Lunatic Rabbit

□Halloween
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ジュリオ視点
※主人公は登場しません。本編最新話まで読了後の閲覧推奨。




 二日後に控えたハロウィンパーティーの準備に追われて城内の使用人は大忙しだ。
 ハロウィンの日はジャックオーランタンの灯りで城中が染まる。幻想的なその光景は毎年来賓からの評判が良いらしい。
 ただ、そのためには大量のカボチャが必要だ。もう何年も不作が続いているこの国では大きく立派に育ったカボチャは貴重だった。
 今年は特に数が足りないと聞いている。今は国中から形の良いカボチャを必死でかき集めている最中みたい。例年ならカボチャの処理をしている頃だからかなり遅れている。
 このままじゃ間に合わない。王様に耳をちょん切られる。と、飾り付け担当責任者を任された使用人は嘆いていた。

 おまけにアンジェ様が昨日急に「今年は趣向を変えてガーデンパーティーにしよう」なんて言い出したもんだから会場の設営は一からやり直しだ。
 今回のパーティーの成功はハロウィンらしい庭をいかに作り上げられるかにかかっている。そう、突然大役を任された庭師長はプレッシャーで寝込んでしまったし、どこもかしこも手が足りていない。
 ハロウィンに向けて準備が順調に進んでいるとは言えない状況だった。


 そんな慌ただしい同僚たちを横目に、僕はといえばいつもと変わらない役割をこなしていた。
 城内で飼われている人間たちのお世話をすること、それが僕の仕事。

「みんな、おはよう! 体調の悪い子はいないかな?」

 檻を一つ一つ順番に覗いていく。おはよう。いい天気だね。今日のご飯はね。僕が担当している人間たちにそうやって声を掛けるのが毎朝の日課だ。
 うさぎの言葉が通じないから返事はない。それでも人間たちの怯えた表情が少しだけ和らぐ様が見て取れるから、僕は毎日話し掛けるのだ。

 ハロウィンパーティーで出す料理に使う人間は僕が飼育担当している子たちに決まった。
 普段の仕事振りが認められたんだ。光栄なことのはずなのに僕は憂鬱だった。
 口から出るのはため息ばかり。明日の朝には屠殺担当に引き渡すことになっているから、どの子にするか今日のうちに選別しないといけない。
 サウスタウンからの来賓は舌が肥えているそうだ。特に品質のいい人間を。健康で、おいしそうな人間を出す必要がある。

 そのための見分け方を僕は知っていた。話し掛けたら表情を緩めてくれる子はストレスが少ないんだ。
 そういう子は肉が引き締まってて柔らかくって臭みがなくって脂がのってて……あぁ、きっと舌がとろけちゃうくらいおいしい。
 想像したら溢れそうになる唾液を飲み込んだ。

「えっと……あの子は……」

 決めた子たちに順番にタグをつけていき、あとは十歳未満の子供を一人選んだらおしまい。どの子にするかは前から目星をつけていた。

「あっ、どうしたの!? 血が出てる……!」

 探していた男の子は辛そうな顔で僕の顔を見上げた。肩から出血している。傷口を押さている手も真っ赤だ。
 転んだりどこかにぶつけたのか、同じ檻の人間にやられたのか、他の使用人にいじめられたのか……原因はわからない。
 幸い軽症のようだけど僕が目を離していた隙に痛い思いをさせてしまったことに胸が痛む。

「これじゃあ出せないね……」

 そう呟きながら僕は内心ほっとしていた。
 だって今お世話している子の中で僕の呼び掛けに一番反応を示してくれる子、一番おいしそうな子、それがこの男の子だったから。

「待っててね。医務室からこっそり薬をもらってきてあげる」
「うー!」

 僕の言葉に男の子が不思議な声を漏らしながら安心したように笑った。人間とは言葉が通じないけれど、意思疎通が全く出来ないわけじゃないんだと思う。
 お薬は貴重だから許可なしで人間に使うことは禁止されている。
 もちろん許可なんて下りたことがない。傷物になった人間は加工肉として使うか、まかない用に回す決まりだ。
 だから僕は周りの目を盗んでたまに医務室から薬を持ち出している。今の時間なら医務室には誰もいないだろう。
 同じ檻内で二番目においしそうな子供に手早くタグをつけて僕は立ち上がった。





 今年のハロウィンパーティーも問題なく終わった。
 いや、働きが悪いと耳をちょん切られた不運な同僚が何人もいたけれど。それくらいは普段からよくあることだから問題なく終わったと言っていいと思う。

 すっかりハロウィン色を失った後日、僕はアンジェ様に謁見する機会をもらった。
 何か失言があれば耳をちょん切られるし、何もなくてもエリオット様が睨みをきかせてくる。僕は玉座の前に跪き、床とにらめっこしながら「何事も起こりませんように」と神様に祈るしかない。

「ジュリオ、パーティーのメインディッシュの肉料理は評判がよかったよ。料理長の腕も確かだけど、君の飼育している人間はやはり他と違って特別に質がいいみたいだね」
「あ、あ、ありがとうございます」
「何か秘密でもあるの?」
「そ、それは……」

 返答に困って僕は黙り込む。毎日人間たちに話し掛けて、最後まで出来る限りのお世話をしているだけ。秘密なんてない。
 でも、以前同じことを問われた時の苦い記憶が残っている。
 「人間たちと楽しくお話をしています」と素直に答えたのだ。そしたら、おかしなことを言うなとアンジェ様のお怒りを買ってしまい、罰として三日間の断食を命じられたんだ。

「まあいいよ。ご褒美をあげようと思って呼んだんだ。何がいいか言ってごらん?」

 思いがけない言葉に顔を上げる。アンジェ様は珍しく機嫌がいいらしく宝石のような真紅の瞳が細められている。
 ピンと立ち上がった立派な白い耳に、深い赤色の瞳。王族の高貴な血統を示す色は僕みたいなイーストタウン出身の平民には眩し過ぎる。その輝きの一つでも僕にあれば、と思わずにはいられない。

「遠慮はいらないよ。あぁ、そうだ。城で飼育している人間の中から一人あげるっていうのはどう? 食べごたえのある大人にする? 柔らかい子供にする?」
「え……そんな……」

 ハロウィンが成功したといっても僕からしたらいつもと変わらない仕事をこなしただけだ。人間を丸ごともらえるなんて恐ろしく贅沢なことだった。
 でも、それほどまでにハロウィンパーティーでアンジェ様の糧となった子たちはおいしかったのだろう。
 一瞬躊躇ったけれど、僕はすぐに希望を伝えるため口を開く。


「ただいま! 怪我は……うん。これなら心配いらないよ」

 薬を盗んだ甲斐あって肩の怪我の経過は良好だ。
 男の子が"ゆー"とか"うー"とかなんだかよくわからない言葉を発しながらふにゃふにゃな笑顔を浮かべる。

 僕はご褒美にこの男の子をもらうことにした。
 僕がお世話している中で誰より反応を返してくれる子。そして誰より一番おいしそうな子。
 もうこの子を引き渡す心配がないのかと思うと嬉しかった。

「改めまして、僕はジュリオだよ。えーっと君の名前は……そうだ。君の名前はユーリだよ! よろしくね」

END
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