創作夢
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はい、本日も始まりました。
姉ちゃんの世界でたった一人の可愛い弟、瞬による『姉ちゃん見守り隊』のお時間です!
大好評につき、なんと本日も姉ちゃんのベッドの下からお送りし――
ギッ
回転椅子がきしむ音を合図に脳内ラジオのオープニングトークを一時中断し、息を殺す。
俺がうつ伏せで寝そべっているのは姉ちゃんの部屋のベッドの下だ。
「今日もお風呂から出たら集中して勉強する予定。私は受験生なんだからね。邪魔したら殺す」
そう凄まれたから、姉ちゃんの入浴中からスタンバイしてたってわけ。あくまで見守ってるだけだ。邪魔をする気は毛頭ない。
ギギッ
「っ」
姉ちゃんが椅子から立ち上がると、俺の位置からは足元しか見えなくなる。
姉ちゃんが着ているもこもこのパジャマは俺が昨夜渡したクリスマスプレゼント。
姉ちゃん愛用のルームウェアブランドの今季の限定品だ。人気すぎて即売り切れたという代物だけど、なんとか入手できた。
素直じゃない姉ちゃんは「クリスマスプレゼントなんていらないのに……」とぶつくさ文句を言いながらも早速着てくれたから、俺はつい友達に惚気まで送ってしまった。
俺の姉ちゃんの話聞きたい?
俺の姉ちゃん可愛いんだよなー
俺の姉ちゃんツンデレでさー
俺の姉ちゃんのこういうところが好きだわ
何があったかは俺と姉ちゃんだけの秘密だけどね
既読スルーされているけど。
嫉妬か……。
俺の、俺だけの姉ちゃんが可愛すぎてごめん。イブもクリスマスも一つ屋根の下で家族水入らずで過ごしちゃってすみませんね。
やれやれ、俺の姉ちゃんのような可愛い姉を持たざる全人類に謝罪が必要かな……などと考えていると、姉ちゃんの足を温めるうさぎのスリッパの爪先がベッドへ――つまり俺の方へと向いた。
丁度顔のあたりにうさぎさんが迫ってきて、緊張感が増す。
まずいな……気付かれたのか?
今まで姉ちゃんのギリギリセーフラインを陣取ってきた。俺に言わせてみれば姉ちゃんの使用済みナプキンを保管してることがバレるくらいは余裕のセーフだ。
……まあ、後日没収はされたが。
しかし、ベッドの下に隠れていることがバレるのは結構やばい。
トイレをしてる最中に鍵を開けられるような行為――要するに、リラックスタイムを邪魔されるのを姉ちゃんは極端に嫌がる。
今回のようなケースはアウト判定になるだろう。
「はー……寒……」
姉ちゃんは俺の心配をよそにうさぎさんのスリッパを脱ぎ捨てて、ベッドに上がった。
ごそごそ動いてるのは布団を手繰り寄せているからか。
気付かれたわけではなかったことにほっと胸を撫で下ろすが、すぐに腹が立ってくる。
勉強を始めてからまだ三十分も経ってないよ。お邪魔虫の俺がいなければ集中できるって言ってたよね?
俺がいてもいなくても、姉ちゃんは勉強なんてしないじゃないか。
そもそも、姉ちゃんの第一志望の大学はそこまでレベルが高くない。姉ちゃんは模試でA判定ということもあって受験生とは思えない余裕の生活を送ってきた。
でも、さすがに十二月に入ってからは少し勉強し始めた。
我が家では、「家族みんなで一丸となって受験生の天音を支えよう」という空気が流れてる。姉ちゃんの隣室だった俺の部屋が一階へと移されたのもその一環だ。
あのときの姉ちゃんの嬉しそうな顔、そして受験が終わったら戻すと聞かされたときの落胆した様子は残酷そのものだった。
俺は姉ちゃんと部屋を別々にすると告げられた小学生の日以来の絶望を感じたのにな。
父さんと母さんめ……あの頃も今も余計な気を回しやがって。
俺がこの拷問のような家庭内別居を受け入れている理由は、姉ちゃんの第一志望の大学が家から通える範囲にあるからだった。
第二志望は遠方のため、家を出て学生寮に入らなければ通えない。となれば姉ちゃんには何が何でも、裏金を積んででも、第一志望の大学に受かってもらわなければ困るのだ。
布団をごそごそやっていた次はなにやら衣擦れの音が続く。
「ん……」
寝返りをうつような音がして、姉ちゃんが短く息を漏らした。
寝息に似ている――けど、違う。
姉ちゃんはすこぶる寝相が悪い。布団を蹴っ飛ばし、寝ながら笑ったりむにゃむにゃむにゃと可愛らしい寝言もよく言っている。
しかし、入眠から一時間以内は寝たのか死んだのかわからないくらい静かなのだ。
なにせ俺はここ最近毎晩、ベッドの下に隠れて姉ちゃんの入眠を確認している。
姉ちゃんが部屋の電気を消し、静寂が訪れてから一時間後、いびきをかいたり暴れ始めたらベッドから這い出て、布団をかけ直し、十分に姉ちゃんの寝顔を拝ませてもらってから自室に戻っている。
「ん……っ」
「っ!」
艶っぽい声が静かな部屋に響く。
十七年間同じ家に暮らしてきて初めてこんな声を聞いた。
完璧に存在感を消してきた俺も思わず身じろいでしまう。
なんなんだ。この下半身を狙い撃ちしてくる声は……。
「は……っ、んん……」
俺の服とフローリングが擦れる音がしたものの、姉ちゃんの衣擦れとエッチな声と重なって事なきを得たようだ。
エッチな――エッチな声?
間違いない。姉ちゃんはエッチなことをしてる。一人エッチ、自慰、マスターベーション、オナニーと呼ばれる行為を。
「ぁ……っ」
やば。姉ちゃんもオナニーとかするんだ。
急に下半身に体中の血液が集まり、膨張する。
普通さ、弟がベッドの下にいるのにおっ始める? 犯してほしいっていうアピールなの?
大体が、ベッド下に人が隠れられるスペースがあるようなベッドを買うべきじゃなかったんだ。
こんなのどうぞベッド下に潜んでくださいって言ってるようなもんだろ。実際俺は小学生の頃、親に叱られると姉ちゃんのベッドの下に隠れさせてもらっていた。
「はっ……ん、んっ」
「はぁ、はぁっ」
姉ちゃんの呼吸が乱れていくのに呼応して、俺の息も荒くなる。
自分をめちゃくちゃ性的な目で見てくる危険な男――俺のことだが――が同じ家にいることをわかっていながら、これだ。
姉ちゃんはちょっと警戒心が足りないんじゃないか。
違う――警戒心ならあったんだ。
今までは一枚壁を隔てた先に俺がいたからオナりたくてもできなかった。受験のストレスもあるだろうし、発散したくなったとしても不思議じゃない。
「ふ……あ……っ」
「っ、はっ、はぁ」
頭上から姉ちゃんのいやらしい声が降ってくると、じっとしていられない。
決して意図的ではない。
ない、けど……少しでも体を動かすとガチガチになった俺のがフローリングに擦れて、床オナのような状況を作り上げている。
「ん、あっ」
目を閉じて、いつものようにイメージする。
姉ちゃんのとろとろのあそこの感触、温度、匂い。夢中で腰を振る俺に縋りつき、甘い声を漏らす姉ちゃんの表情を。
「ね……ちゃ……っ」
"姉ちゃん"と大胆に声を上げそうになって、俺は気付いてしまった。
――姉ちゃんは今、誰に抱かれてるんだ?
姉ちゃんの姿はここからじゃ見えない。
もしかしたらスマホでエッチな動画や漫画を見てるかもしれないし、ちょっと強引に抱かれたり、優しく愛撫される妄想を頭の中で膨らませながらしてるのかもしれない。
相手はクラスメートの男か、ドラマを見ながらかっこいいって騒いでた俳優か、好きな漫画のキャラクターか、それとも王子様や御曹司のような架空のイケメンか。
無数に存在する選択肢の中から、これだけは一つはっきりしていることがあった――
姉ちゃんを気持ち良くしているのは、俺じゃない。
俺以外の、なにかだ。
俺は自慰を覚えた日からずっと姉ちゃんにお世話になってるけど、姉ちゃんは俺をオカズにしたことなんて一度たりともないだろう。
姉ちゃんが俺との……血の繋がった実弟との性交なんて望んでいないこと、わかってる。
「ん、んん……っ」
興奮が引いていく。
自分が今、危険な綱渡りの最中であることに気が付いた。
だって、もしも姉ちゃんがうっかり想い人の名前でも呼んだら――俺は定位置だったこの細いセーフラインから足を踏み外し、真っ逆さまに落ちていくだろう。
「うっ……んんんっ」
激しさを増す濡れた声。
ドンッ
「へ?」
耳を塞ごうと持ち上げた手が無意識に底板を殴りつけていた。
流れるようにベッドの下から出て立ち上がった俺を、姉ちゃんが間抜けな顔で見上げる。
「ど、どこから出てきたの!? ベッドの下?」
「姉ちゃん……なに盛ってんだよ。俺さ、気付いちゃった。姉ちゃんが俺以外の男に抱かれてるとか、例え妄想でも許せないんだよね」
「なんのこと――ひゃあっ」
押し倒し、改めて姉ちゃんを見下ろすと衣服には乱れがない。
俺からのプレゼントのルームウェアを着たまま触ってたんだね。俺の愛に全身包まれてるんだから実質俺に抱かれてるみたいなもんだよ。
「ねぇ、俺がいつも姉ちゃんのことどんな風に抱いてるのか教えてあげよっか。姉ちゃんも俺のことオカズに使ってくれていいよ」
俺は今、自分で落ちていこうとしている。いけない、止めなければと思っているのに、手が止まらない。
「ちょっと待ってよ!! さっきから何意味わかんないこと言ってんの!?」
ズボンをずり下ろそうとする俺の手を掴んで、姉ちゃんが声を大きく張り上げた。
「ヨガかあ……ヨガねー……実は俺もそうなんじゃないかなと思ってたんだよね」
喘ぎ声にしか聞こえなかったあの声はヨガによるものだった。音を消して流していたというヨガの動画も見せられたので、事実だろう。
集中力が高まるよと友達に言われて試してみたものの思ったより苦しかったらしい。
「姉ちゃん、体硬いもんね。いやー、無事に問題が解決してよかったよ。はははっ」
「黙れ! あんたがベッドの下に隠れてたことが大問題でしょうが!」
「わっ、痛っ! ごめんごめん。ちょっと驚かそうとしただけじゃん。もうしないから許――痛いって!」
床に正座してる俺の頭を姉ちゃんがうさぎのスリッパではたく。
が、柔らかいところで叩かれているから痛くない。姉ちゃんの温情を感じた。
「あははっ、姉ちゃんはツンデレだなぁ」
いつも通りに笑ってみせるが、どういうわけか体は酷く疲れていて上手く力が入らない。
「はあ……瞬。何かあったの?」
「何かって何が?」
そりゃあったよ。姉ちゃんにとって俺が恋愛の対象ではないことを改めて考えさせられたし、嫉妬で気が狂うところだったんだから。
しかし、無意識だろうが俺の名前を呼ぶ姉ちゃんの問いは、もっと別のところに向いている気がした。
「だ、だから、なんか様子が違ったっていうか……本気で泣きそうな顔してたじゃん。今も変だし……どうした? お母さんに叱られた?」
俺の前で仁王立ちしている姉ちゃんは、視線を彷徨わせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
俺……嫉妬して怒ってたんじゃなかったのか。
傷付いて、いたのか。隠しきれないくらいにどうしようもなく。
指摘されるまで気付かなかった痛みが押し寄せてきて、視界がぼやける。それを隠すために姉ちゃんの脚にしがみついた。
「姉ちゃんは馬鹿なんだよな。お母さんに叱られたってなんだよ。まだ俺が、親に叱られたくらいで泣くガキだと思ってるんですかー?」
「なっ!? 人がせっかく心配してやったのに!」
「もこもこ、あったかー。それに姉ちゃん、良い匂いするね。これ姉の日にあげた入浴剤の香りでしょ?」
「う、うるさいな。私のもんなんだから好きに使っていいでしょ!」
「うん、嬉しい」
俺が姉ちゃんのベッドの下によく避難して泣いてたこと、覚えてたんだね。
姉ちゃんは本当に馬鹿だよな。こういうこと言うから俺に好かれちゃうってのに。
「実は俺、寂しいと死んじゃううさぎさんなんだよね。だから姉ちゃん、もっと勉強して。どこにもいかないでね」
「お前みたいに可愛くないうさぎがいてたまるか! もう離れてよ。そうじゃないと第二志望の大学に行くからね!」
「やだよ、俺を殺す気なの?」
「勝手に死んどけ! 変態!!」
「酷いなぁ……しくしく」
うさぎのスリッパの底で容赦なく後頭部をぶん殴られて、俺は大げさに泣きマネをしてみせた。
姉ちゃんも、世間も、姉弟だからありえないって言うんだろうけど。
俺は同じ家で一緒に育ってきた姉弟だからこそ、姉ちゃんのことをこんなにも好きになれたって思うんだよな。