Keep a secret

□もしもばなし
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時谷薫 高1のクリスマスの話





 庭の植木をイルミネーションで飾り付けよう。俺が思い立ったのは、24日の日中のことだった。
 落ち葉の掃除が面倒なこいつの存在を普段は鬱陶しく思っていたが、今日と明日の2日間だけは近所の何よりも目立つ主役になってもらいたい。そうでなければ意味がない。
 冷えた手を擦り合わせながら、ホームセンターで購入したばかりの電飾を幹に沿って巻き付けていく。

 きっと例年の俺のクリスマスへの無関心さを知っている人から見たら、どういう心境の変化だと驚くだろう。
 今年も俺がクリスマス自体に無関心であることは間違いない。一人暮らしの俺の家の中にクリスマスを連想させる物など一つも置いていないし、夕食でチキンやピザやケーキを食べる予定もなかった。ただ、去年の自分と今の俺では決定的に違うところがある。
 好きな人ができたのだ。庭木に電飾なんか飾り付けようと思うのも恋をしたから。恋にはそんな馬鹿らしい思い付きを行動に移させる力がある。去年までの俺には到底理解出来ない感情だろうけれど。

「はぁ……」

 漏れた白い息が溶けていく。一昨日の終業式の日に遠目から撮った綾瀬さんの写真。画面の中のぼやけた彼女は、クラスメートの女子に向けて笑顔で手を振っている。
 当然だが、終業式以来綾瀬さんの顔を見られていない。俺は目的地が反対方向でも出掛ける際は綾瀬さんの家の前をあえて通るようにしている。それでも偶然同じタイミングで綾瀬さんが外に出てくるなんて奇跡は簡単に起こるもんじゃない。
 綾瀬さんは今日のイブを、明日のクリスマスを、誰とどこでどう過ごすんだろうか。プレゼントを渡すとしたらどんな物を? プレゼントを貰ったらどんな反応を見せるんだろう。
 俺が絶対に手にすることが出来ない贈り物に、絶対に見ることは出来ない笑顔。この疑問が解決することはないとわかっているのに、何をしていてもずっと考えてしまう。

 クリスマスなんて好きでも嫌いでもない。俺にとって何でもない日だという認識は変わらないが、綾瀬さんにとっては特別な日なのだ。
 綾瀬さんの家の玄関には手作りと思しきリースが12月の頭から飾られているし、終業式の日に友達といつも以上にはしゃいでいたのは冬休みの始まりを喜んでいるだけではなくて、すぐそこに迫るクリスマスの話に花を咲かせていたからだろう。
 綾瀬さんが楽しみにしている特別な日に、幸せな時間の中に、俺はいない。それはとても寂しいことだけど、でも――


 俺はスマホをしまうと、赤くなった冷たい手に息を吐く。少しだけ温まった手で電飾を握りしめて、作業を再開する。
 駅前の立派なクリスマスツリーや、大通りの街路樹のイルミネーションに比べたら地味で、決して綺麗じゃないイルミネーション。

 でも――楽しいクリスマスパーティーの帰り道。俺の家の前を通りかかったら、「ライトアップしてる。ああ、同級生の家だ」と足を止めてもらえないだろうか。
 ほんの一瞬でいいんだ。夜は今よりもっと寒いから、早く家に帰って温まってほしい。瞬きする間でいいから、綾瀬さんの特別な日に俺も入れてほしい。そんな愚かな願いを込めて、電飾のスイッチを入れた。

「……メリークリスマス綾瀬さん。とびきり楽しい一日を過ごしてくださいね」

 今どうしているだろうかと想像しながら、浮かれた光を放つ幹をそっと撫でる。
 綾瀬さんの暗い夜道をお前が明るく照らしてくれよ。任せたからな。
 まさかクリスマスイブに庭の木に語りかけているなんて。去年までの俺にはとても信じられないことだろうなと考えたら、思わず笑みがこぼれた。

END
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