Keep a secret
□後で絶対犯す
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『おわかりいただけただろうか? 画面右上にご注目いただきたい』
「うぎゃあああっ! ととと時谷く! あ、あそこ! 男の人の肩のところに女の幽霊が!」
「いや、後ろにいた人の顔が偶然写りこんでるだけですよ」
テレビ画面を指差しながら隣に座った時谷くんの肩を揺する。
テレビの力を借りて空気を明るくしようと思ったのに心霊番組が始まるなんて聞いてないよ!
「ひぃぃぃっ、この写真の男の人が階段から落ちて大怪我したって……! これ見てる私達も呪われたらどうする!?」
何となく流れで見てしまっているが、怖い話が苦手な私は指の隙間から覗くたびに絶叫していた。
「偶然怪我をしただけです。呪いなんてありませんよ」
騒がしい私の横で涼しい顔を崩さない時谷くんが頼もしい。
「お化け屋敷も平気そうだったけど、心霊系得意なの?」
「僕も心霊番組は苦手ですよ。忘れられない苦い思い出があるので……」
「子供の頃に見て、一人でお風呂に入るのが怖くなったとか?」
「いえ。あれは僕が中学生の頃の話――」
時谷くんは遠い目をして語り始めた。
「そう、臨海学校の写真でした。後ろに写りこんだ僕の姿が幽霊っぽいと面白がった同級生たちが心霊番組に送ったんです。そうしたらなんと採用されて、霊能者が言ってましたね。この白い顔の少年は楽しそうな中学生たちに引き寄せられてきた悪霊で、強い怨念を感じるからすぐにでもお祓いをした方がいいって」
「う、嘘だよね? 作り話でしょ?」
幽霊を見たとか、心霊写真を撮ったとか、並の心霊体験よりある意味恐ろしい体験談だった。
ああ、嘘だと言ってよ、時谷くん。
「残念ながら実際にあった話です。そしてその心霊番組と霊能者というのが今ちょうどテレビに映――」
「うわーっ!」
それはトラウマだ。私は時谷くんが言い終わる前にテレビを消した。
「……さっきの写真、後ろの人の顔が写りこんでただけだね」
「だと思います」
なんだか時谷くんをすっごく抱き締めてあげたい気分。
でもそういうわけにもいかないから代わりに頭を撫でた。綺麗な黒髪はサラサラで指通りがいい。
「スキンシップ、ですか?」
「うん……」
どこか遠くに思いを馳せていた時谷くんの意識が帰ってきて、彼は驚いたように私を見た。
「ふふっ」
私と目を合わせ、恥ずかしそうに嬉しそうに笑う時谷くんを見て思った。
こんな可愛い幽霊いるわけないよ。
***
「はあーーあったかいー……」
浴槽で足を伸ばし、長い息を吐き出す。
昨夜も今夜も「お先にどうぞ」と言われるがままに一番風呂に入っているが、居候の身で申し訳ない気分だった。
それに、私のお母さんは明後日の朝まで帰って来ないのだ。
このまま連泊させてもらうのも悪いし、明日はもう一度鍵を探しに行こう。今なら落とし物として届けられているかもしれない。
「っ!」
考え事をしていたらお風呂の外で物音がして、不穏な気配を感じた。
まさか、まさか、まさか――!
嫌な予感が瞬時に頭の中を駆け巡る。
「綾瀬さん! お背中流します」
――嫌な予感、的中。
「いやあああ! やっぱりーー!」
私の悲鳴が反響する。勢いよく開かれたドアの向こうには腰にタオルを巻いた上半身裸の時谷くんが立っていた。
そのまま浴室内に入ってくるから私は慌てて体を顎まで湯船に沈めた。
「僕だとわかっていたんですか? 心霊番組を見た直後だからお風呂で怯えてるんじゃないかと心配して来たのですが……」
「わ、私もこの状況で『幽霊かも?』とか思うほど馬鹿じゃないから! ていうかこの家に幽霊が出るって話、嘘でしょ!」
「やだなあ、そんな人聞きの悪い……僕は幽霊が出るなんて一言も言ってませんよ? 前に深夜に目を覚ましたら大きい蜘蛛を見かけたので、もしかしたらまだどこかにいるかもしれないと言いたかっただけです」
時谷くんが満面の笑みをたたえながら一歩、また一歩と浴槽に近付いてくる。
なんて姑息な。心霊系の話だと勘違いさせるために意図的に蜘蛛の部分を隠してたな。
昨晩は本気でびくびくしながら過ごしたんだから、許すまじ時谷くん。
「とにかく! 今は幽霊のことなんてこれっぽっちも考えてなかったから大丈夫。わかったら出てってよ!」
「嫌です。僕、綾瀬さんとスキンシップを取りたいんです。仲良くなるにはスキンシップが大切だと教えてくれたのは綾瀬さんでしょう?」
時谷くんは浴槽の前で膝を折り、私と目線を合わせる。
あれはシュガーを想定して言ったのだ。私達が裸の付き合いをするなんてもってのほか……と言い返そうにも、私が頭を撫でたときの時谷くんの嬉しそうな表情が浮かぶ。
あのとき私から出ていたのだろうか?
時谷くんのことが大好きだっていうオーラ……。
「綾瀬さんは僕なんかとはこれ以上仲良くなりたくないですか? 友達なのに?」
「うっ」
私は友達という言葉にめっぽう弱い。縋るような目で見られては何も言えなくて。
時谷くんから一番離れた浴槽の隅にそろそろと移動して背中を向ける。
これが私なりの精一杯の答えだった。
ありがとうございます、底抜けに明るい声が背中越しに返ってきた。
後ろでシャワーの音が聞こえる。
時谷くんは「綾瀬さんに悪いので全身綺麗にしてから湯船に浸かります」と言ってシャワーを浴び始めたけれど、私も時谷くんが入って来る前にさっさと体と髪を洗っておけばよかったと後悔している。
時谷くんがいたらお湯から出られないよ。
でも……今は時谷くんも裸なのだ。
私は時谷くんの体をあまり見たことがなかった。時谷くんは私を抱く際にも自分は服を脱がないし、裸を直視したのはついさっきお風呂に入ってきた瞬間と、風邪で上半身を拭いてあげたときくらいだろうか。
顔も髪も手も胸板も、全てが綺麗な時谷くんの一糸纏わぬ姿ってどんなだろう。
体を繋げたことはあってもまだ見たことのない場所がある。想像するとドキドキした。
シャワーが流れ続けている。
多分、髪を洗っているところ。時谷くんは目を閉じているはず――
私はこっそりと時谷くんに視線を向ける。
案の定時谷くんは目を閉じていた。頭上からシャワーの水を浴び、少し顎を上げながら髪を掻き上げている横顔がかっこいい。
普段は意識していなかった喉仏に水が伝う。色っぽくて目が離せない。
肌は色白で、腕や脚の毛は薄くて生えているのかほとんどわからなかった。
中性的な顔立ちだが、時谷くんはちゃんと男の子だ。腰のタオルを外して露出していた性器は既に勃起している。
それ、はきっと十分綺麗なのだと思うけれど、初めて目にする私にはグロテスクで怖いものに見えた。細い腰に似つかわしくない、そこだけすごく男の子で浮いている、アンバランスな感じ。
でも、時谷くんの裸を見た私の心臓は破裂しそうなくらい早鐘を打っている。
「綾瀬さん、ドキドキしてるの?」
「っ!」
いつの間にか私を見ていた時谷くんと目が合ってしまった。
時谷くんがシャワーを止める。髪から水を滴らせ、静かに私を見つめる姿はいつもより大人っぽい。
盗み見ていたこと、気付かれた。恥ずかしくて私の目は泳ぐ。
「綾瀬さん」
時谷くんは端へと逃げる私に覆い被さるように浴槽の縁に手を付いた。
「僕、綾瀬さんのそういうところ好きだよ」
私の目を直接覗き込む視線から逃げたくても白い肌が近すぎて目のやり場がない。
俯いた私の耳元で「わかりやすくて」と囁く時谷くんの吐息は熱かった。
「綾瀬さんが僕の体に興味を持ってくれていたなんて知りませんでした」
「…………」
羞恥心で熱を持った頬が時谷くんの両手の平に包まれる。
看病の際、私に上半身を晒すことを恥ずかしがっていた時谷くんはなりを潜め、私を翻弄するもう一人の時谷くんが笑っていた。
ただでさえ芯から温まっているのに体感温度が更にぐんと上がった気がした。
「あれ、のぼせちゃいましたか? お湯から出て体を洗いましょう。お手伝いします」
「やっ、いい! 遠慮します!」
「綾瀬さんは本当に恥ずかしがりやさんですね。昨晩なんて一人で慰めているところを僕に見られたんだから、今更何も気にしなくていいのに……綾瀬さんのそういうところも可愛くて好きですけどね」
「き、昨日のは……!」
噛みつくように時谷くんに顔を近付ける。目の前で「ん?」と細められた余裕のある眼差しが憎たらしく、恥ずかしくもあって、私は慌てて背後の壁に後頭部を預けた。
急に動いたから脳がぐらんぐらんと揺れる。本格的にのぼせてしまったようだ。
昨晩のあれは時谷くんが悪い。
時谷くんが私の名前を切なそうに呼びながら自慰なんてするから。私まであんな、人のベッドで……普通なら絶対考えられないことをしてしまった。
そうだよ。最初に自慰行為に耽っていたのは時谷くんの方なのに、私ばかりが恥ずかしい思いをさせられるのは不公平だ。
「い、言わせてもらいますけど私だって昨晩目撃してるんだからね。時谷くんがリビングでオ、オナニーしてたとこ!」
「っ……あのとき見ていたんですか?」
確認をする声は震えている。
「まあね! 私がドアの後ろに隠れてたの気付かなかったでしょ? ソファーに顔を埋めてたけど、あれってさぁ……」
時谷くんは浴槽の前にしゃがみこみ、羞恥に耐えきれず手で顔を覆っているが、赤い耳は隠せていない。
この精神攻撃は想像以上に効いたようだ。
まあ、気持ちはわかる。死にたくなるほど恥ずかしいもんね。
私は一人でうんうん頷く。これ以上追及するのも酷かなと思えた。
「お互い昨日の夜のことは忘れない? 二度と話題にしないようにしようよ」
「――忘れません。だって綾瀬さんは僕が一人でしているところを見て、欲情したってことですよね?」
「えっ」
その通りだったからとっさに否定の言葉が出てこなかった。
私はもしかして時谷くんに恥ずかしい思いをさせるつもりが、とんでもなく恥ずかしい告白をしてしまった……?
「ふふ、嬉しいなあ……僕のことを想像しながら一人でしてたんですね。僕も綾瀬さんのことを考えてましたよ」
お願いだから、幸せを噛み締めるように笑わないで。
のぼせていたことを体が思い出して、目眩がしてくる。このままだと吐きそうだ。
裸を見られたくないなんて考えている余裕はなかった。すぐさまお湯から出ると時谷くんに背中を向けて床に座った。
「うー、床が冷たくて気持ちいい……」
「はあ。可愛い。後で絶対犯す……」
「えっ?」
背後から時谷くんが私の肩に手を置いて、耳に唇を寄せる。
「その前に全身ピカピカに磨いてあげますからね。風呂から上がったら綾瀬さんを僕に汚させてください」
頭から冷水を浴びせられたように私の体からは血の気が引いていく。
透明なアクリルの椅子に座らされ、私の髪は時谷くんの手で丁寧に洗われた。
髪の毛の次は手、手首、二の腕、肩、首筋まで時谷くんの舌が這い回る。時折ついばむようなキスを受けて、背中がぞくぞくする。
「時谷くん、駄目だってば」
「んん……」
自然に片手を上げられ、脇の下にまで舌が滑りこんできた。時谷くんの肩をもう片方の手で押し返すが、時谷くんはうっとりと目を閉じたままやめる気配がない。
脇の下の薄い皮膚をちゅうっと吸って、離して、唾液を塗り込むように舌を這わせ、また強く吸い付いて、私の体を味わっている。
「や、嫌……」
私は胸元を腕で隠しながら首を振った。
お風呂に浸かったとはいえまだボディソープで洗う前の脇を舐められている。
今日は公園で遊んで汗をかいた。
汗が残ってたらどうしよう、臭いと思われたらどうしよう、毛の処理が甘かったらどうしよう……なんて恥ずかしい心配事ばかり浮かんで顔から火が出そうだ。
「や、やめて。そんなとこ汚いから」
「ん、だから綺麗にしているんでしょう?……綾瀬さんに汚いところなんて一つもないんですけどね」
「ひゃあっ」
せめてもの抵抗で胸を隠していた手まで時谷くんの手でひとまとめにされ、バンザイの状態で固定された。
もう時谷くんの視線から私の体を逃がしてくれるものは何もない。
「綾瀬さん」
浴室内で時谷くんがごくりと喉を鳴らす音がやけに大きく響いた。