Lunatic Rabbit

□うさピエロ
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【うさピエロのスマイル】

 うさピエロのスマイルは町いちばんのにんきもの。
 この町のこどもたちをえがおにするのがスマイルのおしごとです。
 だからスマイルは、あめの日も、ゆきの日も、まいにち、ひろばのふんすいのまえでおおだまにのっておどけてみせるのです。

――――いたいよ。こわいよ。さびしいよ。たすけて!!

 いつものようにみんなをにこにこえがおにしていると、とおくのほうでないているこどもの声がきこえました。
 スマイルのうさ耳は、たすけをもとめるこどもたちの声がよくきこえるように、ながくてりっぱなのです。

「どうしてきみはないているの?」
「かなしくてないているんだよ!」
「なにがそんなにかなしいんだい?」
「うわああん! ぼくのお耳はもうすぐなくなっちゃうんだ!」

 わんわんないているこどものうさ耳は、3月になったらくさっておっこちてしまうやまいにかかっていました。
 町いちばんのおいしゃさんでもなおせないおそろしいやまいです。

「なかないで。ぼくがきたの森のいずみにいって水をくんでこよう。そうしたらきっときみの耳もよくなるさ!」

 きたの森には、ひとくちのめばどんなびょうきもなおるといわれているふしぎないずみがあります。
 ですが、いずみがあるのはおそろしいまほうつかいがすむというきたの森のおくふかく。かわをわたり、たにをこえて、いちねんじゅうとけないゆきがふりつもっている、けわしいみちのはてです。

「そんなことできっこない! こわいこわいまほうつかいに耳をちょん切られて、かえってこられないにきまってる!」
「こわいまほうつかいなんてへっちゃらだよ。ぼくはスマイル。きみがわらってくれるなら、どんなことだってできるのさ!」

 トレードマークのおおきなうさ耳であたまをなでてあげると、さっきまでおおきな声でないていたこどももなきやみました。
 この町のこどもたちをえがおにするのがスマイルのおしごと。だって、スマイルはこどもたちのえがおがだいすきなのですから。

「さあ、やくそくしてくれるかい? ぼくがかえってきたら、とびっきりのえがおをみせてくれるって!」
「うん! やくそくする!」




 フィンが表現力豊かに読み上げてくれたスマイルの絵本は、この国のうさぎ達に愛されているというのも頷ける素敵なお話だった。
 不思議な泉を目指して北の森に入ったスマイルが、道中に待ち受ける様々な困難を乗り越え、敵である魔法使いまでもを笑顔にし、無事に泉の水を持ち帰る。
 そうして子供の病が治るところまでを綴った、ハッピーエンドの物語だ。最後のページ、淡い色使いで描かれたとびっきりの笑顔の挿絵が胸を温かくしてくれる。

 でも、私がこの絵本で興味を惹かれたのは、スマイルの勇敢さではなかった。

 翌日の昼間。大の字で横になったフィンが寝息を立てていることを確認してから、服の中に隠していた本を取り出す。
 城を中心としたこの国の大まかな地図が表紙に描かれている本だ。随分と古い本のようで、表紙は大分色あせている。談話室の本棚にスマイルの絵本を返す際にくすねてきたものだった。
 スマイルの絵本はこの国を舞台にしている。不思議な泉なんて実在しないとフィンは笑っていた。けれど、絵本の舞台が、現在では霧で覆われている北の森の奥地であったことがどうしても気になる。

 私はクロを探しに、家を飛び出したのだ。クロを見つけ出し、この世界で友達になったレイチェルも連れて早く家に帰りたい。
 そのためにはもう一度北の森に行く必要があることはわかっている。この本は歴史書のようだから、北の森に関して何か役立つ情報が載っているかもしれないと思った。

 音を立てないよう慎重に表紙をめくった瞬間。フィンがうーん、と声を漏らしながら寝返りを打った。体が横向きになって、顔がこちらを向いている。
 なんてタイミングの悪い。素早く布団の中に本を隠すと、フィンは目を擦りながらむくりと起き上がった。

「んー……こそこそ何してんの」
「なんか眠れなくて」
「……ふーん。知ってる? 泥棒は重罪だよ? この国ではお耳ちょっきんの刑だ」
「っ!」

 チョキを作って耳を切る素振りをしてみせるフィンに言い逃れはできなさそうだ。大人しく従うのが懸命か。
 名残惜しかったけれど、隠している物を渡すようにと伸ばされた手に本を差し出した。


「北の森に行きたいだって?……なんでまたあんな辺鄙なところに?」
「そ、それは……い、家があるからだよ! フィン、私を家まで送ってくれるって約束してくれたでしょ?」
「そりゃ約束したけどさ……バカ言うよね。北の森に人間の家なんてあるわけないだろ」
「…………」

 我ながら無理がある嘘だと思う。実際に北の森に人間が住んでいるのかは私の知ったことではないけれど、王様のアンジェもその実態を把握していないからこそ、私を北の森の案内人として連れて行ったのだ。
 黙りこむ私を前にして、フィンはやれやれと言わんばかりの大袈裟なため息をついた。

「こないだ話したでしょ? 御触書が出てるんだ。北の森に入るには王様の許可がいる。それこそ城に出入りできるような身分の高い者からの申請じゃないとまともに取り合ってもらえないさ」
「城に出入りできるような……?」

 フィンの言葉に、まず使用人であるジュリオの顔が浮かんだ。
 ジュリオなら私に協力してくれるかもしれない。でも、使用人であるジュリオは城に住み込みで働いている。外から接触はできないし、何よりジュリオがアンジェに許可を取れるとは思えない。
 暴君だと言われているアンジェに意見を出すことができる存在なんて……

「ジルさん……!」

 しばらく考え込んで、頭に浮かんだうさぎの名前を叫ぶ。
 そうだ。以前に城の中で面会したジルさんは、頻繁に城に出入りしているようだった。
 人間愛護協会の理事長だというジルさんの嘆願書が通り、城に捕らわれていた私達人間の住環境も幾分かまともになったのだ。

「もしかしたらジルさんなら許可が下りるかも! 北の森の調査の名目で許可を取ってもらって、私もこっそり連れて行ってもらうのはどうかな?」

 人間の味方である彼ならきっと私の力になってくれるはずだし、適任に思えた。

「いや、その"ジルさん"ってのは誰なの?」
「人間愛護協会の理事長だよ。ねぇ、フィン。人間愛護協会のうさぎは普段どこで活動してるの?」
「……それならサウスタウンにある本部だと思うけど」
「隣の街だよね!」

 広い森を越える必要はなく、たどり着くのが難しい距離でもないだろう。何とかしてジルさんとコンタクトが取れれば……と微かな希望に縋りたい私とは対象的に、フィンが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「首都のサウスタウンに行くには検問がある。パスポートがないと入れないよ」
「パスポート?」
「そう。楽園へのパスポートさ。もちろん俺は持ってない。イーストタウンの連中はみんな、あっち側に行きたいから死に物狂いで働いてるんだ」
「え……こっそりサウスタウンに入るってわけには……?」

 絶対に無理。とバッサリ切り捨てられて私はうなだれるしかなかった。

「それと、人間愛護協会なんかに期待しない方がいいよ。あんなの金と暇を持て余した金持ち共の道楽だよ。下々の者にも優しくしましょうね〜って話のネタにしながらお茶会をしてるだけ。あんたら人間のためになることなんか本当は何一つやっちゃいないさ」
「そ、そんなこと……」

 少なくとも城でお話をしたジルさんはそんな悪い風には思えなかった。彼は人のための保護施設を作ったというし、信念を持って活動しているように見えた。
 ただ、否定しようにも私も人間愛護協会のことを深く知っているわけではない。

「この本は没収させてもらうから。俺がオーナーに借金を返し終わるまであんたもここにいるんだよ。逃げようだなんて良からぬ考えは持たないことだね」
「…………」

 手掛かりになったかもしれない本は取り上げられ、北の森へ入るために精一杯考えた方法も振り出しにもどってしまった。
 今もお城に残っているレイチェルを思えばのんびりしている場合じゃないのに。私は少し頭にきて、布団にもぐりこんだ。

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