Lunatic Rabbit

□初舞台
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 深夜2時を回り、うさぎの少年達によるストリップショーが開演した。

 舞台の上では華やかな衣装に身を包んだ少年達が色気のあるダンスを披露して、客席では黒のレオタードを着たバニーボーイ達が愛想を振りまきながらお酒を配り歩いている。
 フィンと……私の出番は最後のため、私は何かと雑用を押し付けられて劇場内を駆けずり回っていた。
 熱気があって賑わっているように見えるが広い劇場内の客席は二、三割程度しか埋まっていない。昨日見かけたあの残酷な双子達の姿も今日はなかった。

「フィンくん!最後締めてね」
「ちっ……フィンくん頼みますよー」
「おっけー」

 劇場内が暗転し、息のあったポールダンスを披露していたラピスともう一人の少年が舞台袖に戻ってきた。裏方もこなす少年達が舞台のセットを素早く入れ替えている。

「花音、いい?言葉を喋れるって客に知られちゃいけない。しー…だよ?」

 フィンが人差し指を唇に当てて微笑んだ。無言で何度も頷き返す。衣装だからと先程嵌められた首輪と両腕の手枷が顔を動かすのに合わせて音を立てる。

「いいこ。俺に任せてればいいから」

 再び劇場内に光が戻った。中央の舞台には、白いクロスのかけられた大きなテーブルと椅子が一脚設置されていた。
 赤のコルセットに身を包んだフィンが堂々とした振る舞いでランウェイを歩いていく。私は首輪に繋がった鎖をフィンに引っ張られる形でそれに続いた。

 フィンの姿を見た観客達の盛り上がりがすごい。他の少年達のショーとは比べ物にならないくらいの歓声が上がっている。
 スポットライトに照らされながら中央に設置されたテーブルの前にたどり着く。その上にはナイフとフォークだけが並んでいた。

「っ!」

 背中に衝撃が走った。首輪を引っ張られ、テーブルの上に半ば放り投げられる形で押し倒されている。
 寝かされた人間の私は晩餐を見立てたこのテーブルのメインディッシュなのだろう。
 フィンが椅子の上で膝をつき、客席に向けて挑発するように腰を揺らす。扇情的なフィンの姿に湧いた一人の観客がステージに向かって札束を投げ込むと、他の観客達も競うように札をばら撒き始める。

 満足げに口元だけで笑ったフィンが私に視線を移す。その形の整った唇を大きく開けて顔を寄せてくる。
 あぁ、食べられる!と一瞬本気で思った。反射的に目を閉じたら尖った歯の当たる感触がした。肌に突き立てないよう加減されて首に噛み付かれている。

「ぁ……っ」

 柔らかい唇が私の首筋を優しく食み、そのまま熱い舌が肌を撫でる。首の太い血管をなぞるようにゆっくりと舌先が伝う。
 ガブリとやられたらひとたまりもない場所を舐められている。生きた心地がしないのにフィンの唇と舌が触れた場所が熱を持って、ムズムズするような不思議な感覚が走る。

「わ……おいし」
「きゃっ!」

 はぁ……と胸元に熱い息が吐かれた。そして私の肌を隠す薄手のブラウスはフィンの手によって左右に引き裂かれる。
 ブラウスの隙間からブラジャーと下着が覗く。スポットライトが降り注いでいる中、露出した私に大勢の視線が集まっている……その羞恥に耐えられるわけがなかった。

「や……や…っ」
「こら。逃げちゃだめ」

 テーブルクロスをぐしゃぐしゃにしながら後ずさりする私を追いかけ、フィンもテーブルの上に体を乗せた。
 私にしか聞こえない声でフィンが呟く。遠くの声まで拾う長い耳を持った観客達だけれど、自分達の歓声でかき消されてきっと聞こえてはいないだろう。
 この疑似捕食ショーの流れはフィンのその日の気分で決まる。いつも全てが即興だからと、何をどうすればいいのか聞かされていないが少なくとも大人しくしているべきだ。わかっているのに体が言うことを聞かない。

「逃げるな。ん…っ」
「ひゃ…っ」

 四つん這いになったフィンが私の足首を掴んでふくらはぎに噛み付いた。そのまま吸い付いては赤い舌をチロチロと覗かせながら舐め、また少し位置をずらして噛み付いて、太ももに向かって唇は上がってくる。
 やがてその舌が太ももの際どいところ、下着の縁まで迫る。
 舌から逃げようと再び一歩後ずさると首輪の鎖を引っ張られた。ずっしりと重たい首輪と手枷が肌に擦れて痛みが走る。

 拘束されて体の自由がきかないというのはもどかしくて辛いことだ。
 アンジェのバスルームで出会った垂れ耳のうさぎ、ノアの姿が脳裏を過ぎる。全身にたくさんの枷をつけられていたあの男の子は耳の怪我を無事治療してもらえたのだろうか。

「やぁ……」
「…………」

 首を引っ張られるままに半身を起こしてフィンを見やれば、フィンの頬は赤く染まっていた。猫のように腰をしならせながら欲望の滲んだ目で私を見据えている。

「はぁっ……どうしよ……食べたい……」

 フィンが悩ましげな声を漏らし、ブラジャーから覗く胸の膨らみに吸い付いた。胸元で顔を動かす度にピンク色の柔らかな毛をしたうさぎの耳が首筋をくすぐってくる。
 恐ろしいことを言われているのにブラをずらされ胸の突起を口に含まれると、頭がふわふわして何も考えられなくなった。

 ――それからのことはあまり覚えていない。ただ、下着をずらしながら体中あますことなく噛み付かれ、舌が這いずり回る感覚と、興奮した観客達の声を意識のずっと遠くの方で感じていたような気がする。



「さて、注目!なんと本日の公演は一日の売上目標額を大幅に上回った!不景気続きの近年、実に快挙だ。特別客足が良かったわけではないが、投げ銭の影響が大きい。これもひとえにフィンのショーが盛り上がったおかげだ。みんなフィンに盛大な拍手を!」
「おぉっ!」
「やったねー!」

 ショーの閉幕後――バニーボーイクラブ唯一の大人であり、オーナーでもあるうさぎの呼びかけに場は歓喜の渦に包まれる。
 とんでもなく恥ずかしかったけれど、どうやらその甲斐あってフィンの借金を返すという一先ずの目標には近付けたようだ。
 ショーの盛り上がりによって支払われる額が決まると言っていたから今夜のフィンの配当は期待できるだろう。
 しかし、喝采を浴びている当人のフィンはショーが終わってからずっと俯いたままだ。誰に声を掛けられても反応が薄いことが気がかりだった。

「まさか本物の人間を使うことがこんなにも集金に繋がるなんて思いませんでしたね」
「そうだよな!昨日食わなくてよかったな」
「客共マスターベーションしてやがりましたからねー。イカくせーったらないですよー」
「うぅ……フィンくんばっかりずるいよぉっ!ネオンも人間ちゃんとショー出たい!ねぇっ、明日はネオンと一緒にどーお?」
「えっ?や、えっと……」

 ストリッパーのうさぎの少年達が口々に話す中、ネオンが私の顔を覗き込んでくる。無邪気に瞳を輝かせているが、この男の子はやばいらしいというのは昨日の会話の流れで感じ取っていた。
 私は無意識にフィンの背中に隠れようとした――

「だめ…!今は俺に近寄んないで」
「っ、フィン…?」

 のだけど、乱暴に体を引き剥がされる。フィンは顔を背けながら「食べられたいの?」そうぽつりと呟いた。
 ふわふわしたおかしな気持ちになっていたのは私だけではなくてフィンも同じ?……いや、フィンのその興奮は大好物を前にした時に気持ちが高まるのと同じなのだろう。
 わかっていても体中を男の人の手と舌が這う、あの初めて味わった感覚を思い出して何故だか顔は火照ってしまう。

「フィン、人間。明日も期待しているからな!よろしく頼むぞ!」
「ハァー……頭おかしくなりそ……」

 オーナーからの期待を受け、フィンが重たいため息をつく。

 あぁ、私は借金返済までの間生き延びていられるかな。今日みたいなことを何度繰り返したらいいのかと考えたら気が遠くなる。
 明日からも続く苦難を思って私も内心ため息をついた。

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