創作夢

□幼なじみが負け属性って誰が決めたの?
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――お願い。手を貸して。聖女の君にしか世界は救えない。君の力が必要なんだ!

 何度も何度も、繰り返し見る夢。白くもやがかった世界で誰かが私に呼びかけている。切羽詰まった声だ。
 私は声のする方に必死で手を伸ばす。

「起きろーっ!!」
「っ!」

 突然、全身に衝撃が走った。曖昧な白の世界から、オレンジ系のあたたかみのある蛍光灯の光が目に入る。そして、見慣れた男子が私の顔を覗き込んだ。

「お・は・よ・う?」
「うう……朝陽……」

 茶色がかった黒髪に、明るい茶色の瞳。隣の家に住んでいる幼なじみの朝陽だった。私と同じ高校の制服の上にピンクのエプロンをして、手にはお玉を持っている。
 パチパチと何度かまばたきをすればやっと自分の状況が理解できた。くるまっていた布団ごと私はベッドから落とされたらしい。

「いたた……もっと優しく起こしてよー」
「最初は優しく起こしました。いつまでも起きない方が悪い。ほら、顔洗ってきな。朝ごはん食べよう」
「んー……ありがとう……」

 私は自然と落ちてくるまぶたを根性で開けながら、朝陽が用意してくれた朝食を食べ始めた。
 朝陽は朝の情報番組を眺めながら箸を進めている。今日は朝から夜まで雨の予報らしい。「みなさん気を付けてお出かけくださいね」とお天気キャスターのお姉さんが締めくくると、ペット紹介のコーナーに変わった。

「あっ、もう時間ないよ。ちゃっちゃと食べて着替えてきて!」
「もう……いちいちうるさいなぁ」
「う、うるさいって何だよ! 俺はだらしない天音の面倒を見るようにおばさん達に頼まれてるんだからな!」
「はいはい。感謝してますよ」

 腰に手を当ててふくれっ面をする朝陽を軽く受け流す。
 私の両親は去年、私の高校入学と同時に海外赴任している。幼稚園から高校までずっと一緒で腐れ縁の朝陽は毎日私の家に通い、何かと世話を焼いてくれている。助かってるけど、お母さんみたいな言動がちょっとお節介に感じる時もあった。

 毎朝、朝陽が私を起こしに来て、二人で朝ごはんを食べ、二人並んで登校する。
 そうして教室に入れば「今日も夫婦仲良しですねぇ」とクラスメイトの男子にからかわれ、二人で声を揃えて「そういうんじゃないから!」と否定する。
 なんだか照れくさくて隣を盗み見すれば朝陽の頬はなぜだか赤く染まっているのだ。

 ここまでが私と朝陽のいつもの朝だった。この日常が、別に嫌なわけじゃない。
 だけど、少しだけ物足りないような……そんな気持ちを抱えながら今日も昨日と同じ一日が始まる、はずだった。

 彼と出会うまでは――


「ああ、聖女様! やっと会えた! 君を探してたんだよ!」

 彼――"アクア"との出会いは劇的だった。
 通学路の途中で土砂降りの雨が突然ピタリと止んだと思ったら私と朝陽の前に一筋の光が差した。その雲の切れ間から現れた彼は私の胸に飛び込んできた。
 光り輝く金色の髪に、角度によって碧色にも翠色にも見えるオーロラのような美しい瞳。その太陽みたいな笑顔を見た瞬間、私の心臓は初めて動き出したのかもしれない。

 運命の出会い――そう本気で思ってしまうくらいに、私の胸は高鳴っていた。





 アクアは異世界からの使者で、向こうでは魔法学校に通う十七歳。
 俺たちの住むこの世界に紛れ込んでいる魔王の手下を倒さない限り、異世界へ戻るための転移魔法は使えないらしい。
 アクアはしばらくの間、天音の家に居候することになった。
 幼い頃からずっと一緒だった、同い年だけど妹みたいな存在の天音と、得体のしれない男をひとつ屋根の下で二人きりになんてできるわけがない。当然ながら俺も天音の家にお泊まりだ。

 そわそわと落ち着かない天音とアクアがやっと寝ついた深夜――俺はアクアが眠るソファーの前に立つ。

「あのさあ――」

 ある日突然現れた不思議な男の子との恋が始まる?
 どこにでもいる平凡な女子高生の天音が特別な力を持った聖女?
 異世界転移して世界を救う?
 ……ああ、いいです。いいです。そういう展開、ほんとお断りしてるんで。

「天音が主役の物語があるとしたら俺とのラブコメなわけ。異世界とか聖女とか魔王とか、どーーーでもいいって何度言ったらわかるのかなあ?」
「っ!? あ、朝陽……っ!! 君が僕の先輩たちを殺してきた魔王の手下だったのか?」
「いやいや。俺は平凡な男子高校生だし、ただの天音の幼なじみだよ」

 平和なこの世界で俺が恋をし、ずっと見守ってきた可愛い可愛い幼なじみ。
 大切な彼女を俺から奪い、危険な目にあわせようとするこいつらさえいなければ、明日も明後日もずっとずっと平和で変わらない日常が続いていくんだ。

「アクア、お前で五十人目だよ。それじゃ、お疲れー」


――今日も天音のために朝ごはんを作り、お寝坊な彼女を起こす朝が来た。
 深い眠りについている天音の頬には涙が伝っていた。またあいつらが夢で語りかけているのか。

「天音、アクアのことは忘れていいよ。今日も天音の日常は俺が守るからね」

 天音のまぶたに手を当てれば黒い光に包まれて、彼女の涙がすーっと引いていく。さて、俺と天音のラブコメを始めようか。

「天音ー! 遅刻するぞ! 起・き・ろー!」

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