創作夢

□私の推しVTuberのドキドキASMR配信!!
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『ん、んっ……』
「うう……れんれん……っ」

 ピチャピチャ、ピチャピチャ、淫らな水音に耳を犯される。耳の中にふーっと吹きこまれる吐息に脳みそが蕩けそうだ。

『あはは。顔真っ赤。腰揺らしちゃってエッチだね。もっと耳舐める? それとも他のことしてほしい? 言ってごらん。可愛くおねだりできたらしてあげる』

 もっと、もっとしてほしい。耳じゃなくてもっと下の方……私は目を閉じ、もどかしい思いで太ももを擦り合わせる。
 中心はもう熱を持っていた。ここをれんれんに舐められたらどうなっちゃうんだろう。気持ち良さと幸福感で私は死んでしまうかもしれない。
 でも、して……お願い。

『ん、いいこ。じゃあ配信締めたら続きしよっか?

――ということで。今日も俺の配信に来てくれたみんなありがとう!』

 耳をくすぐる囁き声から一転、明るい声に切り替わる。お馴染みの言葉を合図に私の意識も現実へ帰ってきた。
 さっきまで艶っぽい表情で誘うように舌を出したれんれんの一枚絵が配信の背景になっていたけれど、今はもういつものれんれんのお部屋のイラスト背景に戻っている。

『今回のASMR配信はどうだった? ぐっすり眠れそう?』

 モニターの向こうで微笑んでいるのは私の推し、"れんれん"こと目蓮(もくれん)レン。
 デビューからわずか一年でチャンネル登録者数五十万人を超えた大人気バーチャルユーチューバーだ。
 画面の左半分に作られたスペースはすごい勢いでコメントが流れていく。配信お疲れ様のスーパーチャットが飛び交うなか、私も負けじとキーボードを叩いた。

『¥10000 乙でした! 永眠できそうです! @れんれんの子猫になりたい』
『子猫さん、ありがとう! でも永眠しないでー』

「わっ、また読んでもらえた」

 "れんれんの子猫になりたい"なんてふざけた名前にしてるのに私のスパチャはほぼ必ず読んでもらえる。
 何と言っても私はれんれんがチャンネル登録者千人もいってない頃からの古参リスナーなのだ。推しからの認知が嬉しくてつい頻繁に赤スパチャを投げてしまうんだよね。

『¥10000 れんれんのために生きます! れんれん大好き! @れんれんの子猫になりたい』
『子猫さん、ありがとう。俺も大好きだよ』

「っ……きゃーっきゃーっ!! れんれん最高!!」

 一瞬意識が飛びかけた。大好きからのウィンクなんてファンサが過ぎる。
 れんれんの甘さと色気を兼ね備えた声はもちろんのこと、アバターも大好きだ。
 黒髪の無造作な立ち上げ前髪も切れ長の瞳も、左目横の泣きぼくろも大人っぽい。
 かっこいいけれど、可愛らしい表情を見せることも多い年齢不詳のミステリアス男子……一生推すしかない。

『明日は月曜日。みんな、学校に仕事にがんばってね! また明日の雑談配信で会おう』

 こうして日曜夜限定のASMR配信は大満足で終わった。
 れんれんのASMR配信はスライムやスクイーズ、シャンプー、オノマトペ、耳かき、マッサージなどから始まり、回を重ねるごとにエッチになっている。
 声フェチでエッチ系のASMRが大好きな私としては大歓迎だ。
 問題があるとするなら心臓が保たないこと。今日なんて本当に耳を舐められてるみたいですごかった。
 思い出したら体の火照りがぶり返す。私は今終わったばかりの配信のアーカイブを流しながらパジャマの中にそっと手を入れた。





 夜になればれんれんの雑談配信が待っていると思ったら憂鬱な月曜日も乗り切れた。
 迎えた放課後――カフェでテイクアウトしたホリデーシーズン限定ドリンクを飲みながら私はご機嫌だった。
 れんれんの好物であるチョコと苺の組み合わせだから、絶対に飲みたいと思ってたんだよね。

「美味しい……」

 隣を歩きながら同じドリンクを飲んでいたクラスメートの蓮見(はすみ)くんがぽつりと感想をこぼす。

「また飲みたいです」

 蓮見くんは無口で大人しく、クラスの中でも目立たない男子だ。
 私と二人でいても彼の方から話題を振ってくれることなどほとんどない。その蓮見くんが珍しくこんなことを言い出すのだから限定もののパワーってすごい。

「美味しいよね! 期間内にまた行こうよ」
「は、はい」

 照れくさそうにメガネをしきりにいじっている蓮見くんの横顔に視線を向ける。
 伸ばしっぱなしの長い前髪とメガネで目立ちにくいが彼は顔立ちの整ったイケメンだ。
 左目の泣きぼくろがメガネフレームで隠れてるのはもったいない。コンタクトに変えて、額の形も良さそうだから前髪を上げればいいのに……なんて、私は密かに思っている。
 まあ、単に推しの外見に寄せたいだけなのだけれど。

「あっ、とゴミ箱……」
「僕がもらいます」
「蓮見くんありがとう。いつも私の分まで捨ててもらっちゃってごめんね」
「い、いえ。こちらこそいつも僕と仲良くしてくれてありがとうございます」

 私は申し訳なさそうな表情を作って空のカップを渡す。正直なところ蓮見くんがこう言ってくれることはわかっていた。
 蓮見くんとは週に三回、月水金曜日に一緒に帰る仲だ。カフェやファミレスやコンビニに寄ることが定番になっているが、私の出したゴミは必ず彼が捨てに行ったり持ち帰ってくれるから、もうそれが当たり前になってしまっていた。

「それじゃあ、私はこっちだから」
「あっ、これ……」

 いつもの流れだ。別れ際に蓮見くんがおずおずと取り出したお年玉袋には猫の絵が印刷されている。

「い、いいよいいよ! ドリンクも奢ってもらったし、悪いよ!」
「だ、駄目です。貴重な時間を僕のために使ってくれたんだからお金を払うのは当然です。これは僕の義務です。納税なんです。受け取ってください……」
「の、納税……? で、でも、まあ……そんなに言うなら」

 ……ああ、また受け取ってしまった。
 私の元に渡ったポチ袋は折りたたまれたお札がぎゅうぎゅうに詰まっている。蓮見くんは一緒に帰ると必ずお金をくれるのだ。
 はっきりと明言はされていない……けれどこれは恐らく"友達料金"ってやつだ。
 彼はこれまで友達ができたことがないらしく、交友関係を続けるためにはお金が必要だと思い込んでいるらしかった。

 こんなお金、もらったら駄目だってわかってる。わかってるけど……私の推し活は蓮見くんからの友達料金で成り立っていた。
 今日の雑談配信でもれんれんにスパチャを投げたい。れんれんにスパチャを読んでほしい。だからこの誘惑に勝てない。

「香坂さん、ありがとう!」

 蓮見くんが私の苗字を呼びながらホッとしたような笑みをこぼした。
 普段はぼそぼそと自信なさそうに喋る蓮見くんが、この瞬間だけは明るい声を出す。

――子猫さん、ありがとう!

「やっぱり似てるなぁ……」
「え?」
「あっ、ううん。じゃあまたね!」

 蓮見くんは良い声をしている。れんれんに近い声質で、すごく好みの声。
 去年高校に入学したばかりの頃、自己紹介で蓮見くんの声を聞いて「かっこいい声してるね」と何気なく話しかけたことがある。
 その半年後くらいからだろうか。蓮見くんとこの関係が始まったのは。


『¥10000 限定ドリンク今日飲んできたよー! れんれん絶対好きだと思うけどもう飲んだ? @れんれんの子猫になりたい』
『子猫さん、ありがとう! 俺もちょうど今日友達と飲んで来たよ。すっごく美味しかったね! また一緒に行ってくれるって……俺、幸せ者だなぁ』

「れんれんも今日飲んだんだ! おそろい嬉しい!」

 れんれんが満面の笑顔で答えてくれるからどうしてもニヤついてしまうし、独り言も抑えられない。
 私はすかさずスクショを撮った。れんれんの新衣装は何度見ても健康にいい。
 首周りのゆったりした白のニットを肩からずり落ちるくらいゆるっと着ていて、れんれんの持つ可愛らしさとセクシーさを引き立てている。

『¥3000 今日は私の大好きな親友の誕生日なんです! 親友もれんれんのファンだからおめでとうって言ってもらえると嬉しいです! @れんれんリスナー』
『スーパーチャットありがとう! お友達も誕生日おめでとうございます! わー、なんかこういうのいいね。これからも友達と一緒に配信見てね』

 リスナー達からも怒涛の誕生日おめでとうコメが流れて、温かなお祝いムードだ。
 れんれんリスナーなら私にとっても友みたいなもの。私もおめでとうとコメントした。

『……ちょっと真面目な話してもいい? 俺にもさ、大好きな友達がいるんだ。あの子がいなかったら今の俺は存在しない。心から感謝してるよ。今もこの配信見てくれてるしね。本当に特別な子なんだ……って恥ずかしいな。みんな友達は大切にしてよ? 俺ももっともっと大事にしようっと!』
「っ!」

 れんれんが優しい表情で本当に愛おしそうに語るから胸をぎゅっと締め付けられる。
 頭に浮かんだのはれんれんに少し似ている蓮見くんの笑顔だった。
 私は友達を大切にできていない……こんなんじゃ、れんれんリスナー失格だ!





「――そ、それは友達をやめたいってことですか……?」
「本当にごめんね! でもやっぱりこんな関係よくないと思うんだ……一度この関係をリセットできないかな」

 水曜日の放課後――ついに私は差し出されたポチ袋を跳ね除けることができた。
 さよなら、今晩のれんれんのゲーム実況でスーパーチャットになる予定だったお金。

「な、何で……僕は香坂さんに仲良くしてもらえて幸せだった……僕た、ちは"好き"の気持ちを交換こしあってるか、ら……両思いだって信じてたのに……香坂さんは……もう、僕に興味なくなっちゃったんですか……声、聴きたくないってことですか……お金を受け取ってくれないってことは僕のは……しん……にもう来てくれないってこと……」

 鼻をすすって泣いている蓮見くんの声は普段の何倍も聞き取りにくい。彼が縋るように抱きしめ、潰れた箱には二十万以上もする高級ヘッドホンが入っている。
 私への日頃の感謝の気持ちだと言ってプレゼントしようとしてきたのを突き返したのだ。本当の本当は喉から手が出るほど欲しかったけれど。

「や、です……僕、は香坂さ……っが見てくれないなら上手く喋れない……っ、嫌だ……怖い、嫌だよ……っ」
「……蓮見くん? ごめん。今までもらったお金はちゃんと返すから……ごめんね! また話そう」

 話す場所を完全に間違えてしまった。道端で男女の片割れが大泣きしている場面は別れ話中のカップルに見えるのかもしれない。
 通行人からの視線に耐えきれず私は逃げるようにその場を後にした。

 蓮見くんを傷付けてしまったけれど、こんな……お金目当ての関係を続けるよりずっといいはずだ。
 それにしても彼が私に払ってきた友達料金はどこから出ているのだろう? 高校生がバイトで稼げる金額とは思えないし、家が相当なお金持ちなのだろうか。
 だいぶ先になってしまいそうだが……私が"友達料金"を全額返済した時、今度こそ彼と本当の友達になれるのかもしれない。

 ……しかし、私の考えは甘かった。翌日の木、金と蓮見くんは学校に来なかった。
 そして何の偶然か、この日を境にれんれんの配信もツイッターの更新も止まってしまったのだ――


 私の生きる糧であるれんれんのASMR配信の告知がない日曜日が来た。

『体調が悪いの? れんれんのこと待ってるからね。れんれんの子猫になりたいより。』

 本来なら匿名メッセージツールのマシュマロに、名前の主張強めのメッセージを送ってからわずか五分後――

『みんなごめん。ちょっと寝込んでた! 今日のASMR配信はいつもどおりの時間にするから見に来てね』

 れんれんは四日ぶりにツイッターを更新してくれた。
 やはり体調を崩していたみたいだけど配信できるまでに回復したならよかった。ほっと胸を撫で下ろしたのと同時刻、

『香坂さんに会いたいです。今から僕の家まで来てくれませんか』

 届いたラインは蓮見くんからだった。ご丁寧に私の家から蓮見くんの家までの道順をなぞった地図アプリのスクショ付きだ。
 れんれんだって活動を再開するのだ。蓮見くんとの問題も今日中に解決したい……私は誘いを了承した。





「みんな配信に来てくれてありがとう! 心配かけてごめんね。もう大丈夫」

――すぐ近くで誰かの声が聞こえる。誰か? いや、この声はれんれんで間違いない。
 れんれんの配信始まっちゃったんだ……。

「――っ!」

 ハッと気付いた瞬間、視界は真っ暗だった。
 目を覆っている何かを外したくても手が使えない。両腕を後ろ手に縛られた状態でどこかに転がされているらしい。
 ソファーの上だろうか。柔らかいけれど反発力のある布地の質感を全身の肌で感じる。
 ――私は裸なのだ。

 何も見えない中でも自分の置かれている状況が少しずつわかってきてパニックに陥る。
 思うままに「ここはどこなの」「助けて」と叫びたいが、噛まされている何かに飲み込まれて私の悲鳴は声にならない。

「みんな、ヘッドホンかイヤホンの用意はできた?」

 落ち着いて、落ち着いて考えろ。私は蓮見くんの家にお邪魔していた。出された紅茶を飲んだのは確か十八時過ぎだったか。
 れんれんの声は相変わらず私のすぐ横から聞こえてくる。配信を流しているのだとすればもう二十二時過ぎということになる。
 紅茶を飲んでからどうしたんだっけ。ここはまだ蓮見くんの家?

 冷静でなんていられないが、それでも私は手がかりを求めて耳を澄ませる。

「久しぶりの配信だからね。今日のASMRは刺激強めになるかも……」

 れんれんの声、パソコンのファンの音、椅子がギッと軋んで、誰かが私に近付いてくる気配がする。
 ……だ、誰? 蓮見くんなの? 聞きたいのに声が出せないのが酷くもどかしい。

 暗闇で頭を撫でられた。きっと乱れているであろう私の髪を誰かが整え、耳にかける。
 露出された耳の形を確かめるようになぞってくる、誰のものかもわからない指先がおぞましくて鳥肌が立つ。身をよじったら耳元で声がした。

「逃げちゃだめ」
「っ!」

 いつも聴いている推しの声だ。吐息を感じるほどに近い距離で私に囁いている。
 そこにいるのはれんれん、なの? れんれんの声で言われたらもう動けない。
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