Lunatic Rabbit

□赤の君主
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 馬車の荷台の小窓から見えたのは、西洋の街並みだった。
白い壁と赤い屋根で統一された家々が夕日で茜色に染まる光景はとても綺麗。
だけど、大通りを歩いている住民がいないせいか、少し寂れた街のようにも思えた。

街を抜け、ぎゅうぎゅう詰めの積み荷と一緒に馬に揺られること一時間。
森の中の小高い丘の上に、城壁に囲まれた立派なお城がそびえ立っていた。


 おとぎ話の王子様のお城ってきっとこんな感じだと感動しながら、手入れされた綺麗な庭園を黒いうさぎ耳の…クロムの後ろについて歩く。
しかし、とっくに日も落ちているというのに蒸し暑すぎる。
サウナと化していた馬車の荷台に比べたら遥かにマシだけど、なぜこう真夏のように暑いんだろう。とても冬に思えない。
穴に落ちる前は12月の始め、初冬だった。
では、穴に落ちた今は…?

「コートを脱いで渡してください」
「……ど、どうして?」

私は、今いるこの世界が、私の住んでいる世界とは別の世界なのだと薄々気付いていた。
だけど、これ以上考えるのが怖かったから、解決していない疑問を捨てて、クロムの話に耳を傾けた。

「その見苦しい姿を王の目に触れさせるわけにはいかないので」
「わ、渡した後、コートは…?」
「速やかに処分します」
「そ…ですか……」

蒸せかえる暑さの中で、べっとりと血が付いた分厚いコートを着込み、額に汗を滲ませている私の姿は確かに見苦しいかもしれない。
温かくてお気に入りだったのにな。私は渋々コートを脱いで渡すと、中に着ている制服のブラウスの袖を捲った。


 連れてこられた広い玄関ホールには、うさぎの耳が生えた使用人らしき存在が複数と、大勢の人間達が集められていた。
燕尾服に身を包んだうさぎ耳の使用人と違って、大半の人は動物の毛皮や草などで申し訳程度に局部を覆っているだけだ。
それに手枷、足枷、なかには口枷まで嵌められた人もいる。

「僕の仕事は滞りなく終わりました。これで失礼します」
「ま、待って!私どうなるの?たっ、食べ…っ、食べ……」

目の前で惨い殺され方をした女性の顔が浮かんで、言葉が出て来ない。

「少しでも長く生きたいのなら、王には逆らわないことです」

クロムは懐中時計を確認し、足早に立ち去ってしまった。


 しばらくすると私達人間は4つのグループに分けられ一列に並んだ。
第1グループになった私は身振り手振り、時々暴力の雑な誘導に従って階段を上り、細かな装飾が施されている扉に入った。

一歩足を踏み入れれば、その豪華絢爛な広間に圧倒される。
二階分吹き抜けになった高い天井には、うさぎの耳が生えた神らしき存在の姿が繊細に描かれ、左右の壁画に描かれた天使や精霊が華やかな雰囲気を作り出している。
そして前方の白い大理石の階段の上には、光り輝く黄金の玉座が据えられており、やっぱりうさぎの耳が生えた王様が腰掛けていた。

「一人ずつ王の前へ」

王の傍らに控えている焦げ茶色のうさぎ耳の青年が指示を出す。
すると、私より前に並んでいた人が使用人に両脇を抱えられて、階段を上らされていく。


「先程も説明がありましたが」

何が行われるのかと背伸びして見ていたら、覚えのある声が右側から聞こえてくる。
壁の前で整列する使用人達に、クロムが声を張り上げ話をしているところだった。

「来る審判の日まで約三ヶ月。あなた方が人間の飼育担当になりました。
愚行を働いた者は耳切りの刑に処されるということを肝に銘じておいてください」

「あっ!」

クロムの話に気を取られている間に順番が来たらしい。私は二人の使用人に引きずられる形で階段を上り、玉座の前で強制的に跪かされた。


 玉座に豪然と座る王は、宝石を散りばめた金色の王冠を頭に乗せ、上質そうな生地と毛皮で織られた赤いマントを纏っていた。

「君が13番目…か」

小さく呟いた王の顔を見上げると、深紅の瞳と目が合った。
どのうさぎよりも長く立派な耳は、金色の王冠よりずっと権力を誇示し、混ざり気のない純白色の髪は絹のよう。
まるでこの広間の美術品の一部のように美しい顔立ちをした彼は、私と変わらない年齢…あるいは私より少し幼く見えた。


「さあ、13番……君の秘密を、僕に教えて?」

私を射抜くルビーのような瞳に、ゆっくりと六芒星が浮かぶ。
不思議なその模様がはっきりわかるまでに濃くなると、頭の中に何かが入り込んだ感じがして。
次に襲われたのは脳をぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚。

「や――」
「くっ!」

私が悲鳴を上げる前に、王が苦しげに自分の目を手で覆った。

「アンジェ様…!……貴様何者だ!王に何をした?答えろ13番!」
「…………」

王に駆け寄った焦げ茶色の耳の使用人の鋭い瞳に睨まれて、私は唇を噛んだ。
何者かと聞きたいのは、今何をしたのか聞きたいのは、私の方だ。
大体、勝手に人のこと13番13番って……

「はっ……下等動物に聞くだけ無駄だったな」
「エリオット、僕は大丈夫。ただ13番の頭の中を覗けなかった」

鼻で笑われて、私の中にこれまで溜まっていた何かがプツリと切れた気がした。


「私は13番なんかじゃ…!……あ……」

"少しでも長く生きたいのなら、王には逆らわないことです"
私は声に出してから、遅れてクロムの言葉を思い出したのだ。

一瞬で血の気が引いた私を、六芒星の消えた赤い瞳が冷たく見下ろしていた。

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