創作夢
□04
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しろ視点
▽
総従業員数十万人の大手企業「アヤサカデンキ」代表取締役社長、礼坂一臣(かずおみ)――
テレビ越しだが久しぶりに見た父親の姿に苛立ちが収まらない。限界まで蛇口をひねり、血が上った頭に冷水を浴びる。
『僕がやっていけるのは支えてくれる家族の存在が大きいですね。忙しい中でも必ず週に一度は休みを取って家族と過ごすようにしています』
「はっ……笑える」
嘘ばかりだ。父は限られた日にしか家に帰ってこない。
大抵は起業家や役員開催のパーティーにお呼ばれした日か、仕事でお世話になっている人のお祝いの席に家族で出席する場合。月に一度顔を合わせるかどうかだった。
兄、俺、弟、誰の誕生日も祝うことがなかった父が兄の十二歳の誕生日に一度だけ帰ってきたことがある。父は無邪気に喜ぶ兄におめでとうを言うこともなく、ケーキの前で写真を一枚撮って出ていった。
"長男の誕生日をお祝いしました"
父のフェイスブックに載せられた笑顔の家族写真。きっと他人の目には仲の良い家族に映るだろう。
そして、仕事が忙しい中でも家族を大切する好感度の高い経営者、そんな感想を持つ人もいるかもしれない。
テレビのインタビューだってそうだ。あいつが家族をかけがえのない宝物のように思っている?……全く反吐が出る。
高校生の息子が二ヶ月も家に帰ってこないっていうのに何もせずよく言えたもんだ。あいつは家族のことなんて何とも思っていない。
だって、だってあいつは兄さんを――
「くそ……っ」
怒りに任せて壁を殴った拳がジンジンしびれている。
先週ツイッターでたくさん届いたメッセージの中から天音に返事をしたのは、猫を飼っていることが理由なんかじゃない。
過去のツイートを見て、彼女がアヤサカデンキの社員だと気付いたからだ。
アヤサカデンキ社員の未成年淫行、しかも相手は社長の息子――
週刊誌の格好のネタだ。未成年の息子が家出中だったと世間に知られればあいつの評判は相当悪くなる。
俺の力でアヤサカデンキを倒産に追い込むなんてのは到底無理な話だ。でも、あいつの名前に傷をつけて、役員からの不信任票を集めることならできるかもしれない。
……そう考えていたのに何も行動しないまま今日を迎えてしまった。
「くそ、くそっ!」
アヤサカデンキと社長が話題になるテレビ放映翌日のタイミングに合わせる予定だったはずだ。番組が始まる瞬間まで忘れてたなんて俺は本当にどうかしてる。
『僕にとって、かけがえのない宝物な――』
良い人を演じるあいつの言葉、偽りの笑顔が頭をよぎって吐き気が込み上げてくる。
――やっぱりお姉さんを利用するしかない。そのために近付いたんだろ。
勢いよく降り注ぐシャワーを止める頃には全身冷え切っていた。
▽
俺の次にお風呂から上がったお姉さんはユーチューブで動画を見ながらストレッチを始めた。薄手のパジャマのショートパンツから色白の太ももが覗いている。
俺と同じ空間にいるだけでそわそわと落ち着かない様子だった頃が嘘みたいにリラックスモードだ。
「よし、と。そろそろ寝ようかな。しろも早く寝なよー。昨日遅くまで起きてたでしょ」
「ゲーム終わるタイミングがなかったんです。今日はもう寝るよ」
「そう? ちゃんと電気消してよ。次に電気つけっぱなしで寝たら家から追い出すって忠告したの忘れてないよね?」
「覚えてるよ。お姉さんこっわー」
「当たり前です。電気代も馬鹿にならないんだからね」
俺がお風呂に行く前に不自然な態度を取ったこと、もう気にしていないようだ。
お姉さんはつくづく危機意識がない。ネット経由で知り合った人数は二桁を超えているが、こんな無防備な人とは初めて会った。
大人は嘘をつくのと自己保身が上手だ。
「しろくんのことが心配なんだ」と言って、何かとこちらの素性を聞き出そうとするくせに、自分は素性を隠したり偽の身分を語る。
でも、バレたらまずいことをしているのだからそれが普通だ。
リアルの知り合いと繋がっているアカウントで未成年に連絡を取り、一緒にタクシーに乗り、本名から給与明細、通帳まで晒し、鍵を渡してくるお姉さんが馬鹿なだけ。
数分の時間を置き、お姉さんの寝室の明かりが廊下に漏れ出していないのを確認してから俺は静かにドアを開けた。
「えっ、しろ? なに!?」
「ああ、電気つけないでください。今日だけ一緒に寝たらだめ? 嫌なことを思い出して……なんかわかんないけど、すごく寂しくなった」
お姉さんと知り合ってからたったの一週間、短い付き合いだ。
だけど、こう言えば隣で寝ることを許してくれるってわかる程度にはお姉さんの性格を把握していた。
「……きょ、今日だけだからね」
▽
セミダブルのベッドで落ちないようにするにはどうしても近い距離で寝る必要があった。
枕も布団も半分こ。触れ合う肩越しにお姉さんの緊張が伝わってくる。
お姉さんは経理をしているらしい。真面目な性格だけど、孤独でお金に困っている。
上手く取り入ったら未成年淫行以上のもっと大きなニュースを作ることができるかもしれない。
お姉さんの男性経験は同棲していた彼氏だけ。俺なら彼女を騙すのは簡単だ。
一、二ヶ月かけて完全に落としてから、実はお金が必要で……と適当な嘘をついて誘導してみようか。
暗闇に目が慣れた頃、お姉さんは静かに寝返りをうった。俺に背を向けた横向きの体勢だ。
先週の月曜みたいに寝坊しないよう俺が隣にいても何とか寝る気のようだ。
「お姉さんは何で俺をいつも寝室から追い出すんですか?」
「だ、だってベッド一つしかないんだからしょうがないよ」
「一緒に寝ればよくない? 俺高校生だよ? お姉さんからしたら俺なんてガキだよね。なに意識してんの」
「しろ、っ」
お姉さんの近くに寄って隙間なく閉じた太ももに手を置くと背中が大きく震える。吸い付くようなしっとりとした肌だ。
出勤時はベージュのストッキングで隠されているお姉さんの太ももの感触を楽しみながら手のひらを中心に向けて這わせていく。
「俺とのエッチ気持ちよくなかった?」
「……っ」
緩いショートパンツの隙間から手を差し込んで下着の縁をなぞれば、お姉さんは面白いように体をくねらせる。
意地悪な質問だな。あの晩のお姉さんは何度も達しては俺を求めていた。快楽に弱そうな素直で可愛い体をしている。
それが久しぶりのセックスだったからなのか、酔っ払っていたからか、それとも元彼に開発されていたのかはわからないが、俺の目的のためには好都合だった。
「お姉さん、また"ここ"触ってあげようか」
クロッチに沿って指を押し当てると彼女のそこはもう湿っていた。中指の先で下着の縁から順番に辿ると、俺の指の動きに合わせて濡れた布地があそこにぴったりと張り付いていく。
「濡れてるのわかりますか? 俺にまた触ってもらえるの待ってたんだね。お姉さんの形いやらしく浮かび上がっちゃったよ」
「あっ、やっ、やだ。言わないで」
「あーあ。見えないのが残念だな。すりすりしちゃおっと。お姉さんのあそこ柔らかい……あ、でも。一箇所だけ固いところがあるね。ここ、どんな感じがする?」
「ひあっ!!」
お姉さんの一番弱いところ、小さな突起の下にあえて爪を立てるとクリトリスが爪に引っかかる。"きゃあ"と甲高い声を上げ、逃げようとする体をもう片方の腕で押さえ込む。
固くなったクリトリスの芯を爪で捉えながら下から上へ持ち上げるように引っ掻いてやれば、敏感なそこを守っていた包皮が剝けたのが何となくわかった。
「すごいなあ……お姉さんのクリトリスびくびくしてる。酔ってなくても感度いいんだね。えらいえらい」
「ひっ、あっ」
「爪でカリカリされるの好き?」
「ひゃあっ、あっあっ!!」
いやらしい声出しちゃって。こんなこと直接したら痛いだけだろうが、布越しだから丁度良い刺激となっているらしい。
火照ったお姉さんの体を抱きかかえているし、お姉さんがエッチすぎるから俺のまで熱を持っている。
邪魔な布団を剥いで体を起こすと、力の抜けたお姉さんの脚を大きく割り開く。
「お姉さん、お願い。これからは毎晩一緒に寝たいな。だめ……?」
「やっ、やあっ!」
「えー? いいって言ってくれるまで続けちゃうよ?」
ひっ、と短く息を飲んだお姉さんを見下ろしながら指の動きを再開させた。
下着の上から執拗にクリトリスを撫でつけ、蜜を溢れさせている膣口に時々指をぐっと押し込んだり、達するには足りない刺激でもお姉さんはひっきりなしに声を上げている。
「ねー、いいじゃん。お姉さん仕事がんばってるからさ、良い子だねーっておまんこよしよししてあげる」
お姉さんのあそこは俺の指がふやけてしわしわになるくらいの大洪水だ。下着が吸い込みきれなかった愛液がショートパンツを濡らしているが、もうシーツまで染みてしまったかもしれない。
それでもお姉さんはお酒の力がなければ理性を手放せないようだ。イキたいと素直におねだりしてこないし、かといって俺のお願いに"いいよ"と頷いてもくれない。
「お姉さん寂しいんでしょ? 毎日くっついて寝よ。そうしたら寂しくないよ」
「あ……っ、あっ、しろ、は?」
「え……?」
「しろも、寂しくなくなるの?」
お姉さんの声は喘ぎすぎてかすれていた。
寂しいから一緒に寝たいと言ったのは寝室に入れてもらうための嘘だ。
嘘、だったはずなのに、不思議とお姉さんの言葉は俺の体の内側のよくわからない場所に入り込んできて、収まりが良かった。
「わ、たしね……遅刻した日、出て行くように言ったけどね。帰ったらリビングでくつろいでるしろの姿を見て、少し安心したの」
「――」
縋るように伸ばされた腕に引き寄せられて、天音の胸に抱きしめられる。
"俺も。いろんな人の家を渡り歩いてきたけど、お姉さんちが一番居心地いい"
こう言ったら多分お姉さんを喜ばせることができる。すぐに頭に浮かんだ言葉だったが、声には出せなかった。
この言葉がお姉さんを騙すための嘘なのか、自分でもわからなかったからだ。
「お姉さん、中途半端な状態で辛いでしょ? イかせてあげるね」
「あっ!? やっ……あっ、ああっ!」
お姉さんの腕の中から抜け出して下着の中に手を侵入させる。とろけきったあそこは俺の指を難なく二本飲み込んで、きつく締め付けてくる。
セックスは好きだ。大人ぶろうとしても普通に思春期だし、普通に気持ち良いし、セックスしてる時間は嫌なことを忘れられる気がする。
だからお姉さんに挿れたい。俺だって我慢していたし、こんなに濡れてるんだからすごく気持ち良いだろう。
でも、できない――
罪悪感が俺を支配していた。
アヤサカデンキの社員なんかどうなろうと知ったことではないと思っていた。けれど、お姉さんは俺の勝手な都合で人生転落させるには人が良すぎる。
もしも会社をクビになったら、もしも前科なんてついてしまったら、馬鹿で不器用な彼女はどう生きていくんだろう?
猫のしろもいるから、しばらく連絡を取っていないという両親を頼るのだろうか?
お姉さんと俺とじゃ理由は違えど、家に帰りたくない気持ちは共通していたのに……。
「あ、あ……しろ……」
「気持ちよかった? もう寝ようか」
さっきまで散々焦らし続けていたこともあり、お姉さんは俺の指ですぐに達した。
汗ばんだ髪を撫でると、お姉さんは俺の手に顔を擦り寄せながらこくりと小さく頷く。
俺はお姉さんのそばにいたらいけない。
そう考えた瞬間、初めて明確に感じた。寂しいって――