Lunatic Rabbit

□first answer
1ページ/1ページ

 道路の端に寝かされた小さな亡骸は白い毛をしていた。
何度も車に轢かれたのだろう。ほとんど原形を留めていないその子が、私の探している黒色のうさぎではなかったことにホッとしてしまって、すぐに目を逸らした。

結ばれたリボンが、後から探しに来るであろう飼い主の姿を連想させる。
大切な家族とこんな形で会うことになったらどんな思いがするか、同じ境遇の私は痛い程わかるのに。
クロじゃなくてよかったと一瞬でも考えてしまったことに罪悪感を覚えた。

後ろめたさから逃げるように、元来た道を引き返す。


 クロが家から脱走したのは30分前。ケージの扉の鍵は忘れずに掛けていたつもりだった。
でも現に、私が窓を開け放して洗濯物を取り込んでいる間に、ケージは空っぽになって、家からクロがいなくなってしまった。

まだ初冬だというのに息が白くなる今日は、比較的寒さに強いうさぎにも厳しい気温だ。
私が不注意で鍵を掛け忘れたせいでクロにもしものことがあったら、悔やんでも悔やみきれない。


 家の前の公園にもう一度足を踏み入れると、タイヤを並べて作られたトンネルの中を覗いた。
短いトンネルだけど、途中でうねうねと曲がっているから、向こう側の出口が見えない。
さっきはタイヤの隙間から中を覗いていないと判断したものの、何となく気掛かりだった。

カイロで温まったポケットから手を出し、膝と手をついてトンネル内に入った。
高校生にもなってタイヤを潜るのはさすがにきつい。時々頭をぶつけては、タイヤの隙間から落ちてくる土を払い除け、進んでいく。

まだ半分も来ていない場所で私は足を止める。
10歳前後の男の子が、狭いトンネル内で体操座りして行く手を塞いでいた。


「君、こんなところで何してるの?」
「人を探してるんだよ」
「そうなの……」

トンネル内に座り込んで人探し…?
ここで待ち合わせをしてるという意味だろうか。
なんだか少し変わった子だな。

「お姉ちゃんは?」
「私はうさぎを探してて……そうだ。黒うさぎを見なかった?」

男の子が手を擦り合わせ、手の平にはあ…と息を吐く。
クロも今頃、外のおっかなさと寒さで震えているに違いない。早く助けてあげないと。


「お姉ちゃんは黒うさぎを追い掛けるの?」
「うん。外は寒いから、温かいお家に一緒に帰りたいんだ」

不思議な質問に迷わず答えた。
すると男の子は、私が入った側から見て出口の方角を指差した。

「トンネル前の草の茂みで見たよ」
「向こう側の出口だね。教えてくれてありがとう!」
「またね、お姉ちゃん」

寒さに震える男の子の白い息が空気に溶ける。
赤くなった頬に鼻、耳、手。全てしもやけになった両手の指が痛そうで、彼が風邪を引く前に待ち人が現れますようにと心の中で祈った。
そして私も、"またね"と返事をして、早る気持ちを抑えながらトンネル内を逆戻りした。


 窮屈な空間を出て、膝やコートについた土を払い、草の茂みを一通り確認していった。
けれど、クロは見付からない。
男の子がクロを目撃してから時間が経っているだろうからしょうがないか。

氷のように冷たくなった手をポケットの中に突っ込むと、熱を持ったカイロに触れた。
カイロを持っていたことをすっかり忘れていた。
まだトンネルから出て来ない男の子にカイロをあげてから、他の場所を探しに行こう。

タイヤのトンネルの前で再びしゃがむと、視界の端で何かが動いて草の茂みに飛び込んでいった。
ほんの一瞬だけでも捉えた、全身が黒い毛で覆われた小さな体と、ピンと立った長い耳。


「クロ!待って…!」

クロの特徴に一致している黒うさぎを慌てて追い掛ける。
走りながら背の高い雑草を大きく跨いだ。
でも、跨いだ先の地面に足が着かなくて、背中に嫌な汗が伝う。


「っ!?きゃあああ!」

草に隠れた場所でぽっかりと口を開けていた穴に、私の体は吸い込まれた。
それは悪戯で掘られた落とし穴にしては深過ぎる。ビルの最上階と地上を結んだ、急な角度の滑り台を物凄い早さで滑り落ちていくよう。
遥か前を滑っている黒うさぎとの距離は縮まらないまま、ちっとも見えてこない底に向かって落ちて、落ちて、落ちて。

やがて、穴の中は真っ白な光に包まれた。

.
次の章へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ