Lunatic Rabbit

□友達
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「刑務所みたい……」

私は、6畳ほどの広さの牢屋を順番に覗きながらぼやいた。
刑務所と言っても、奥の扉はトイレで、他には硬い床に藁が敷き詰めてあるだけのここの牢屋に比べれば、現代の刑務所は天国のように思えそうだ。

「で、でもね。第1グループに割り当てられたこの地下牢は、他と比べて環境が良いんだよ?本来はうさぎ用の牢屋だから、トイレだってあるんだしっ!城の人間専用の畜舎はほんとに酷いところなんだよ」
「そう…なんだ」

ただでさえ絶望感でいっぱいなのに、閉じ込められる場所が陽の光の入らない地下では気が滅入ってしまう。
他と比べればマシなんてポジティブに捉えられそうになかった。


「君は、後ろの14番の女の子と同室だよ」
「2人部屋なの?」
「うーんと、今のところはそうだね!」

唯一救いなのは、私達の世話担当という彼が純粋に優しそうなこと。
ミルクティー色でくせっ毛な髪と、ふわふわの毛が生えた垂れ耳に、くるくる変わる表情が愛らしくて少し癒される。
彼が本物のうさぎの姿をしていたら、ぬいぐるみみたいに可愛かっただろうな。

「ごめんね……このお部屋に入ってね。僕、また後で来るよ」

私と後ろの女の子が過ごすことになる部屋は、入口から数えて5番目に位置していた。
当然、部屋なんて呼べないただの牢屋だけれど、私は誘導に従い、大人しい女の子もそれに続いた。


 うさぎの使用人達が立ち去ると、拘束具を外された人達は獣のような唸り声を上げ、牢屋の中で暴れ始める。
この世界のことを教えてもらおうにも、言葉の壁がありそうで難しい。
私は壁を背にして座り込み、ため息をついた。

「同じ人間だもの。言葉を話せなくたって、うさぎなんかよりよっぽど気持ちは通じ合えるわ」

驚いて顔を上げると、正面の壁を背にした女の子が微笑んだ。
思えば彼女は、私が王の前で喋った時に面食らっていた。
それは彼女も言葉がわかる人だったからだ。


「あなたも穴に落ちてこの世界に来たの!?」
「私はこの世界の住人よ。でも私、あなたの話を信じるわ」

女の子は私に顔を寄せ、声を小さくした。
聴覚が優れているうさぎに話を聞かれない為だろう。私は頷く。

「幼い頃にお祖母様からよく聞かされたの。昔々、異世界からこの世界に迷い込んだ人が、私のご先祖様に言葉を教えてくれたんですって。だからあなたは嘘をついてないと思う。一緒にこの城から……いいえ。この世界から脱出しましょう」
「そんなこと出来るのかな……」

私は自信がなくて、差し出された手を取るのに躊躇ってしまう。

「きっと出来るわ。言い伝えによると、その異世界人は多くの人々を連れて元の世界に帰ったそうだもの」
「す、すごい。希望が持てる話だね」

言い伝えが正しいなら、元の世界に帰る方法があるということだ。
私1人では心許ないけど、2人で力を合わせればその方法も見付けられるかもしれない。
私は彼女の手を両手で握って、笑い返した。


「自己紹介が遅れてしまったわね。私は西の森出身のレイチェルよ」
「あっ、私は…っ」

丁度私が口を開いたところで、地下牢の入口が騒がしくなった。
うさぎの使用人達の話し声とカートを押す音、美味しそうな匂いが漂う。
レイチェルは直ぐさま私から離れて唇に人差し指を当てた。
わかってる。私達が脱走を考えていることは、気付かれないようにしなくちゃね。

「ご飯の時間だよ」

フラフラと覚束ない足取りの男の子が、私達の牢屋の前でお腹を押さえながら屈んだ。
男の子はさっきとは違って丸い水兵帽を被り、堅苦しく暑そうな燕尾服から、襟が空色のセーラー服とショートパンツに着替えている。
夏真っ盛りといった感じの涼しげな服装だった。


お腹を押さえていると思ったら、男の子のお腹が鳴った。

「お腹空いてるの?」
「……うん。昨日アンジェ様に意見しちゃったから、3日間ご飯抜きの刑の2日目なんだ」

昨日も何かしら王の怒りを買うようなことを言っていたんだ。きっと人間寄りの意見だったんだろうな。

「これからご飯の時間なら、私の分を半分分けてあげるよ」
「だ、駄目だよ。君達にご飯を食べさせないと、僕怒られちゃう」
「あっ!じゃあ……」

私はあることを思い出して、スカートのポケットに手を入れた。思った通り、うさぎ用のおやつの袋がある。
捕獲する時に使えるかもと思って持ってきたクロの大好物だ。見た目は普通のビスケットに見えるけど、人が食べるものではない。
ただ彼は一応うさぎだから、あるいは……。


「いい匂い!これ、もらってもいいの?」
「う、うん。けど味が変だって感じたらすぐに吐き出し」
「わああっ、おいしい!」

男の子は相当お腹が空いていたのだろう。両手にビスケットを持ち、次から次へと口に入れていく。
にこにこ笑って本当においしそうに食べるから、私も自然と顔が綻んだ。

「ごちそうさまでした!僕、こんなおいしいの初めて!」
「ふふっ、ここ付いてるよ」
「わっ……」

私は自分の唇を指差して、ビスケットのかけらが付いている位置を教えた。
男の子は慌てて舌で舐め取ると、私の顔をぼーっとした表情で見つめる。


「……じゅうさ……君の名前はなんていうの?」
「……花音。花音だよ!」
「花音……えへへ。素敵な名前だね!」

やっと名乗ることが出来た。
名前を呼ばれたのは随分久しぶりのような気がした。

「僕はジュリオ。ねぇ、花音。僕とお友達になってくれる?」

差し出されたその手は、私の手をもぎ取ることだって出来るだろう。
でも、私の名前を呼んでくれるジュリオの手を握り返すことに、恐怖心はなかった。

今日はたくさん怖い目にあったけれど、この世界で人間の友達と、うさぎの友達まで出来た。
私の名前は花音。家畜なんかじゃないって、2人がいてくれたら決して忘れない。

そして絶対に、元の世界に帰るんだ。

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