Lunatic Rabbit

□人間愛護協会
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地下牢に鳴り響くけたたましいベルの音が、起床の合図だった。私は寝心地の悪い藁の布団からゆっくりと体を起こした。

「レイチェル、おはよ……」
「……ん、おはよう」

私達は届けられた味気ない朝食を食べ始める。
固いパンと冷たいスープ、しなびた野菜のサラダ。使われている野菜が違うことを除けば三食同じメニューだ。
肉が一切使われてないことにはホッとしている。しばらくはどの動物の肉も喉を通りそうにない。

この城での生活も今日で5日目になる。
基本は6時起床。7時朝食、13時昼食、19時夕食。そして21時に就寝。午前中は運動の時間として、城壁内の更に柵に囲まれた芝生の上で過ごす。
後は3日に1度のお風呂の時間以外は、狭い牢屋の中。ジュリオが何かと気にかけてくれているとは言え、無為に過ぎていく時間は私を段々無気力にさせる。


「わーんっ大変大変!ユーリを起こさなきゃ!」
「どうしたの…?」
「とにかく大変なんだよぉ!」

食事の最中に、慌てた様子のジュリオが現れた。
私達の牢屋の鍵を開けて中に入ると、まだ気持ち良さそうに眠っている三人目のルームメイトの肩を揺らす。

「んぅ……」

うっすら目を開けたユーリが、藁からのそのそと這い出て私の背中に抱き着いてくる。
4日前にジュリオから、僕のもう一人のお友達だよ、と紹介されたのがユーリで、まだ10歳にも満たない人間の男の子だ。
元々は城で家畜として飼われていた人間が産んだ子で、仕事の褒美としてジュリオが数年前に譲り受けたそうだ。
使用人寮は大型ペット不可だから隠して匿うのが大変らしく、ここで一緒に暮らすことになった。
ジュリオはユーリをペット扱いされることに納得していないようだけど。

「おはようユーリ」
「お…は…よー」

少しぎこちないものの、ジュリオから教わっているからユーリも言葉を喋ることが出来る。
ユーリはへにゃりとした笑顔を浮かべながら私の背中に頬を擦り寄せた。ユーリから結構好かれているみたいだ。

「とりあえず僕の部屋に行こ!」
「んー…」
「早く早く!今日は人間愛護協会の代表が来るの。無関係なユーリを住ませてるってバレたらまたうるさく言われちゃう。花音も早くご飯食べてね。後で迎えに来るから!」

ジュリオはユーリの腕を強引に引っ張って行ってしまった。
後で迎えにって何の用事だろう。
それに、人間愛護協会…?
私の疑問に答えるように「胡散臭そうな連中ね」とレイチェルが呟いた。




「じゃあお話が終わる頃に来るよ!またねっ」

ジュリオは応接室の前で、逃げるように踵を返した。
今から人間愛護協会の方と面会か。私は少し緊張しながら扉を開けた。
使用人が客人に対応する為の応接室は、きらびやかな玉座の間とは違い、落ち着いた雰囲気の高級そうな家具が並んでいる。
ソファーに腰掛けていた男性はシルクハットを手に持ち、すぐに立ち上がった。

「こんにちは。私は人間愛護協会理事長のジルと申します。イーストタウンの屠殺業の双子からあなたの話を聞いて、伺いました」
「花音です。どうも……」

悪魔のような双子と凄惨な光景を思い出すと、今でも顔が強張る。
求められた握手には応じずに、背の高いジルさんを見上げた。王とも見劣りしない長いうさぎの耳は、黒と灰色で片方ずつ色が違う。
握手を拒否したのに、ジルさんは優しげに目を細め、私にソファーに座るよう勧めた。


「花音さんは人間愛護協会がどのような団体かご存知でしょうか?」
「人間の、し…いく環境の改善を訴えている団体…とかですか」
「そうですね。今現在はそういった活動が主になっているのも事実です。ですが本当に目指しているのは、うさぎと人間が対等で手を取り合える社会の実現……それが全協会員の夢なのです」

ジルさんは真剣な眼差しで語った後、もう一度握手を求めて私の前に手を差し出した。
大きな手だ。きっとジュリオより力が強い。
もしもうさぎと人間が手を取り合える社会が実現したら、人間はうさぎの家畜でなくなる。
そうしたらレイチェルも、生まれ育った世界から脱出したいなんて、悲しいことを思う理由もなくなるのだろうか。

「人間愛護協会の連中は頭がイカれてると言って嘲笑う者もいます。
でも、うさぎと人間はよく似てる。私から見れば、自分達と似た存在の命を奪って平気でいられる方が、余程気が狂っていると思うのです」
「っ!私もそう思います!」

机を叩き、勢いよく席を立った。
この世界のうさぎと人間の間には、うさ耳以外の外見の差はない。言葉の壁だってきっと、レイチェルとユーリのように乗り越えられるはずだ。
私はこの世界に来て3度目の握手をジルさんと交わした。


「……わかりました。毎日の入浴。布団と替えの服の支給。畜舎の人々も同じ待遇にすること。差し当たりこの4点の改善を嘆願書に纏めてみます」
「お願いします!特にお風呂の件は死活問題なんです」
「では近いうちにまた」

私は大分打ち解けることが出来たジルさんを見送った。
この世界のうさぎはみんな化け物のように思っていた自分が恥ずかしい。
協会は人間の為の保護施設を作って、そこで言葉や勉強を教える活動もしているのだという。
いつも持ち歩いているという写真に映った人間の子供達の笑顔から、ジルさんの人柄の良さが伝わった。
この世界にも、ジュリオや人間愛護協会のように優しいうさぎは存在する。


「た、大変だよ……」
「今度はどうしたの?」

ジルさんと入れ代わりで応接室に入って来たジュリオは、酷く青ざめていた。
朝とは違う、ただならない雰囲気だ。

「アンジェ様が今晩花音を部屋に連れて来いって」
「何の用だろ。また北の森の話かな?」
「そんな呑気なこと言ってられないよ!今までアンジェ様の部屋に呼ばれた人間はいっぱいいたよ!でもね…っ」

肩を掴まれ怒鳴られる。
怒っているというより悲壮感が漂う表情。ジュリオは膝から崩れ落ち、私のお腹に抱き着いた。

「生きて帰って来た子は一人もいないんだ…っ!」

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