創作夢

□02
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「お願いだよ姉ちゃん!」
「絶対やだ」
「一生のお願いです。どうか俺に手作りチョコレートを……」
「い・や・だ!」

 明日は二月十四日。バレンタインデーだ。完全に女性が主導権を握っているイベントのため、俺は極めて低姿勢で手作りチョコのお願いをしている。深々と頭を下げながら一生のお願いまで使ったというのに姉ちゃんは断固拒否の姿勢を崩さない。
 そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。溶かして混ぜて固めるだけ。至って簡単な作業だけど姉ちゃんにしか出来ないことだ。

「どうしてそんなに嫌がるんだよ!俺はただ経血入りチョコが食べたいだけなのに!」
「だからそれが一番嫌なんだよーー!」

 姉ちゃんは俺より更に大きな声をだして馬鹿!変態!などと騒いでいる。この程度ではしゃいだりして子供だなぁ。初経がまだきていない小学生じゃあるまいし……経血入りチョコくらい、さっと作れなくちゃ駄目だろ。だから姉ちゃんはモテないんだよ。
 姉ちゃんは男心ってものを理解していないのだ。俺は生理痛で苦しむ姉ちゃんを心から労り、経血までも愛してるというのに。全く……少しはこの思いを汲んでほしいな。

「どうしても駄目?」
「土下座して頼むなら考えてやらんこともない」

 にやりと余裕そうに笑ってみせる姉ちゃんにイラッとくるが仕方ない。バレンタインは女性優位なイベントだ。その日にドラマを作るか否かの選択肢は当然女性が握っている。

「……じゃあチョコはいいや」
「そっか。いやー残念無念!お前は早く病院に行きなよ」
「チョコはやめて、姉ちゃんを丸ごと食べさせてもらうね?」

 さっきの笑みを真似して片方だけ口の端を吊り上げながら、驚いて声を出せない姉ちゃんにじりじりと近寄って行く。

「い……いやーーっ!」
「あっ、姉ちゃん…!」

 ついに絶叫しながら逃げ出した姉ちゃんを俺も追いかける。狭い家の中を騒がしく走り回って結局またトイレに入って鍵をかけられた。くそ…!逃げ足が早いな。

「どれくらい引きこもるつもりなの?言っておくけど俺は持久戦で負けないからな」
「あのさ……悪いけど今は生理中じゃないんだよね」

 嘘だね。姉ちゃんは間違いなく今月の生理が来ている。トイレのごみ箱、生理用品の減り具合、身につけている下着の種類、全て確認済みだよ。これら全ての事象が姉ちゃんが生理中だと示している。
 しかも今日は二日目だ。経血たっぷりのチョコを作るのに最適だね。バレンタイン前日と生理二日目が合うなんてまさに俺だけのための特別な日になる予感。

「ふふふ……姉ちゃんの生理周期は把握してるから安心してよ」
「ひぃぃぃ!キモい!変態死んでくれ!」

 初経から欠かさずノートに記してるんだよ。周期が乱れたりしていないか、姉ちゃんの体調が心配なんだ。お礼なんていらないよ。姉ちゃんの自慢の可愛い弟だからこれくらいの気遣い当然のことだと思っている。

「ほ、本当にずっとトイレの前から動かないの?」
「もちろん」
「……あーもう!チョコ作るよ。作ればいいんでしょ!?」

 姉ちゃんのちょっとした意地っ張りなんて俺の強い思いに比べたら大したことない。姉ちゃんはついに根負けしてトイレから顔を出した。

「ありがとう!出てきたばかりの新鮮な経血をたっぷり使ってね」
「新鮮って……いや、もういい。お前には何も言うまい」
「明日渡してね。俺超楽しみにしてるから!」
「わ、わかった……」

 歯切れの悪い姉ちゃんが少し心配だけど、まぁいいや。俺はトイレから離れて明日へ思いを馳せるのだった。


――そして、待ち望んだバレンタインがやってきた。

「これチョコ……」
「あ、ありがとう……姉ちゃん……大好きだよ!」
「いや、ぶっちゃけ……あの……」
「俺、大切に食べるからね!」
「……え?……う、うん……」

 姉ちゃんから渡されたシンプルなラッピングの施された小さな箱。あまり多くは入ってなさそうだが仕方がない。何ていっても姉ちゃんの経血は貴重資源なのだから。
 箱を開けてみるとトリュフが四個入っていた。毎日一個ずつ食べよう。今日はどうしようか。すぐに食べるのは勿体ないよな。
で、でもついに姉ちゃんの経血の味を知ることが出来るんだ……やばい……考えたら興奮してくる。息が上手く出来ない。よだれが出て、鼻の奥がツンと熱くなっていた。

「はぁ……はぁ……い、一個だけ……いや、一口だけ……はぁ……」

 我慢出来ずにトリュフを一口だけかじった。口の中に広がるちょっと苦めなチョコの味。ビターなんだな。経血でこういう苦い味になるのかな?
 もちろん文句なしに美味しいのだが想像していたよりもずっと普通のトリュフだ。もっと鉄っぽい味がすると考えていた。それにチョコに上手く混ざらなくて固まった血が分かりそうなものだけど。

ああ……でも姉ちゃんが俺のために作ってくれた特製チョコだよ。これには姉ちゃんの経血がたっぷり入ってるんだな……

「はぁはぁはぁ……美味しいよ。あ……」

 そうだ。名案が浮かんだぞ。姉ちゃん、ホワイトデーのお返し楽しみにしててね?俺のミルクたっぷりのクッキー作ってあげる。
 目の前で居心地悪そうにしている姉ちゃんに、俺は心の中で語りかけた。

END
 

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