創作夢

□最終話
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 しろを私の車に乗せるのは初めてだった。
 正直勘弁してほしいが、「お姉さんの匂いがするー」と言って目一杯空気を吸い込んでいるしろを助手席に乗せ、家まで送るのだ。
 人に見られたら困るからとしろは私と一緒に出かけることを嫌がっていたからお休みの日はいつも家でくっついて過ごしていた。
 ……猫のしろも一緒に。

「しろ、大丈夫そう? 暴れてない?」
「にゃー」
「いい子にしてるよ。しろー、狭いとこ閉じ込めてごめんな。でも、俺の友達悪い奴じゃなかったでしょ?」

 しろの膝上のケースに入っている"しろ"のことが気になって運転に集中できない。
 ……そう、しろが帰ってきたのだ。
 もう一人のしろこと礼坂真白を家へ送る前に寄ることになったのはそれはそれはご立派な邸宅で。そこで私は、迷子になっていたしろと無事に再会することができた。

 真白を信じてたのに、しろを連れ去った犯人だったなんて許せない。
 友人の家に向かう道中は真白の謝罪をBGMにしながら怒りに震えていたが、元気そうなしろの姿を見たら気持ちが軽くなった。

「絶対売らないからね。あの家族によく言っておいてよ。しろは私の家族なの。お金じゃ買えないんだよ」
「……ペットショップで買ったくせに」
「う、うるさい!」

 真白の友達の幼い妹がしろのことを可愛がってくれていたらしく、別れ際わんわん泣かれて困ってしまった。
 それにしても金持ちっていうのはどうして何でもお金で解決しようとするのか。私はいくら積まれてもしろを手放すつもりはない。

「……お姉さん、手繋ぎたい」
「事故ってもいいなら」
「いいけどちゃんと一緒に死んでよ」

 隣から拗ねたような声が返ってくる。
 カーナビの到着予想時刻によればあと五分でしろの家に着いてしまう。道を一本……いや、真白のためならいくらだって間違えたい衝動をこらえて私は運転に集中する。

「これで一生会えなくなるわけじゃないんだからね。死ぬとか物騒なこと言わないの」
「お姉さんに一年も会えないなら死んでるのと一緒だよ。ね、こっそり連絡取ろうよ。適当な通話アプリ使ってさ。バレないって」
「だめだよ。むしろ良い条件をもらえたと思うから約束を破りたくないな」

 しろが高校卒業するまでは会わない。連絡も一切取り合わない。そうすれば私はしろを泊めたことを許されることになった。
 家を出る前にしろが礼坂社長に電話をし、何やら長々と話し込み、やっとのことで引き出した条件だった。卒業するまでは……ということは、卒業後には好きにすればいいと認めてくれたも同然。
 しろは高校二年生、あと一年半の辛抱だ。

「俺がDKの間にデートしたくないんですか? 文化祭来てくれたり、テスト応援してくれたりしないの? ああくそっ、何で同い年じゃないんだ……っ」

 高校生の心は移り変わりやすい。学校生活に戻ったらクラスメートの女子を好きになるかもしれない。多分そっちの方が自然。
 それでも横でぶつくさ文句を言っているしろを見ているとあまり不安じゃない。それどころか、礼坂社長は私のお義父さんになるかもしれない人だから約束を破りたくないとすら思っていた。

 ナビの予想時刻通りに着いた礼坂家は、しろが私とは本来住む世界が違う男の子であることを痛いほど伝えてくる。

「お姉さん、約束して! 俺がいなくなって寂しいからって絶対にお酒飲まないでね。お姉さん危なかっしいんだからさ。それに化粧落とさず寝たらだめだよ。好きな料理しか作らないのはよくないよ。バランスを意識して。あの水谷って奴と仲良くしないでね!」
「わかったってば。時間やばいよ」
「それから! それから――」

 こちらに身を乗り出し、指折り喋るしろの舌は止まりそうもないから、唇で塞いだ。何度もキスをしたけれど、私からしたのは初めて。

「あ……」
「あははっ、しろでも照れることあるんだ」

 いつもあんなに大人顔負けのキスをしてくるしろが、たった一瞬のキスで顔を真っ赤にしているのはなんだかおかしかった。

「……待ってて。すぐ大人になるから」
「うん」


―――――――――――――――
しろ @shirokun_ura
神様を見付けたから裏垢男子やめます
―――――――――――――――

 しろのツイッターのアカウントはこのツイートを最後に更新が止まり……
 生理が来たと私が呟いた日にアカウントごと削除されてしまった。
 しろが裏垢男子として神待ちなんてやっていなければ私達は絶対に出会えなかった。始まりはおかしかったけれど、私はあの日しろに連絡したこと後悔していない。





 翌年の暮れ――アヤサカデンキ創業五十周年を記念したパーティーが都内のホテルにて盛大に執り行わなれていた。

「お前のツイッターすごいよな。三十万いいねいったんだろ?」
「そうなんだよ! うちの猫様の可愛さが世界に知れ渡っちゃったよ!」

 なんだか落ち着かない立食パーティーの席で、私は水谷くんを前に鼻高々だった。
 一ヶ月前にツイッターに上げたしろの写真がバズりにバズったのだ。ネット記事にさせてくれとか、写真集を出さないかという連絡がもう何件も来ており、フォロワーも先日一万人を超えたところだ。

「今度家行ってもいい? しろに会いたいわ」
「えっ!? 家はちょっと……あ、お手洗い行ってくるね」

 しろと離れてから一年が経つ。私はしろに近況を伝える気持ちでツイッターをしているが、しろの動向はわからない。
 たまにどうしようもなく不安になる。もう他に好きな子ができていて、私のことなんか忘れちゃってて……来年の三月、しろは私に会いに来てくれないんじゃないかって。


 トイレの鏡で髪を整える。今日の私は美容院でヘアメイクをしてもらったから、多少は見栄えがするはずだ。
 社員の家族も出席するパーティーだから、しろも来るかもって期待してたんだけどな。

「しろ……」
「なあに? お姉さん」
「っ!」

 ため息をつきながらトイレから出てすぐに懐かしい声がした。私が振り向くより先に背後から伸びてきた腕に抱きしめられる。

「し、しろ……?」

 たった一年会っていなかっただけなのに懐かしさで泣きそうだ。
 しろはスーツに身を包み、髪もフォーマルな場に合わせたセットをしているようだった。顔が見たいのに、私の肩に顔を埋めているしろは顔を上げてくれない。

「元気してた……?」
「まあ、なんとか生きてた。お姉さんは……元気……だよね。最近のお姉さん、しろの写真ばっかり上げてるもんね。俺がいなくてもしろがいればいいんですよね」
「やっ、それは!」

 そういえばしろの写真がバズってから、しろ……真白に向けたツイートをしていない。
 記憶の中のしろより思いのほか低い声が返ってきたから私は焦るしかなかった。

「……帰ったらさ、しろいないかもね」
「え……?」

 しろが脱走したと思った、あの絶望を忘れていない。まさか……抱きしめられている背中にひやりと冷たいものが走る。

「お姉さんの住んでるマンションの更新月って来年の四月だよね。契約更新しなくていいからね。俺が四月からマンション借りるから一緒に暮らそ。俺とお姉さんと……しろの三人で!」
「うん!」
「あははっ、お姉さんびびってたでしょ? ほんと可愛い人だね」
「なっ、だって!」

 パッと体を離し、見せた笑顔は前と全然変わっていない。身長は少し伸びただろうか。泣きそうだったのに、しろの態度がこんなだから私も釣られて笑みがこぼれる。

「っと、名残惜しいけど、あいつに見られる前に行かなくちゃ」
「え、もう?」
「……天音、ありがとう。必ず迎えに行く。そしたらもう離さない。約束だよ」
「……うん」

 ああ、来年の春が待ち遠しい。しろは私のことをもう一度強く抱きしめてから先にパーティー会場に戻っていった。


――私が簡単には近付けない場所で、礼坂社長と奥さんが談笑している。その傍らのしろはつまらなさそうだ。
 彼らに話しかけに行くのは本社のお偉いさんだけ。同じ会場にいるのにどこか遠い。
 線引きがされているような空間で、目が合ったしろは笑みを返してくれた。


 

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