Lunatic Rabbit

□bunny boy club
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※この話には軽いBL表現がございます。ご注意ください。



 バニーガールの衣装に身を包んだ少年達が、長いうさ耳を揺らしながら私の前を忙しなく行き来する。誰も彼も少女のような顔立ちなのに、レオタードの下腹部に男性特有の膨らみがあって目のやり場に困る。
フィンからろくな説明もないまま彼等と同じ衣装に着替えさせられた私は、邪魔にならないように通路の壁際に立って俯いていた。

「そんなとこでぼさっとしてないで高い酒を客に売りつけてきてくださーい」
「でも、耳が……」
「スケベな客どもはステージに夢中だから人間ちゃんのことなんか気にしませんよー。これ持ってーとっとと行きますよー」
「あっ、待って!」

人間だと気付かれないようにきつい香りの香水をつけたものの、肝心のうさぎの耳が生えていないことは大丈夫なのだろうか。
突然渡された、グラスがたくさん乗っている銀色のトレイを水平に保ち、中身を溢さないよう注意しながらラピスの後に付いていく。
二階バルコニーでオーケストラが演奏中の音色と、客の歓声がどんどん大きくなり、従業員通路を抜けた。


 なんだか妙に甘い香りが充満している薄暗い劇場内では、T字型のステージの両サイドでポールダンスを披露しているバニーコスチュームの男の子二人と、ステージ中央で天井から吊り下がった二枚の布に体を巻き付けて踊るランジェリー姿の男の子がスポットライトを浴びていた。

フィンの部屋に入る時に使った勝手口のような入口は、バニーボーイクラブというこのストリップ劇場の裏口であり、フィンはここでストリッパーとして働いているそうだ。
バニーボーイクラブは名前の通り、少年ストリッパーしかいない。みんな競うように派手な髪色をしているのは、スポットライトで照らされた時の見映えがいいからかもしれない。

「ねぇ、ラピス…くん。フィンの出番ってもう終わっちゃった?」
「フィンくんはここの一番人気だから大トリですよー。ムカつくけどやっぱフィンくんがステージに立つと客入り良いんでー」
「そう…なんだ」

容姿の優れた男の子達が集まっている中でもフィンは特にずば抜けているように思うから、人気があるのも納得だった。
劇場の定員は大体百名くらいだろうか。客席はお酒を楽しみながら鑑賞出来るようにテーブル席になっているけど、二割程度しか埋まっていない。客も男性しかいないんだな。

「そういえば劇場内に充満してる香りのおかげで、私の香水の香りも悪目立ちしないね」
「この香りは興奮を煽って発情期に近付ける効果があるんですよー。僕達は毎日嗅いでるから慣れっこだけど、客にはいー気分になっていっぱいお金を落としてってもらわないとー」

ラピスは少しの雑談の後、出番だからと捌けていった。フィンがいない中でラピスと問題なく話せたなんて奇跡みたいだ。
もっとも、私が今日出した売上の何割かをラピスがもらえることになっているそうだから、何故襲われないのか理由は明白だったけれど。


「一杯いかがでしょうか?」
「あー…いただくよ」

トレイの上のお酒は九杯。見せつけるようにテーブルの上に札束を数束置いている客に声を掛けてみれば、客は本当にステージに夢中で私のことなんて気にしていない。
ファッションショーのランウェイのように客席に突き出たステージの上で、大蛇を体に巻き付けたオレンジ色の髪の男の子が腰を揺らし、近くの客が次々と男の子の紐パンツの隙間にお金を挟んでいるところだった。
この客も、あの男の子が近付いてくるのをそわそわしながら待っているのだろう。

「もしよろしければこちらのカクテルも……」
「あー…あるだけ置いておいて。お金はそこの束から一つ持っていってね。お釣りはチップにしていいから」
「あっ、は、はい」

幸運にもお酒を全て売り切ることが出来て、私は客席を離れた。
劇場の一番後ろで、さっき受け取った帯つきの札束に視線を落とす。
私の世界にはない単位の紙幣が百枚。私が売っていたお酒一杯の値段はこの紙幣十枚分だとラピスから説明された。
九杯売ったからお釣りは紙幣十枚分だけど、ラピスに全額渡すことになるのだろう。

でも、この国のお金を持っていて損はない。きっと役に立つはずだ。あの客だってお釣りをチップにしていいと言っていたじゃないか……。
私は何かものすごくいけないことをしているような、そんな後ろめたさを感じながら紙幣十枚をレオタードの胸元に仕舞った。


 早くなった鼓動を静めていると、劇場内が一度真っ暗になって、再び花道にスポットライトが当たった。
暗転の間に花道に置かれていた巨大な鳥籠の中に、シャツを一枚羽織ったラピスが座っている。その藍色の頭にすぐに違和感を覚えた。

さっきまで確かに生えていたはずのうさぎの耳が、頭の上から綺麗に消えている。まさかこの短時間で耳を切り落とされて…?
恐ろしいイメージが頭に浮かんで、体がぶるりと震えた。ラピスに気を取られていると、それを打ち消すように一際大きな歓声が上がった。
ゴージャスな毛皮のコートを纏って登場したフィンは圧倒的な存在感を放っている。細い腰をしなやかに揺らし、籠の中のラピスに恋焦がれるような演技に私は引き込まれていった。

ピアノで静かに始まった曲が盛り上がるにつれて、官能的なダンスも激しさを増す。フィンは籠から解き放たれたラピスのシャツを引き裂いて、自身もコートを脱ぎ捨てた。
申し訳程度の下着を身に着けているだけになった二人の姿に、観客が今日一番沸く。
スポットライトの下で体を絡め合い、うさぎの耳がないラピスの全身にフィンが噛みついて、それは倒錯的で耽美な疑似捕食ショーだった。


「ラララ。可哀想に可哀想に」
「ラララ。悲しいね悲しいね」

「……!」

騒がしい劇場内で聞こえてきた鼻歌混じりのその声を、私の耳は忘れていない。目の前のテーブル席に座っている二人組は、屠殺業をやっているというあの双子じゃないか……。
彼等の存在を認識した途端に、胃の中のものが逆流する。私は口を押さえてどうにか堪えながら、背後の壁にもたれかかった。

「ラララ。北の森で拾われた可愛いあの子」
「ラララ。汚いうさぎに食べられちゃった」
「ラララ。ジルさんは悲しんでる」
「ラララ。とてもとても悲しんでる」

"北の森で拾われた可愛いあの子"って私のこと…?"ジルさん"は私の知ってるあのジルさんのことだろうか?

「だけど、よかった!」
「「エリオット様が敵討ちしてくれた!!」」

そうか。エリオットにとって私は死んだことにした方が都合が良いから、浮浪者に食べられたって嘘の報告をしたんだ。
でも、これって私にとっても都合が良い嘘かもしれない。行方不明扱いで捜索されているより、遥かに行動しやすくなる。
私はこんなところでバニーガールなんてしている場合ではない。この世界から脱出する方法を見付けて、レイチェルを助けに行くんだ。

そして、この国に来てから忘れかけていた一番大切なことを北の森で思い出したはずだ。
クロを探して、一緒に家に帰る。私はその為に家を飛び出したのだから。

「あの子をつまみに出来ないのが残念だけど」
「あの子のおかげで手に入ったお金も尽きるから」
「「死んじゃった何とかちゃんに乾杯!!」」

私は悪魔の双子に気付かれないように注意を払いながら従業員通路に向かった。




「俺の衣装の内側に画鋲を仕込んでくれてどうもありがとう。それと、あの肘打ち、もろ腹に入ったんだけど何か俺に言うことない?」
「何のことですかー?フィンくんこそ僕の手思いっきり踏みましたよねー?」
「あ、踏んじゃってた?まっ、事故だから仕方ないよね」
「えー?かかとでグリグリやってくれたのにわざとじゃなかったんですかー。とんだド下手くそ野郎ですねー」
「へー?そのド下手くそ野郎の人気に勝てない万年脇役はどこのどいつだっけ?」
「あーやだやだー。人気も実力のうちとか思ってるド下手くそな先輩にはなりたくないなー」

大トリであるフィンとラピスのステージが終わり、ショーは閉幕した。他のうさぎ達も勢揃いしている中、チクチク言い合っているフィンとラピスに呆れて物も言えない。
息が合ったパフォーマンスに見えたのに、水面下ではこんなにも醜い争いを繰り広げていたのか。ラピスのうさ耳は元に戻っているし、なんだか狐につままれたような気分だ。

ついには取っ組み合いの喧嘩を始めたフィンとラピスを止めようとする者はいない。仕事も終わり、先ほどまでの忙しさがなくなったうさぎ達の関心は完全に私に向いていた。
お腹をさすりながら涎を垂らしていたり、嫌悪感を露にした表情をしていたり、笑顔で手を振ってきたり、隣同士でひそひそ話をしていたり、反応は様々なようだけど。


「はい、注目!本日の公演も売上目標額を超えることは叶わなかった。そこで新たな試みとして、持ち回りで担当していた人間役に本物の人間を使うことにした。提案者のフィンは、人間が所構わずクソをしないように責任持ってトイレの躾をしろよ」

劇場のオーナーだという男性の話に、場は騒然となった。当人である私も驚いている。フィンは確かに提案があるとは言っていたけど、それがストリップショーに出ることだなんて話は初耳だ。
焦ってフィンに視線を向けると、フィンは何を勘違いしたのか「トイレ教える必要があるの?」と困ったような顔で聞いてきた。

「お話は終わり?じゃあ、はいはーい!自己紹介一番乗りぃ!ネオンだよぉ!この子はネオンの友達の蛇ちゃん。よろしくねぇ?」
「あ……花音です。よ、よろしく」

オレンジ色の髪と耳が目立つ12、3歳くらいの可愛い子がぴょんぴょん飛び跳ねる。
ステージでも見た男の子だ。赤ん坊なら丸呑みにされてしまいそうなほど大きい蛇が、細い体に巻き付いている。

「なぁなぁ、ステージに立たせるより食った方がよくない?ていうか食いたい!食わせろ!」
「はぁ?何言ってんの?花音は俺の私物なんだから誰にも食わせないよ」
「オーナー、それより見世物小屋に売り飛ばすのはどうですか?きっと良い値がつきますよ」
「食べるとか売り飛ばすとかみんな酷いよねぇ。ネオンの部屋においで。仲良くしよっ?」
「変態だー。獣姦趣味の変態が出たぞー。人間ちゃん、僕のお腹の中に逃げてー」
「もぉぉっ、ラピスの馬鹿ぁ!ネオンはきもちーことしてあげるだけだもん」
「昨日も加減間違えて牛を殺してたけどな」
「あ、あれは牛ちゃんが可愛すぎたのがいけないの!はぁぁ……人間ちゃんも可愛いよぉ」

「ネ、ネオンくん……」
「まあ、何はともあれバニーボーイクラブへようこそ。歓迎するよ――」

オーナーが私の肩にポンと手を置き、耳元で最後に"非常食"と付け加えた。
非常食、か……フィンに私を食べる気がなくても、ここは危険だらけだ。
でも、するべきことを思い出した私はもう前を向いている。胸元で手を握りしめ、隠したお金の感触を確かめながら、どうやってここから逃げ出そうかと考えを巡らせていた。

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