創作夢

□07
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「っ、ん、ん……」

 真っ暗な寝室で、眼鏡を外したしろと抱き合いながら私は夢心地で目を閉じていた。
 しろのエッチは繊細だ。触れるだけのキスをしながら、ゆるゆるとした軽い動きで私の内側を甘く解いていく。

「ね、お姉さん気持ちい?」
「う、ん……」
「ん……俺も」

 唇をくっつけたままの会話。私の中でしろの自身が少し質量を増した。
 しろが一度果てて新たなゴムに付け替えてからはキスをしたままずっと繋がっている。
 体の中で感じ続けているしろの熱が激しく動いて私を責め立てることはないけれど、もどかしくはなかった。落ち着いた長い息を交換しながら体温を分かち合う、私の機微をしろは見逃さない。

「は……可愛いね。イッていいよ」
「っ、あ――っ!」

 時々訪れる深くイキそうなタイミングに私の弱い場所は的確に突き上げられる。精密機器のような繊細な動きでトントン、トントンと押し上げられた場所から全身に快感が広がり、何度も絶頂を迎えてしまうのだ。
 そうしてびくびく震える私をしばらく抱きしめ落ち着くの待ってからまた揺りかごを揺らすような腰の動きを再開させる。

「お姉さんこうしてると幸せだね……」
「あ、あ……」

 しろが私の首に顔を埋めると同じシャンプーの香りがふわりと香る。緩やかで心地のいい感覚がもう何時間も続いていた。気持ち良いけれど、目を開けていられない。

「ん……このまま寝ていいよ。朝までずっとこうしていようね」
「……あ……う、ん……」

 そっと触れるだけのキスがまぶたに落ちてきた。赤ちゃんを寝かしつけるように胸のあたりを優しく叩く手と、あそこを揺らすリズムが同じだ。
 聞こえるのはお互いの吐息だけ。二人が混ざり合う水音もほとんどしない。
 しろのエッチは静かだ。乱暴に捨てられたコンドームの件が嘘みたいに優しい。

 元彼は私を優先し、気遣うエッチをしてくれるタイプの人ではなかった。
 前戯はそこそこに、自分がイッたらおしまい。まあ私が変に感じている演技をしたり、自分からは積極的にならなかったのも良くなかったし、そんなもんかなとも思っていた。
 でも、しろとは違い、元彼とは愛し合っていた期間も確かに存在したはずだ。なのにこんな充足感は味わったことなかったな……。


「――ねぇ。さっきからなに考えてんの?」

 不満そうな声が微睡みの中にあった私の意識を呼び起こす。

「んん……眠たくてぼーっとしてただけ」
「嘘だ。俺以外の男に意識がいってた。繋がってるからわかるよ。何を思い出してたの?」
「……ごめん。しろのエッチは静かだなって。その……元彼とのエッチはもっとギシギシうるさかったから」
「お姉さんってさ、激しいのが好きなの?」
「え、」
「なら早く言ってくれればよかったのに」

 ピ、と耳慣れた電気のリモコンの音がして、突然の眩しさに目が眩む。

「思いきり突いてあげる」
「っ! あっ!」

 ズンッと重たい衝撃が走った。縮み始めていたしろの熱が腰を打ち付ける動きとともに大きくなって、私を深々と貫いている。
 そのまましろは激しく腰を振り始めた。すっかり油断していた奥の奥まで突き上げられ、ビリビリと痺れるような快感が走る。

「目閉じちゃ駄目。ちゃんと俺を見て。そんで自覚してよ。今このベッドでお姉さんを抱いてるのは俺だよ」
「あっあっ、あっ、しろ、や……っ!」

 まだ光に慣れないまぶたを無理矢理指でこじ開けられると、しろは正常位の状態で体を起こして私を見下ろしていた。

「ほら、ほらあ! お姉さんの良いとこグリグリしてあげる……っ」
「いやあ! あっ、あっ!」
「あははっ、すっごい音鳴るね。お姉さんは俺ので気持ち良くなってるんだよ。わかってる? 目開けてね。俺以外の夢なんて見させないから」
「ああっ、やあっしろ、急に激し……っ!」

 恥骨がぶつかり合う音と私の中を掻き回す水音が大きくなり、スプリングがギッギッと聞いたこともないすごい音を上げていた。
 浅い呼吸で髪を振り乱しながら、独りよがりに見える激しい腰の動きをしながらも、しろの長いストロークは私の感じる場所だけをひたすらに責め立て続けている。

「あああっ!」
「締めすぎ……っ」

 子宮を揺さぶられるような快感に私の体はすぐに限界を迎えた。しろは歯を食いしばり、私の奥へと欲を吐き出した。
 そのまますぐに性器が引き抜かれる。私の体にはどっと疲れが襲ってきた。
 白濁の溜まったゴムを縛ってゴミ箱に放り投げるしろの姿をうとうとしながら見上げていると、ビニールの封を破る嫌な音がした。

「ゴムならまだまだあるんで。ベッドぶっ壊れるまでしましょうね」
「ひっ」

 ゴムの袋を口で破きながら、大人びた笑みを浮かべるしろに絶望する。

「っあっああっ!」
「ん……っ、お姉さ、天音……っ」

 二回もイッているのに固さを失わないしろの性器が私の最奥を突き上げる度、目の前がチカチカする。
 演技で出そうなんて意識しなくてもひっきりなしに漏れる自分の声とスプリングの悲鳴を聞きながら、私はしろが満足するまで開放してもらえなかった。





――朝、なんとかアラームで起きられたのは幸運だった。いつもの手順で化粧を進めるも、鏡に写る私はくまが酷い。憂鬱な気分だ。

「俺、なんか悔しいんだけど。あんなにしたのにお姉さん普通に仕事行くつもりなんだもん。腰砕けたー……とか可愛いこと言ってくれないの?」
「だ、だって私は動いてないから案外平気だよ」
「じゃあ今晩はお姉さんが上乗ってね。今度こそ泣かす」
「ば、ばか……」

 今晩もするなんて私は言ってないですし。勝手に決めないでもらいたい。
 化粧中の私の隣で、机に頬杖をついてむくれているしろはまだ下着姿だ。この様子では当然出ていく気はないらしい。夏休みの間だけは泊まることを許可してもいいかな、なんて私も思っている。

「しろー、服着なよ。エアコンつけてるんだから寒いでしょ。クローゼットの中から適当に部屋着出してきなよ」
「いらない」
「えー、どうして? 前は着てたじゃん」
「もう着たくないんです」

 しろに声をかけながらも私は目元に集中していた。苦手な左目のアイラインを引くところだ。以前元彼が買ってくれたアイライナーは乾くのが早くて滲みにくいから重宝しているが、失敗するとめんどくさいことになる。

「……それ、大切な物なんですか。他の化粧品と分けて置いてますよね」
「このアイライナー? そうだね。何となく。デパコスはあんまり持ってないから分けてるかも」
「……他の男の匂いがする」
「えっ!?」

 突然しろの手によって取り上げられたアイライナーが私の頬の上を滑る。

「あーーっ!!」

 慌ててその手を跳ねのけて鏡を覗き込むと、私の頬には"しろ"という文字とハートマークが途中まで書かれていた。

「なっ、何してくれるの!?」
「あははっ、名前書いたからお姉さん俺の物になっちゃったー」
「朝は遊んでる時間ないから! もう……っ、こんな顔じゃ仕事行けないよ」
「休めばいいじゃん」
「そういうわけにいかないの。お金のために働かなきゃ」

 乾いてしまっていてティッシュではもう拭えない。ベースメイクからやり直し確定だ。仕方なくメイク落としシートを使うと、私の顔面に刻まれたしろの名前はすぐに消えた。

「お金ってそんな必要ですか?」
「当たり前でしょ? 収入が多ければ多いほど生活は豊かになるし、幸福度も上がるんだよ。そういう統計も出てるんだから」
「統計なんてどうでもいいよ。お姉さんはお金がいっぱいあったら幸せになれるの?」
「もちろん!」
「ふぅん……」

 しろが面白くなさそうに机に突っ伏しながら含みのある声を漏らす。しろのイタズラで時間を大幅にロスしている。私はそこで話を切り上げ、準備を急いだ。


――思えば、しろの様子は少しおかしかった。
 前にうちに泊まっていた頃、元彼の愚痴を涼しい顔で聞いてくれたしろとは違う、私に対しての独占欲のようなものが生まれていることには何となく気付いていた。
 けれど、仕事から帰ってきて玄関に置かれたゴミ袋を目にすればさすがに驚く。

「お姉さん、お仕事お疲れ様! ちょっと待っててね。ゴミ出してきたらまた昨日みたいに舐めてあげる」
「い、いや……何をしてるの?」
「何って、お姉さんは仕事で忙しいから元彼の私物の整理できなかったんだよね。俺が代わりにまとめてゴミ置き場に捨ててきたよ。ただ、捨てるの忘れてた物があってさ。この袋でおしまい。マットレスは粗大ゴミだし、代わりの布団がないから今日はやめておきました。シーツやカバーは元彼と別れてからお姉さんが新しくしたものでしょ?」

 しろの持っている半透明のゴミ袋にはカバーを外した枕のみが入っている。私のマットレスにかけているシーツも布団も枕カバーも彼と付き合っていた当時のままだ。
 別れる二週間前に買ったものでまだ綺麗だし、そんなに思い出深くもないから使い続けていた。自分でもどうかと思うが、捨てるのは躊躇してしまったのだ。

「え、違うの?」

 硬直する私を見て、しろはゴミ袋を抱えたまま寝室に入っていった。
 開けっ放しのドアから袋が擦れる音がして、すぐに玄関に戻ってきたしろのゴミ袋はパンパンに膨らんでいる。

「お姉さん、不用品はちゃんと捨てようね」

 そう言ったしろの笑顔は不自然なほど明るく、有無を言わせない力を持っていた――

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