Lunatic Rabbit

□snuff film
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 バニーボーイクラブ開演前、全員集合での食事の席は賑やかだった。
 私の初舞台から四日間連続で売上目標額を上回っているらしく、お祝いにとオーナーがお肉を買い付けてきたのだ。普段はあまりできない贅沢にみんなはしゃいでいた。
 私にとっては地獄でしかない時間だ。一人に一枚配られたお皿には切り分けられた生々しい赤色の肉が乗っている。その肉がなんなのか意識したくないが、人間の肉ってやわらけーおいしーなどと騒ぐ声が嫌でも耳に入ってくる。

 右隣に座るフィンに視線を向けると、ちょうど大きな口を開けて肉にかぶりつくところだった。慌てて目を逸らす。
 四六時中一緒に過ごしているけど、フィンは私に危害を加えない。公演中に勢いあまって噛み付かれることも、睡眠中に小指が消えることもなかった。
 だから気を許していたのに――

 フィンも人間を食べるんだ。食べることができるんだ。その事実を目の当たりにするのが嫌だった。
 考えていることが伝わったのか、フィンは口に入れた肉を素早く飲み込んだ。

「そんな顔されてもなぁ……人間だって肉食でしょ?森で鹿や鳥を捕まえて食べてたんじゃないの?」
「……私が捕まえて殺したことはない……けど、買ったお肉は調理して食べてた……」
「へぇ。やっぱり?俺もおんなじだよ。生きてる動物を俺の手で殺すのはちょっと抵抗あるけど、捌かれた状態の肉には何も思わない。この肉が生きて動いてる姿は想像できないもん」

 つまらなそうに頬杖をついたフィンが、フォークに刺した肉を顔の前で振ってみせる。確かにその通りかもしれないと思った。
 食事前にいただきますと手を合わせるのは糧になってくれた命に感謝する意があるのに。私はパック詰めされた動物のお肉に"命"を意識したことがあっただろうか。
 それに、食べた経験こそないが、うさぎのお肉だっていくらでも料理に使われているのだ。今私が抱いている嫌悪感は傲慢なものかもしれない。
 だけど、それでも。
 赤い、血の通っていた誰かの命をフィンが口に入れる瞬間を見ていられなくて俯いた。

「明日日曜だね。朝の礼拝どうする?公演が終わったら城まで行く?」
「冗談言うなよ。僕たちみたいな持たざる者が行ったら追い返されるんじゃないか」
「あははっ、そうだね。そんな暇あるなら寝てたいや」

 自然と耳に流れ込んでくる向かいの席の少年達の会話をBGMに、自分の前に並べられたお皿とひたすら睨めっこする。
 私に用意されたお皿には野菜のソテーしか乗っていない。この店の売上に私も貢献しているはずなのに待遇は良くならない。もちろん肉なんて御免だから構わないけれど。

「今年のイブも城で舞踏会が開かれるらしいじゃんか」
「きっとすごいご馳走を腹一杯食べられるんだろうなぁ。貴族様はいいよねぇ」
「死ぬ前に一度は参加してみたいよね」

「肉余ってるけど食べたい奴いるか?」
「食べたい!食べたい!」

 周りは久しぶりの人間の肉に舌鼓を打ちながら会話が弾んでいる。対して私はどうにも食欲が湧いてこない。
 お城の話を聞いてしまうと置いてきてしまったレイチェルの顔が頭に浮かぶ。
 レイチェルは無事でいるだろうか。北の森で帰る方法を見つけてくると勇んで出て行ったのに進展がない現状が酷くもどかしい。
 野菜すら食べられる気がしなかった。自分の皿をフィンの側にずらすと、フィンは遠慮なくそれに手を付けた。


「フィンくん、人間ちゃん、いいものありますよー」

 開演前、ラピスに呼び止められた。機嫌が良さそうなラピスが持っていたのはごつくてレトロなフィルムカメラだった。
 促されるままにフィンと共にカメラの画面を覗き込む。

 3、2、1――
 数字が順に出て、うさぎのピエロの着ぐるみが映る。画質の粗い白黒映像だが、子供達から大人気のあのスマイルで間違いなさそうだ。ただ、同じキャラクターが元でも私とフィンが着た着ぐるみとは作りが違う。
 次に、私と年齢が近そうなうさぎの耳を生やした女の子が画面に現れ、スマイルと手を繋いで踊り始める。
 音のない映像の中、笑顔の女の子が口をパクパクさせている。スマイルとお話をしているのか、それとも歌でも口ずさんでいるのか。いずれにせよ楽しそうな雰囲気だ。

 これは子供向けのビデオなんだろうか。単調な映像に少し飽きてきた頃……スマイルがぴょんぴょん跳ねながらこちらに手を振り、映像が大きく乱れる。

 しばらく砂嵐が続いて、映像が戻った時には画面の向こうの景色は様変わりしていた。
 先ほどまで笑顔だったうさぎの女の子は全裸の状態で手術台のような物に拘束されている。傍らに立つスマイルの手にはメスが握られていた。
 女の子が必死の形相で首を振る。しかし、着ぐるみのスマイルの表情は変わらない。子供たちから愛されている笑顔を張り付けたまま、女の子の剥き出しの肌にメスを当てた。

 ……そこからは言葉にできないショックな映像が続いた。
 これは子供向けのビデオなんかではなくて、うさぎの女の子を拷問し、殺害するまでの流れを映した残虐なビデオだったのだ。
 音声はないが、泣きながら助けを乞う女の子の声が聞こえる気がした。徐々に弱っていく彼女の姿を嘲笑い、手を叩いたり腹を抱える仕草をしてみせるスマイルは気が狂っているとしか言いようがない。

「……これって作り物の映像、だよね…?」

 映像の途中でフィンがラピスに止めさせようとしたり、もう行こうと肩を揺すってきたりしたが、私は最後まで見続けてしまった。
 だって、最後に元気な女の子が出てきてこの撮影風景の裏側が流れることを期待した。それを見て安心したかったのだ。

「もちろん本物ですよー。すっごい青い顔ー。人間ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかなー?」
「……うさぎの女の子にもこんな酷いことするんだ……」
「まっさかー、貴重なうさぎの女の子を殺すわけないじゃないですかー。作り物のうさ耳を被った人間のメスですよー。よりリアリティーを出すために言葉も教え込まれてたみたいですねー。映像なら人間特有の匂いもしないですしー、いわゆる擬似ポルノってやつですよー」
「そんな……」

 うさぎの代わりに人間が娯楽のような扱いで惨い殺され方をしたなんて。本物だという肯定はショックが大きかった。
 白黒で画質も悪く、何かと映像が乱れていたことだけがせめてもの救いだった。高画質で見ようものなら胃の内容物全てを吐き出していただろう。

「さすがに頭おかしいだろ。こんなものよく撮ろうと思うよね」
「えー、興味深いですよー。うさぎに比べて人間って脆いからすーぐ死んじゃうじゃないですかー。ここまで専門的な器具を揃えて簡単に死なせないよう解体していくってなかなか出来ることじゃないですからねー」

 ラピスは自身の藍色の垂れ耳をいじりながら言う。ぼんやりした眠たげな瞳が普段より生き生きとして見えて恐ろしかった。

「ハァ……ラピスさ、どこでこんな悪趣味なビデオ手に入れたわけ?」
「お客さん経由ですー。良いお客さんでー、臓物とかのおすそ分けしてくれることもあるんですよー」
「うわ。そんなやばい客と関わんのやめときな。絶対ろくなことにならないって。これ、先輩からのありがたいアドバイスね」
「出たー!フィンくんの先輩面。出戻りのくせに妙に先輩ぶるんだもんなー」
「はぁ?俺の方がトータルの歴長いし、実際先輩だろ」

 ラピスの言葉が引き金になって二人は小競り合いを始める。
 フィンはもう何事もなかったかのようにいつもの調子に戻っているけれど、私の頭にはさっきの映像がこびり付いている。すぐには平常心を取り戻せそうになかった。

「僕からすればフィンくんがやばい奴なんだよなー。それだけ人間と過ごしててよく食べずにいられますよねー。僕なら一晩も我慢できませんよー」
「うるさいな。お前が異常なんだよ」
「えー。僕は健全ですよー。健全だから人間のメスがだーい好きですー。フィンくんって人間の子宮食べたことないんでしょー?甘くってー、柔らかくってー、口に入れた瞬間にとろっとろに蕩けるんですよー。一度食べたらもう病みつきですからー…」

 ラピスが私の体を上から下まで舐め回すように見つめてくるからゾッとする。以前から危険な存在だと思ってはいたけれど再認識した。
 ラピスには注意が必要だ。
 あんな残忍なビデオを喜んで見ているだけでも異常だが、それを人間の私に見せた挙げ句、好んで食べるとは思えない部位を美味しいと語っているのだ。まともじゃないうさぎ達の中でも特にまともじゃないだろう。

 もう行こう、とフィンに背中を押されて歩き出す。
 新たな悩みの種を抱えてしまい、また体が重たくなったように感じた。

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