創作夢

□レッカーサービス
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 私はこの春から新社会人となり、目まぐるしい日々を送っています。
 何とか今日も仕事を終えて、愛車に乗り込みました。疲れた。早く家に帰りたい。頭の中はそれだけです。
 ところが、困ったことにエンジンがかかりません。免許を取ったばかりの私は、当然こんなトラブル初めてでした。

――ああ、これが噂に聞くバッテリーが上がったというやつか。原因はヘッドライトか、ハザードか、室内灯の消し忘れ?
 どれにも心当たりはありませんでした。面倒なことになったぞと思いながら、車の購入店に連絡してみることにしました。
 担当者からどう対処したらいいか丁寧に教えてもらえたおかげで無事にロードサービスの手配をすることができました。


「お待たせしました。○○サービスの者です!」

 五分もせずに駆け付けてくれたのは、私とそんなに年が変わらないように見える青年でした。作業服やツナギではなく、清潔感のある私服に身を包んでおり、爽やかな笑顔がとても印象的です。
 先程の電話では混み合っているから一時間かかると言っていましたが、随分早い到着です。少し変だなとは思いましたが、深く考えることはありませんでした。

 挨拶もそこそこに早速エンジンルームを覗き込んだ彼は「うーん」とうなってすぐにボンネットを閉めました。

「これはエンジンをきちんと見てもらう必要がありますね。僕の車でディーラーまでけん引しましょう」
「えっ! 故障ですか!?」
「その可能性が高いです。でも、今から行けば代車を借りられるので明日の仕事に支障はありませんよ。明日は早番なんでしょう? 車がないと困りますよね」
「え……ええ、まあ……」

 その時、違和感の欠片のようなものを拾った気がしましたが、明日の仕事のために私が取る選択肢は一つでした。


 けん引といってもレッカー車で仰々しく運ぶのではなく、彼の商用車と思しきバンと、私の軽自動車とをロープで結びつけ、引っ張っていってもらいます。
 けん引されている側の車も、ハンドルとブレーキの操作は必要です。私は自分の車の運転席に座り、いつも以上に緊張しながらハンドルを握っていました。助手席に置いたバッグの中で鳴る電話を気にかける余裕も、周囲の景色を見ている余裕もありません。

 不安を覚えたのは、走り出してから一時間が経とうという頃でした。
 私の会社からディーラーまではそこまで離れていません。普通ならとっくに着いていてもおかしくない距離……いえ、着いていなければおかしい距離です。
 窓の外には全く見覚えのない景色が広がっていました。目的地はどこなんだろう。彼は道を間違えてしまったんだろうか……?
 不安は募るばかりでしたが、彼の車に繋がれた私の車は、彼の車の動きに合わせて引きずられていくことしかできません。


 やがて彼の車はある一軒の立派なお屋敷の前で停車しました。ガレージのシャッターが自動で開いていきます。彼の車と私の軽自動車が縦に二台駐車できるくらい奥行きのある広々としたガレージでした。
 この中に入ったらいけない――頭の中で警笛が鳴っていました。
 とっさに思いきりブレーキを踏むと、キュルキュルとタイヤが道路を擦るすごい音がします。それでも彼がアクセルを踏み込む力には勝てませんでした。
 ガレージ内に頭から突っ込んでいき、二台とも収まったのと同時に後ろで重たいシャッターが閉まる音がしました。

「着いたよ。ドアを開けて?」
「……や、嫌です……」

 前の車から下りてきた男が、私の座る運転席の窓をコンコンと叩きながら笑みを浮かべています。初めに挨拶をしてくれた時と同じ人当たりの良さそうな笑顔が、今は酷く恐ろしく、歪んで見えました。
 私は思わず首を横に振っていました。

「っ、開けて。開けて開けて開けてよ!!」
「ひぃ……っ」

 何かスイッチでも入ったかのようでした。にこやかだった彼の様子は一変し、鬼気迫る表情でロックされたドアをガチャガチャとこじ開けようとしています。

「ねえ、開けて? お仕事ですごく疲れてるよね? ご飯もお風呂も用意してるよ! そんなエンジンのかからない車の中にいたら夜は冷えるし、昼は熱中症になっちゃう! お願いだから開けてよ。君が心配なんだ!」
「やっ、嫌ぁ!! やめてぇ……っ」


 プルルル――

 パニック状態の私の横で、電話が鳴りました。パッとライトがついた画面には、依頼した際に登録したロードサービスの名前が表示されています。
 この男はロードサービスの人じゃなかったんだ。泣きながらスマートフォンに手を伸ばした瞬間。男が激しく窓を叩き、車体が大きく揺れました。

「あっ、嘘でしょ!? ど、どこなの!?」

 私の手から滑り落ちたスマートフォンは座席の下へと消えました。電話はすでに切れてしまってあてにならない中で、慌ててシートの下をまさぐりますが見付かりません。
 やばい。やばい。やばい!!

 ガシャンッ――

 後部座席からガラスの割れる音がして、次に私を唯一守ってくれていたものをあっけなく解除される音がしました。


「ケガはない!? 手荒なことをしてごめんね! でも、安心して。もうこんな怖い思いさせないように僕が守るからね?」

 あまりの恐怖に意識が遠のいていきます。ぼやけた視界で最後に映ったのは、私を心から心配するかのように涙を流す男の姿でした。


End
 

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