Lunatic Rabbit

□個体識別番号
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私の発言で、広間に動揺が広がる。
王の側近は唖然として言葉を失い、私が逃げるように視線を逸らした先、壁際に整列した使用人達や、私の後ろに並ぶ人間の女の子までもが目を丸くしていた。
張り付けたように変わらないクロムの無表情にも、私への呆れの色が浮かんでいるように見えた。

「へぇ。君、うさぎの言葉がわかるんだ?賢いね。褒めてあげるよ」

私が喋っている言葉は、この世界のうさぎの言葉にあたるようだ。
王は足元に跪く私の頭を柔らかく撫でる。
華奢に思える手でも、人間の頭蓋骨を簡単に粉砕出来るだけの力を秘めているのだ。
私はまな板の上の鯉と同じ。いつグチャリと頭を握り潰されてもおかしくない。


「では、お利口さんの君に質問です。その服装……君は北の森の入口で捕獲されたと噂の人間だよね。北の森で家族やお友達と一緒に住んでたの?」

表面上は優しげに見えても、嘘をつけば殺すという威圧感を痛いほど感じた。
全く知らない北の森について上手に嘘をつける自信はなかったから、私は正直に答えることにした。

「わ、私が住んでいたのは日本です」
「日本…?」

でたらめを言っていると思われたのか、王が眉間に皺を寄せて頭を撫でるのを止めた。
この国の王は日本を知らなくて、私もこの国のことを知らない。
とても現実とは思えないけれど、もう認めるしかなかった。


「わ、私…!この世界とは違う、別の世界から来たんです!クロを追い掛けていたらすごく深い穴に落ちて……この世界に迷い込んじゃったみたいで…!」
「……ぷっ、あはははっ!面白いね君!なかなかユーモアがあるじゃない」

私の話がよっぽど可笑しかったのだろう。幼い王は両手で腹を抱えて笑い出した。
焦りながらも嘘偽りない経緯を語ったのに、心底馬鹿にされている。王の側近の視線も冷ややかだった。
異世界から来たなんて話は、うさぎ耳の王が君臨するこの世界においても信じ難いことなのか。

「それで、"クロ"っていうのは人間の友達?タヌキ?イノシシ?あっ、それともペガサスかな?」
「ク、クロは私のペットの黒うさぎです。ケージからだっそ…う…を……」

"うさぎ"と言った瞬間に王から笑顔が消えて、同時に空気が張り詰めた。


「……身の程を弁えろ人間」
「うぁっ!」

忌ま忌ましそうに吐き捨てた王が私の右手に手をかざすと、手の甲に一瞬鋭い痛みが走る。

「うさぎの言葉を理解出来ようと、お前は固体識別番号13番の家畜でしかない。それを"ペットのうさぎ"だって?思い上がりも甚だしい」

自分の手を呆然と見つめる。痛みがあった右手の甲に"13"と、"Stirling Castle"の文字が刻まれていた。
これから先、消えない残酷な焼印が目に入る度に、この世界の支配者はうさぎなのだという現実を思い出し、私は絶望するのだろう。


「拾い物の服を着て、うさぎの真似事などしているから自分の立場を忘れるのでしょう」
「そうだね。13番、服を脱げ」
「……!」

それは尊厳を否定する命令だった。
私は家畜なんかじゃない。あの時、穴に落ちなければ。いや、クロのケージの鍵を確認してさえいれば、こんなことにはならなかったはずなのに……。

後悔が募るけれど、私を見下ろす冷酷な赤い瞳が、あまり時間は残されていないことを告げていた。
死にたくないのなら服を脱がなければならない。

私が震える手で制服のリボンを解こうとした、その時だった。


「あ、あのぉ……」

静かな広間に弱々しい声が響き渡る。
恐らくこの場にいるうさぎは全員一斉に、声のした方に視線を向けた。

「い、1番から30番の飼育担当責任者のジュリオです。ぼ、ぼ、僕は、体温調節の為にも服は必要だと……思います……」

私より先に王と顔合わせした人達を左側の壁際で整列中の、その少年はジュリオと名乗った。
まるで今の彼の心情を表すように、淡い茶色のうさぎの耳はペタンと垂れている。

「あっ、それからえっと、大きな環境の変化はストレスの原因になりますし……さ、様々な病気を引き起こします……そ、それに、女の子を裸にするのは……可哀相……」

視線を一身に集めた少年は、見ているこっちが不安になるくらいガクガクと震え出す。
きっと立っているのもやっとの状態だろうに。それでも尚、人間の私を擁護してくれる。

「可哀相だと?貴様は個人的な感情でアンジェ様に意見しているのか!」
「ひぃっ!な、生意気言ってごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい…っ、どうか耳を切らないでください…っ」

王の側近に怒声を浴びせられると、少年は怯えきった様子で何度も頭を下げて許しを乞う。
このままでは彼は、恐れている耳切りの刑というものを受けることになるのだろうか。
人間を家畜扱いするうさぎの仲間とはいえ、私を庇おうとしてくれた相手を黙って見過ごせない。


「わ、私!今すぐに――」
「もういいや」

黙っていた王が目を逸らして言った。とてもとても面倒臭そうな、つまらなさそうな、呆れたような、口ぶりで。
王の関心はもうとっくに次の人間に移ったらしく、早く私を退かせと使用人に目で合図する。

なんとかギリギリ命を繋げた私は自ら立ち上がって垂れ耳の少年を見た。
目が合った少年は口の動きで「よかったね」と言うと、救いのある微笑みを浮かべた。

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