創作夢

□だからあなたは誰?
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「おはようございます! すみません。午前のシフト出られなくて……」
「おはよう。それはいいんだけど、本当に体調は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫です。昼まで寝たら治ったので!」

 入浴中に寝落ちして助けられた後――
 収納ボックスから彼が出してきた下着とパジャマを何とか着てベッドに入った。エアコンはいつも通り二時間で切れるようタイマーをセットしておいたとか言ってたような。そこから記憶がない。

 目が覚めて昼過ぎだと気付いた瞬間はそれはもう絶望した。
 朝が苦手な私はスマホのアラームと枕元の目覚まし時計の二段構えにしている。おかげで今まで寝坊をしたことはなかったのに、音に気付けないくらい相当ぐっすり眠ってたんだろうか。
 ただ、バイト先には既に欠勤の連絡がされていたらしく、無断欠勤扱いにならずに済んだのだ。

「いやー。それにしてもいい彼氏さん見付けたね。すごく丁寧な電話で印象よかったよ」
「……その人、彼氏じゃないです」
「え、彼氏って言ってたよ? 彼氏じゃないなら誰なの?」
「え、えっと……」

 こっちが聞きたい。彼は誰なんだ?
 でも、名前も知らない人ですなんてバカ正直に言ったら驚かせてしまうだろう。

「ま、まあ。近所の人です」
「ふぅん。恥ずかしがらなくていいのにね」
「あ、あはは」

 愛想笑いしつつ、自分が発した何気ない言葉に光明を見たかもしれない。
 彼は恐らく近所に住んでいるのだ――





 バイト中、ずっと考えていた。今日は友達の家に泊めてもらおう。
 きっと家に帰れば彼が玄関前で待っている。そうしてまた、夜ご飯用意しておきましたよ、とか言い出すに違いない。
 でも「相談に乗ってほしい」と休憩時間に友達へ送ったラインは未読のままだ。

「お疲れー。帰り道気を付けるんだよ。怪しい男の目撃情報があるからね」
「気を付けますね。お疲れ様でした」

 時刻は二十二時を過ぎている。友達から返信がないから、仕方なくいつもの家路を行く。
 雪が降ってもおかしくない寒さだ。自然にコートのポケットに手を入れて歩き出すと背後から声をかけられる。

「天音さん、バイトお疲れ様です! 迎えに来ちゃいました。今日はお休みしてくださいって言っておいたのに出勤するから心配してたんですよ」
「あ、あー……休むと給料減るし……」
「そうですよね……学校に通いながら一人暮らしの生活費も稼いでるなんて天音さんは本当に偉いです」

 相変わらず人当たりの良い笑顔を見せる彼はこの寒空に上着も羽織らずシンプルな黒いパーカーを着ていた。
 もしかして最近目撃情報のある黒いパーカー姿の怪しい男の正体って……。

 そのまま彼は、それがさも自然なことであるかのように私の隣に並んだ。
 帰ったらすぐに友達に……あまり気乗りしないが、場合によっては親にも相談しよう。そう固く心に誓いながら早足で歩いた。


 寒いし、バイト終わりにコーヒーを二杯飲んでしまったことも原因かもしれない。アパートに着く頃にはトイレに行きたい気持ちでいっぱいだった。
 やっと温かい部屋に入れる。私がいかに頑張り屋さんかをにこにこしながら語っている見知らぬ彼からも、トイレを我慢してる状態からも解放されるのだ。

「……んん? あれ? 嘘っ……」
「どうしましたか?」
「か、鍵が開かないの」

 何度やっても無理だ。鍵の回りが悪いわけではなかった。そもそも鍵が鍵穴の奥まで入っていかない。出掛けるときは問題なかったのに急に何で?
 このまま入れないかもしれないと思うと更にトイレが恋しくなってくる。寒さと苛立ちで鍵穴に差し込む手はぶるぶる震えていた。

「もう! 最悪なんだけど!」
「……トイレ貸しましょうか? 俺の部屋、そこなんで」
「え?」

 彼の指の先が、お隣の部屋のドアを指している。近所の住人の予想はしていたけど、近すぎる距離。
 しかも、昨日この部屋宛のハガキが私のポストに間違って投函されていた。
 名前を見たんだけど……名前、なんだったっけ。

「俺に何か聞きたいことがあるんですよね? 外は寒いですし、中でゆっくり話しましょう。シチュー作ってありますよ」





 ……おかしい。何かがおかしい。いや、彼は何もかもがおかしい……!!
 トイレの便座に座りながら、ばくばくと早鐘を打つ心臓を整える。

 彼の部屋に招かれて、視界に飛び込んできた光景は目を疑うものだった。
 間違えて私の部屋に入ったのかなと思った。同じアパートだから1DKの間取りや内装は当然一緒だ。
 でも、そういう問題じゃない。私の部屋のダイニングキッチンと同じ家具が全く同じ配置で並んでいた。
 置かれている小物も生活用品も何もかもが同じ。ところどころに彼の私物と思われる物も見られたが、それ以外は私の部屋が完璧に再現されている。
 トイレもだ。百均で揃えている便座カバーやペーパーホルダーなど、完全一致している。

 彼は私の部屋に勝手に上がり込んでいたのだから再現は可能だろう。
 問題点は何故彼が私の部屋に入れていたのか、だ。
 つまり彼は私の部屋の合鍵を持っている。そして、先ほど鍵が開かなかったことも無関係じゃないだろう。
 私は時間がないことを言い訳にしてこの問題を後回しにし過ぎた。

「ハァ……」

 洗面台に置かれているものも大体同じ。
 普通に自分ちに帰ってきたんじゃないかと錯覚しそうになるが、私の愛用ヘアケア用品の隣に見知らぬメンズ用のワックスが並んでいる。
 彼がシチューを温めている最中のダイニングキッチンにバッグを置いてきてしまった。こっそり取ってきて逃げよう。

 足音を立てないよう洗面所を出ると、ダイニングキッチンとは別のドアが目に入る。
 彼の部屋……どうせ私の部屋に似せているんだろうな。
 私は少し子供っぽいかもしれないけれど、シーツや布団など淡いピンク色で揃えている。普段黒い服を着ている彼がピンクの空間で寝てる姿を想像するとちょっと笑ってしまう。

 ……軽い気持ちで、覗いてみようと思った。


「な、なにこの部屋……」

 彼の部屋は私の部屋とは何もかもが違っていた。異様としか言いようがない。
 電気をつけて、まず目に入ってきたのは大量の写真。被写体は全て私だが、撮られた覚えのない写真ばかりだ。
 それらが壁や天井を覆い尽くしていて、元のアイボリーの壁紙が見えない。
 それに、壁際のデスクにはモニターが何台も置かれている。株をやっている人の部屋みたいだが、画面に映っているのは私がよく見知った景色だった。

「わ、私の部屋全体に、ベッドの上、ソファーの前、台所に、ダイニング、お風呂場、トイレ、バイトの休憩室に、教室の私の席に――」
「あはは。こういうの本人に見られるのはちょっと恥ずかしいですね。一応カメラ十台体制で回してます」
「っ!!」
「天音さん、男の部屋に勝手に入るのはよくないですよ。"お仕置き"ってやつしてみてもいいですか?」

 パタン――
 彼が後ろ手に部屋のドアを閉める。

「や――」

 そのまま押し倒された黒いフレームのベッドには白のシーツがかかっている。
 何で知らない男の子に監視されてるの? お仕置きって? わからない。わからない。この状況に全然ついていけてなかった。

「やった。いい感じの状況が作れましたね……」
「ん――!!」

 お仕置きなんてネットでしか聞かない単語だ。
 抵抗しようとした両腕を片手でひとまとめにされるとか、叫ぼうとした口を手で塞がれるとか、覆いかぶさってきた男の固い感触がお腹に当たるとか、全部全部ネットでしか見たことがない。
 それなのに。どうして彼は今、熱い息を漏らしながら私を見下ろしているのだろう。

「天音さんのスマホに監視アプリ入れさせてもらってるんですけど、一週間前に"無理矢理 お仕置き"ってワードでエッチな小説検索してましたよね?」
「っ、し、してないよ!」
「ああ、そうですよね。恥ずかしいですよね。でも、大丈夫です。俺もちゃーんと読んでおきましたから。期待通りのことしてあげますね?」
「ひっ……」





「っ、あっ、あ……っ」

 着ていた服はとっくに取り払われて床に転がっている。大きく左右に開かれた脚の中心で彼が指を動かす度に、私の写真に囲まれたこの異様な空間にぐちゅぐちゅと水音が響く。
 モニターが熱を持ってしまうからエアコンつけないようにしてるんですと言っていたが、室温は実際低く、冷え切っていた。私の体だけが彼の指と舌で散々いじめられ、火照らされている。

「んああっ、やっ、もっ、やだあっ」
「うん、うん。やですね。やめてほしいですね」

 明るい照明の下で素肌をさらけ出しているのは私だけだった。彼はパーカー姿で楽しそうに笑いながら、痴態を晒す私を観察し続けている。

「やああっ、あっ!」
「あはは。暴れない、暴れない。またイキそうなんですか? 三回イッてからおまんこびくびくが止まらなくなっちゃったからわかりにくいですね」

 彼の二本の指が私の中を責め立てていた。弱いとバレてしまった箇所をもう小一時間も擦り上げられ、細いのに関節だけが太い彼の指の形を体の内側から覚えさせられている。

「あっ、んあ、あ……もっ、やだぁ……!」
「やだ、じゃなくて"いい"ですよね? 素直になれないなら朝まで続けることになるけどいいのかなあ?」
「ひっ!」

 地声より低い声で囁きながら耳をねっとり舐め回される。そうして彼の舌は汗で湿った肌を味わうように首筋を通り、胸をやんわり舐めてから、その先端に狙いを定めた。

「……ほら。イケよ」
「あああっ!!」

 ちゅううっと下品な音を立てて吸い付きながらおまんこのお腹側のざらざらしたところをぐっぐっと押される、強すぎる刺激に体は限界だった。
 腰をのけ反らし、達すると、お股からだらだら垂れている愛液とは別の液体が彼の手のひらに溜まっていく。

「ふふっ、潮吹き二回目! 歓んでもらえて嬉しい。天音さんって月に二回程度しかオナニーしないけど、オカズは結構過激ですよね! 俺は天音さんの笑顔の写真とかで全然抜けるんで、男性向けのハードSMエロ漫画でオナってる天音さんを見たときびっくりしちゃいましたよ」
「……ち、ちが……あれは広告で出たから……試しにクリックしてみただけで」
「エッチな漫画、気になっちゃったんですね。可愛い。じゃあ今からあの漫画みたいにレイプで処女喪失してみましょっか? 俺は合意の元でしたい派だから本当はこんな酷いことしたくないんですよ? けど、天音さんはこうされたかったんですもんね?」

 爽やかな好青年風の皮を被っていた彼が取り出した男性器は血管がぼこぼこと浮き出た、絵で見るよりずっとグロテスクで凶悪な見た目をしている。

「やっ、それだけはやめて!」
「だーめ。これはお仕置きなんですから。俺は天音さんのことが大好きだから、お望み通りレイプしてあげますね」
「いやあああ!!」

 宛てがわれた彼の熱を拒否する力は私に残っていなかった。
 ……何でこんな目にあっているのだろう。
 私は彼の名前も知らないのに、彼に生活の全てを監視されていて付きまとわれた挙げ句、レイプだなんて――


「ふああっ、あっ、あっ、気持ちっ、そこ気持ちいよぉ!!」
「ん……っ、天音さん、すっごい幸せそうな顔してる。ふふ……俺も幸せですよ」

 私が痛い痛いと泣いていたのは何時間も前のこと。カーテンの隙間から陽が差し込んでいるが、それすら大分前の話だった。きっとバイトは遅刻だ。
 でも、いいの。彼の性器が私の奥を突いてくれる心地よさをもっと味わっていたい。

「天音さん、これからも天音さんのお家に勝手に入って料理や家事したり天音さんのパンツでオナニーしたりしててもいい? カメラと盗聴器とアプリで監視しててもいい? バイト中も学校も出先でも遠目からずーっと見守ってていいですか?」
「うん……っ、いいよ! ずっと見てて! わたしのそばにいて!」
「嬉しい、キスしたいな……っ」
「ん……っんむ……っ」

 素直に唇を開けて彼の甘い唾液をはらんだ舌を受け入れる。上のお口で必死に舌を絡ませて、下のお口では彼の勃起チンポをぎゅうぎゅうに締め付けてご奉仕を欠かさない。
 チューしながらエッチしてると脳みそとろけちゃいそうなほど気持ち良い。もうずっとイキっぱなしで、頭がふわふわしている。

「天音さん、ごめんねっ、お仕置き調教セックスが好きなのにいちゃラブ合意エッチにしちゃってごめんなさい」
「いいの……っ! もっと、もっとしよぉ!」
「う、ん……っ、いっぱいしましょうね。天音さんのエッチなところも頑張り屋さんなところも大好きですよ」





「ね、ねぇ、名前教えてくれないの?」
「えー……秘密です。天音さんが気にしてくれてるのが嬉しいんですもん」
「そんな……」

 私は自身の部屋で隣の部屋の彼と通話しながら、カメラをベッドの上にセットする。
 いつの間にかポストには鍵がかけられ、郵便物を覗けなくなっていたし、表札もない。一度は見たはずの名前はやっぱり曖昧で、私は彼の名前を知らないままだった。

「可愛くおねだりしてくれたら考えます」
「う、ん……わ、私のここを……いじめてください……」

 カメラの前で両脚を大きく開き、おまんこを指で左右に広げて見せつける。
 恥ずかしい。彼と話しているだけで濡れてしまって糸を引いていた。
 でも、仕方ない。こうすると彼がお金をくれる。私はバイトを減らせて、睡眠時間も十分に取れるようになった。

「このまま俺に見てもらいながらイキたいですか? それとも俺のがほしいですか?」
「ほしい……です。ここにちょうだい?」
「ふふ。じゃあすぐに行くね。後で一緒にご飯食べましょうね! 今日は天音さんの大好きなオムライスですよ」

 これはあくまでお金のためだから。無理の多かった生活を楽にするために選んだだけだから。
 家中のあらゆるところに監視カメラと盗聴器が仕掛けられていることを知っている。
 私は今日も、名前も知らない彼に監視されながら生活を送っている。

End
 

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