Keep a secret
□もしもばなし
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時谷薫 2021年 誕生日記念
ヒロインと付き合っている世界線です。
▽
四月一日、今日は嘘をついてもいい日だ。
「実はね、今まで秘密にしてたけど私と時谷くんは生き別れの兄妹なんだよ」
時谷くん希望のいわゆるお家デートは、何か特別なことをするわけではないけれど、楽しい時間が流れていた。時谷くんと一緒なら何をしていても幸せだし、人の目を気にせずくっつくことができるのも嬉しい。
昼下がり。時谷くんの手料理をお腹いっぱい食べ、時谷くんの膝の間に座り、幸せで満たされている私はせっかくのエイプリルフールだからと嘘をついてみることにした。
「きょーだい……ですか?」
私のお腹に腕を回してくっついていた時谷くんが顔を上げる。馬鹿なことを言い出したな……と内心思われているのだろうけれど、愛おしそうに細められた目に背中を押されて更に嘘を重ねていく。
「うん! 再会できて嬉しい……でも、私達血が繋がってるから愛し合ったらいけないんだよ……ごめんね。離れて!」
「……別にいいじゃないですか。血縁でも二人きりで暮らせば。その程度の理由で僕と別れられると思わないでくださいね?」
「ひゃ……っ」
時谷くんの冷たい手が私の首に触れる。首を隠している髪の毛が左右に掻き分けられて、素肌に唇が落ちてきた。
啄むようなキスを繰り返されて、恥ずかしさとくすぐったさに体をよじる。
「お、お兄ちゃん! 駄目だってば!」
「ふふっ。嫌です。しかも僕が兄なんですか? 兄弟なら僕は弟ですよ。だって、お姉ちゃん。実は僕、」
逃げようともがく手は簡単に制されて、耳元で囁かれた甘い声は時谷くんのスイッチが入ったことを告げていた。
一人っ子の私はお兄ちゃんの存在に憧れていたのだが、お姉ちゃんって呼ばれるのも悪い気はしない。弟もアリかも。なんて思っているうちに、私はベッドに連れ込まれていた。
▽
実は僕、今日が誕生日なんです――
昼間、生き別れの兄妹だと嘘をついた時の時谷くんの言葉がずっと引っ掛かってはいたのだ。しかし、その後の流れもあって深く考えることはできなかった。
家に帰って夕飯を食べ、ゆっくりしていたら、私と誕生日を過ごせて幸せだったとお礼のラインが来て、それは発覚した。
以前、誕生日を教えてくれと日向にまとわりつかれた時谷くんが答えた誕生日は別の日付だったのだ。二人の会話を盗み聞きしていた私はカレンダーに記して、その日が来るのを心待ちにしていたというのに。
あれこそエイプリルフールでも何でもない日についた本物の嘘だったのだ。
私にはとにかく時間が足りない。生地から零れそうなほどたくさんフルーツを乗せたタルトを箱に入れると、家を飛び出した。
確かに朝から夕方までくっついて過ごして幸せだったけれど、誕生日らしいことは何一つしてあげられていない。
せめてケーキだけでも一緒に食べたいと思って駆け込んだスーパーで、ありったけのフルーツと、タルト生地、冷凍のカスタードクリームを買い込み、即席のフルーツタルトを作り終えた頃には二十三時を回っていた。急がなきゃ日付が変わってしまう。
カーテンの隙間から時谷くんの部屋の明かりが外に漏れている。時谷くんはまだ起きているようだ。
それにしてもこんな時間に押しかけるとは非常識極まりないサプライズだ。けれど、時谷くんなら許してくれる。ケーキの箱を抱きしめて、すごく嬉しいと喜んでくれることを確信していたからインターホンを押した。
「……思い付きませんね。ケーキ美味しかったので、綾瀬さんからのプレゼントとして受け取っておきます」
誕生日プレゼントは何がいいかという質問に、数分間うーんとうなり続けて出された答えは拍子抜けするものだった。
「ケーキは別だよ! すっごく高い物は買えないけど、できる限り頑張るよ?」
時谷くんの誕生日をもっとちゃんとお祝いしたい。本当なら、欲しい物を事前にしっかりリサーチして完璧なプレゼントを用意し、気合いの入ったケーキを作ってサプライズパーティーをしようと思っていたんだから。
「綾瀬さん、」
なんだか焦りが生まれて俯く私の両頬が、大きな手のひらで包まれた。
そのまま顔を上げるように優しく誘導されて、時谷くんと目が合う。時谷くんは微笑みながらそっと首を振る。
「いいんです。本当に欲しいものはもうここにありますから。僕の……俺への誕生日プレゼントは綾瀬さんと過ごせる時間がいい。この気持ちは嘘じゃないですよ」
「……うん」
四月一日は特別な日。毎年手帳にエイプリルフールと書き込んできたが、今年からは「時谷くんの誕生日」に変更だ。
「時谷くん、誕生日おめでとう!」