続いたのだった。


 ***


 部活終わりの美山さんの行動はシンプルな直帰コースだった。
 家に入ったのを見届けてから何時間も経ち、もう日も暮れている。
 美山さん宅前の公園を拠点にした張り込みは暑いし蚊に刺されるしで、はっきり言って最悪な時間だった。
 もう帰ろうよーと私がぐずり始めた頃、美山さんは再び外へと顔を出した。

「美山さん、誰と約束してるんだろうね?」

 繁華街の駅前は人でごった返している。仕事帰りの社会人や一日遊び尽くした帰りと見られる学生達が目まぐるしく横切っていく。
 美山さんは駅のオブジェ前に立ち、スマホを頻繁に見ている。恐らく待ち合わせの相手と連絡を取り合っているのか、時間の確認をしているんだろう。

「若野先生と会うのかな? なんだか緊張するね」

 柱の陰に隠れて美山さんを観察しながら声をかけているが、さっきから時谷くんの返事がない。
 不思議に思って隣を見てみたら、なんと時谷くんは少し離れた場所で派手な女性に囲まれていた。

「ねえ、いいじゃん。お姉さん達とご飯行こうよ!」
「すみません。困ります……」
「きゃーっ! 可愛い反応!」
「大丈夫だよぉ。奢ってあげるからねぇ」

 な、何をしているの……。
 開いた口が塞がらない。時谷くんは大学生くらいの美人なお姉さん二人に両脇から腕を引っ張られ、困惑の表情を浮かべている。
 しつこいナンパは許せないし、時谷くんの声の小ささにも無性に腹が立つ。もっと強気で断ってくれてもいいじゃないか。
 時谷くんは私の――いや、彼氏ではないんだけどさ。

「ああもうっ、行くよ」
「あっ、綾瀬さん!」

 不満を訴えるお姉さん達を無視し、時谷くんの手を引っ掴んでずんずん進んでいく。
 目的なんてどうでもよくなっていた。このまま帰る勢いで私は足を動かす。

「綾瀬さん。綾瀬さん! 止まって!」
「何なの?」
「見てください」

 パシャッ

 時谷くんが向かいの通りにスマホを構えてシャッターを切った。
 そこには見覚えのある二人の姿があった。
 トレードマークの白衣を脱いでラフな私服に身を包んだ若野先生と、その横で幸せそうに笑う黒崎さんだ。

 何であの二人が?
 偶然この駅でデートだったの?
 なら美山さんは誰と待ち合わせを?

「行きましょう。美山さんの動向が気になります」

 今度は時谷くんが私の手を引っ張っていく番だった。
 元来た道を急いで引き返したが、駅のオブジェ前にもう美山さんの姿はなかった。
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