Lunatic Rabbit

□御触書
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「なるほど。それで城の家畜印を押されてるあんたがこの街にいたってわけか。あのおっかない王の番犬から逃げ切るなんてやるなぁ」

 フィンの部屋に戻り、聞かれるままにこれまでの経緯を話した。
といってもこの世界に来てから起こった一部の出来事をぼかしながら話したに過ぎない。フィンのことを信頼していいのかまだわからない以上、私が別の世界から来た人間でこの世界から脱出しようと考えていることは黙っておいた方がいい。そもそも打ち明けたところでこんな荒唐無稽な話信じないだろうけど。

「エリオットのことを知ってるの?」
「そりゃね。エリオットのことを知らない奴なんていないよ。城から出てこない王様の代わりに国事を執り仕切って王の意志を国民に告げる布告役なんだから」
「確かにアンジェの次に偉い存在っぽかった……」
「アン…?」

そんな相手を怒らせ、恨みを買ってしまい殺されかけただなんてこの世界に来てからつくづく運が無い。私の分の布団や日用品をクローゼットから引っ張り出していたフィンは、私の何気ない返しに目を丸くした。

「あははっ、王の名前を呼び捨てとは肝が据わってんね。まあ、城から脱走したってことがバレないように精々気を付けて。王の家畜だと知られればすぐに城へ連れ戻されるよ。みんな自分の命が惜しいんだ」
「……うん。ありがとう」

それならば私が城から逃げ出した人間だと知っているにも関わらずここに匿おうとしているフィンは?命が惜しくないの?
頭に浮かんだ疑問を言葉にはせずに渡された包帯を受け取った。すっかり痛みが治まっている右手の甲の傷に包帯を巻いていく。お前は逃げられないと今も訴え続けているかのような忌々しい焼き印に封をした。

「オーナーが言ってた話のことだけどさ、私がストリップショーに出るっていうのは……その……」
「んあー?」

私は言葉を詰まらせる。ストリップショーに出るだなんて勝手に決められても困る。お断りしたいけど、そんな立場にないことも自覚していた。だから大きなあくびをしているフィンを前にして視線は泳ぎ、手を握ったり開いたり、はっきりした言葉が出てこない。

「あーもう限界。話なら起きてからにしてー…」

フィンはまた一つあくびをして、洋服が散乱するベッドの上に大の字で倒れ込んだ。そして驚くほどすぐに寝息を立て始める。
ベッド近くの床には私用の布団が雑に敷かれている。今は恐らく陽が昇り始めたくらいの時間帯だ。布団を見ていると体に溜まっていた疲労を思い出して強い睡魔に襲われる。
一切窓がないこの建物の出口は関係者用の裏口と、劇場の利用客用の出入り口の二つしかない。みんなが寝静まっている朝から夕方にかけては両方の出口にうさぎの警備員が立つというから簡単には逃げ出せないだろう。
これからどうなるかわからない。変わらず不安だらけだけど、今は眠気に抗わずに温かな布団に潜り込んだ。


 つい先ほど昇った気がしていた太陽が沈む頃、フィンに起こされた。
何やら部屋の外が騒がしい。フィンと共に部屋を出てみると、廊下に設けられた掲示板にストリッパーの少年達が群がっていた。
私もその後ろで背伸びをして覗き込む。少年達が動く度に揺れる長いうさぎの耳と耳の隙間からやっと貼り紙が視界に入った。

「ああ、御触書だね。たまに城から国中にばらまかれるんだよ。首都のサウスタウンが優先されるからここみたいにイーストタウンの外れに届くのは大体一日遅れだけど。これも昨日の日付になってるし。えーと、なになに……
『本日12月8日をもって、第2級立入禁止区域に指定していた北の森を第1級立入禁止区域に改める。これにより王の許可なく北の森に立ち入ることの一切を禁ず。この命を破った者は死罪とする。』だってさ」

王の紋章入りのその貼り紙は本来昨日届くはずだったものらしい。食い入るように何度も見返している私の姿を字が読めないと勘違いしたのか、フィンが声に出して読み上げてくれる。

「一級の禁止区域に格上げかぁ……北の森に住んでる家無し達は今まで禁止令に抗い続けてたけど、結界まで張られちゃどうしようもないね……」
「王様の気まぐれで住み処まで奪われて気の毒にな」
「本当だよ。僕達みたいな下々の者をどれだけ苦しめれば気が済むんだか」
「そのへんにしておいた方がいいですよ。反逆罪であの暴君に耳をちょん切られます」
「ははっ、耳切りなんか怖かないね」
「違いない、違いない」

独り言のように漏らしたフィンの言葉に周囲の少年達が口々に賛同する。みんな少なからず国王であるアンジェに不満を持っていることが窺える。
北の森でエリオットに銃を向けたうさぎの顔が頭に浮かんだ。家族を返してくれと訴えていたあのうさぎはどうなったのだろう。

「ねぇ、フィン。結界って何?」
「ん?結界っていうのは」

「人間ちゃんおはよぉ!寝起きもとびっきりかわいーねっ!」
「フィンくん、おはようございますー。寝起きもとびきり間抜け面ですねー」
「ラピスお前はいつ見ても憎たらしい顔してるよ」
「ふ、二人ともおはよう……」

疑問を口に出したタイミングで背後から声をかけられた。幼さの残るオレンジ色の髪の少年と、眠たげな目をした藍色の髪の少年が顔を揃えていた。

「人間ちゃん人間ちゃん!早速今夜に劇場デビューするんでしょ?」
「え…?あ……」
「初舞台楽しみにしてますねー。フィンくんにパクッて食べられないようにねー」
「ふん。お前らじゃあるまいし」

 私に課せられた役割を二人の会話で思い出して、目眩がしてくる。フィンが自室で私を飼いたいとオーナーに直談判し、それを許してもらうために提案したのがストリップショーに出演することだというのだ。
しかし私は人間を演じていたラピスとは違う。勢いあまって本当に食べられる可能性に気付かされて不安が高まるのを感じた。


「んー…白より赤の方が似合うかな?でも今夜は俺が赤を着ちゃったしなぁ……」

 先ほどからフィンは私の体に代わるがわる衣装を当てながら、ああでもないこうでもないと呟いている。ほどなく開演するというショーの準備だった。
しばらく悩み続けた結果決まった膝上までの白いロングブラウスに袖を通す。更にブロンドの緩やかな巻き髪のウィッグを被せられた。そのままフィンはお化粧道具を広げると慣れた手付きで私の顔に化粧を施し始める。
頬に出来た擦り傷を真剣な表情で隠そうとしているフィンを黙って見つめながら、言いたいことをなかなか言い出せずにいた。

「何だようるさいなぁ」
「な、何にも言ってないじゃない」
「文句たらたらの目してんだもん。ほら。次はアイシャドウ塗るから目を閉じて」
「…………」
「痛かったら言ってね。力加減むずくてさ」

確かに言いたいことはあるのだがそんなに顔に出ていたのかな。素直に目を閉じると、まぶたの上を指がなぞる感触がする。労るような優しい触れ方だった。

「わかってるよ。あんたが言いたいこと。俺はさ、自由の身じゃないんだよね。オーナーに借りがあるからこの仕事やめらんないしどこにも行けないんだ。ここを出て自由になりたいって思うなら、あんたもショーに出て俺の借金返済を手伝ってよ」

きっと至近距離で話しているのだろう。吐息があたって少しくすぐったい。思えば人に化粧をしてもらうなんて初めての経験だ。気恥ずかしさで顔を揺するとフィンは"動かないで"と私をたしなめた。

「借金の返済が終わったらあんたの行きたい場所……目的地まで安全に送り届けてあげる。どこでもいいよ。約束したしね。もちろんここに滞在してる間の身の安全も保証する。不景気で減った客さえ増えれば返済なんてあっという間さ。あんたにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「わかったよ……」

外には危険がいっぱいなことは身を持って知っている。イーストタウンを少し歩いただけで人間だと勘付かれて追いかけられた。行きたい場所まで本当に安全に送ってもらえるというのなら魅力的に思える。
もちろんフィンのことを全面的に信頼するわけじゃないけど、今この場面で拒否するメリットもなかった。

私の行きたい場所……それは当然元の世界だが、そのためにも北の森にもう一度行く必要を感じる。エリオットに殺されかけたせいで何も調べられなかったが、今のところあの森だけが唯一の手掛かりなのだから。

「ところでさっきの御触書の話なんだけど……結界って何?ちょっと気になっちゃって」
「あぁ、人間は知らないんだね。俺も直接見たことがあるわけじゃないけど……王族は異能を持ってるんだよ。"第一級禁止区域"ってやつはその異能を使って結界が張られんの。結界内に王の許可なく一歩でも侵入したら一瞬で位置がバレる。そしてこの世からさようならだよ。おぉ、怖い、怖い」

フィンが私の疑問への説明を終えると両手を広げておどけて見せる。
異能…?普通ならとても信じられない話だけれど、この国において私の常識は通用しない。結界の存在を考慮すれば無策で北の森に向かうわけにはいかなそうだ。
でも何故このタイミングで変更になったんだろう。私がまだ死んでないことにアンジェは気付いているんだろうか……。

フィンは最後の仕上げとして私の唇に艶のある赤いリップを引いた。渡された手鏡を覗くと普段と随分印象が違うような大人びた私が映っていた。

「うん。いい感じ。この唇とか美味しそう」
「えっ…?」
「あははっ、冗談だよ。赤ずきんちゃ……じゃないね。花音、行こうか」

私の唇をそっと撫でる指先に一瞬驚いてしまった。悪戯っぽく笑うフィンも化粧のせいか大人びて見えた。
この世界から帰れるのか、この劇場から抜け出せるのか、先行き不安だがとりあえずは目の前の問題をどうにかしなければ。私は憂鬱な気分でフィンと共に部屋を出た。

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