Keep a secret

□もしもばなし
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〜もしも時谷君が迷子と出会ったら〜


「うわああん!ママー!ママどこー!」

その悲痛な泣き声は、広いショッピングセンターの全階に響き渡っているんじゃないかと思うくらいに大きかった。床に座り込んで泣いている幼い男の子を前にして俺は硬直していた。
ちょうどトイレから出たところでこの場面に遭遇してしまい、避けて通ることも出来ずに今に至る。泣き声を聞いた誰かが駆けつけたら立ち去ろうと思ってるのにヒーローはなかなか現れてくれない。
こんなとき綾瀬さんなら迷わず話しかけてあげただろうな。俺が綾瀬さんを後ろからこっそり見守っていたときにも実際そうしている場面を見たことがある。

……綾瀬さん、どうかお願いです。僕に力を貸してください。

「お母さんとはぐれたの?」
「…………」

俺は綾瀬さんがしていたように子供の目線に合わせ、隣にしゃがんでから声をかけた。
掴みは上々か?男の子は鼻水を垂らしながら泣き止んだ。
黒目がちな瞳が観察するように俺をじっと見つめて、数秒。俺なりに精一杯微笑んで見せたら、男の子の瞳にはまた涙が溜まっていく。

「うわああん!」
「えっ!?ご、ごめんね。お、お兄さんがママを一緒に探してあげるよ」
「うぇーんっ!ママー!」
「きっとすぐに見付かるよ。大丈夫だから。ねっ?」
「ふぇぇぇんっ!ママー!ママぁー!!」

笑ったら泣かれるって結構傷付く。また泣き出した子供の前で意味もなく手を上げたり下げたり、オロオロしてしまう。
なんとか泣き止ませようと必死で話しかけてみても逆効果でしかないようで、子供は一層泣き声を大きくさせる。いよいよ手がつけられなくなって俺は途方にくれた。

こんなとき綾瀬さんだったら……だめだ。綾瀬さんならこんな風に泣かれたりしないからどう対応するのかわからない。
とにかく一般的に子供が喜ぶこと、子供の好きな物を考えて――

「の、喉渇いてるよね。ジュース飲む?」
「…………」

ジュースに釣られて泣き止んだ男の子の様子に勝機を感じて更に畳みかける。「アイスも買ってあげるよ」と続けると、男の子はこくんと小さく頷いた。

「君、何歳?お名前はなんていうの?」
「はやまさとし。四歳だよ」
「さとしくんか。ちゃんと言えて偉いね」

綾瀬さんが以前言っていたことを参考にして話せば、さとしくんは嬉しそうにチョコアイスにかじりついた。


「本当にありがとうございました。よかったらお茶でもどうですか?お礼をしたいわ」
「あ、いえ。お構いなく。僕はこれで……」

はぐれた場所だという一階の食料品売り場に行ってみると、さとしくんを探していたお母さんをすぐに見付けることができた。
お母さんのお腹に泣きながら抱きついてそのままのさとしくんの背中を眺めながら、お誘いを断って踵を返す。

すると、後ろから服の裾を引っ張られた。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

俺を追いかけてきたらしいさとしくんはとびっきりの笑顔でお礼を言うとまたお母さんの元に駆けていく。初めて見せてくれた笑顔に、なんだか心があたたかくなる。

綾瀬さん、僕はやり遂げましたよ。
もしもこのことを知ったら頑張ったねって誉めてくれるかな。俺は胸を張って歩き出した。


06.26 ネタ提供 心紅様
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