Lunatic Rabbit

□黒うさぎ
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「ラララ。人間を頭からボリボリかじるのは最高」
「ラララ。でも、それじゃちょっと品がない」
「ラララ。だから野菜と一緒に皿に盛り付け、」
「ラララ。お上品にナイフとフォークで食べるのさ」

返り血で全身を赤く染めたうさぎ耳の男の子二人が、手を繋ぎ、ぴょんぴょん跳ねながら歌い踊る。
陽気な雰囲気からは考えられない、残酷な歌を。
床に散乱する肉片をゴミのように踏み潰す音を聞いていると、頭がどうにかなりそうだった。
私に助けを求めた彼女はさっきまで生きていた。温かな血が流れていたのに、どうしてこんな。


「でもでも…っ、ああっ!」
「もう我慢出来ない!」
「ひっ!」

突然歌声が途切れて、興奮した様子の男の子が格子を一本ずつ握って左右に開く。
すると、鉄の格子が飴のようにグニャリと曲がり、大きな隙間が出来た。

「ちょっと味見するだけ!」
「ちょっと小指をかじるだけ!」
「あ……あ……」

二人の男の子が隙間から檻の中に身を乗り出す。
私に逃げ場なんてない。
全身が震えていた。歯がガチガチと音を立てて、上手く喋れない。
指を守りたい一心でポケットに手を入れる。カイロは既に冷たくなっていた。

男の子がそれぞれ片手を伸ばし、小さな手には不似合いな力で手首を握る。


「やぁぁっ!」
「っ!」

私の悲鳴と同時に男の子の長い耳がビクリと反応した。
そしてあっさり手を離すと、私に背を向けて別の方向を見つめる。

すぐにそっちの方からドアの開く音がした。男の子は慌てた様子で檻を飛び出していく。
私の両手首にはくっきりと手の跡が残っていた。

「これはこれはクロムの旦那」
「旦那が直々に来られるなんて珍しい。どのような御用件でしょう?」

檻の中から様子を窺うと、男の子は予定外の訪問者らしき存在の両隣に立って媚びへつらっている。


「飼育下に置かれていない、希少な人間を仕入れたとの噂を耳にしました。心当たりは?」
「え、えぇまあ。今朝方、北の森に住み着いてる浮浪者共が売りに来たもんですから」
「何でも、東の森寄りの入口で倒れてたんだとか」

ところどころ意味がわからないけれど、恐らく私の話をしている。
その話には私の記憶から抜けている時間の情報が含まれていた。
私の前に落ちていった黒うさぎ……クロは一緒に倒れていなかったのだろうか。


「それがいっちょ前に仕立ての良い服を着てましてね」
「どこぞの物好きが愛玩用に飼育してる人間が、森に迷い込んだんじゃないですかい?」
「御託は結構です。希少種の可能性が一握りでもある人間を捕獲した場合は、速やかに王の元に引き渡すよう、お達しが出ていたはずですが?」

コツコツと足音を立てて私の檻に近付いてくる訪問者の一歩後ろを、男の子がくっついて歩く。

「え、えぇ。もちろん仕事が終わり次第連れて行こうと思ってましたとも!」
「な、なにせこの不景気だ。あくせく働かなきゃ生きていけない!」
「「こっそり食っちまおうなんて考え、あるはずもない!!」」

男の子は動揺を隠し切れず徐々に早口になっていく。
クロムと呼ばれていた訪問者が檻の前に立った。
私と年齢が近そうな彼の頭の上にも、作り物とは思えないうさぎの耳が生えている。
艶やかな黒髪と同じ毛色の、綺麗な長い耳。とても肌触りの良さそうなその耳を見たら、無性にクロが恋しくなって視界がぼやけた。

黒いうさぎ耳の彼は、捩曲がった鉄格子、跡が残る私の手首、涙を滲ませた私の瞳の順に視線を落とす。
そして、着ている黒のチョッキにゆっくりと手を忍ばせた。


「「!ごっ、ごめんなさあい!!」」
「まだ一口もかじっちゃいないよ!」
「お願い!耳をちょん切らないで!」

男の子が長い耳を押さえ、抱き合いながらわんわん泣き出した。
悪戯がバレて、お仕置きを恐れている普通の子供みたいだ。全身を血で染めていなければの話だけど。

でも、彼が懐から取り出されたのは物騒な物ではなく、ただの懐中時計だった。


「予定時刻を2分も過ぎています。早く出てください」

彼は時間を確認すると、鉄格子の隙間を更に大きく広げて言った。

「……わ…かりまし…た…」

私が弱々しく返事をすると同時に男の子達はポカンと口を開けて、信じられないという風な顔で私を見た。
逃げられることが不満なのだろうか。黒いうさぎ耳の彼はそんな男の子達の足元に、報酬ですと一言添えて麻袋を置き、足早に出口に向かう。
出やすいように檻の隙間を広げてくれたのか、力の差を見せ付けて脅しているのか。
どちらにしても私は従うしかなかったから、急いで彼を追い掛ける。

クロと同じ黒い耳を持つ彼も、人間の皮を被った化け物であることに変わりはない。
床に散らばった人の体の一部を踏んで、眉一つ動かさない無感情な横顔を見てそう思った。

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