創作夢

□そちらの世界はどうですか
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『――さんが行方不明になってから明日で三年が経とうとしています』

 年に一度だけ、彼女が過ごす部屋のテレビ線を繋ぐ。今年もその時期がやってきて、俺は彼女と二人でテレビの前に腰を下ろした。


『――県警は引き続き、行方不明の彼女の情報提供を呼びかけています。何かしらの情報をお持ちの方は――――までお願い致します。どんな些細なことでも構いません。繰り返します。彼女の当時の服装は、』

 画面には今より三年分幼い彼女の笑顔の写真と、警察の情報提供用の窓口である電話番号が表示されている。
 失踪当時の状況の再現として作られた3Dの映像は間違いだらけで、正確なものではなかった。黒いバンと怪しい中年男の情報などどれだけ集めたところで彼女の元にはたどり着けないだろう。
 しかし、それを知っているのは俺と、俺の横でテレビにかじりついている彼女だけだ。

「あははっ! この番組本当に面白いね?」
「…………」

 何の意味もないばかりか、真実から遠ざかる情報を毎年全国に流し続ける特別番組が無性に可笑しくて、笑いがこみ上げてくる。
 手を叩き、腹を抱えて笑い転げる俺の様を見ながら、彼女は弱々しく首を横に振るだけだった。

『妹を毎晩夢に見ます。あの日の帰り道、僕が迎えに行っていれば……っ! ずっと、ずっと後悔しています』
『娘の声をもう一度聞きたい。あの笑顔を見たい。抱きしめたい。私達家族が望むのはただ、それだけです……』

 画面に映し出されたのは、俺の顔見知りでもある家族の姿だった。
 ある日を境に大切な妹が、娘が、帰ってこない。その生死もわからないまま三年が過ぎようとしている、悲劇的な家族――
 何一つ進展のない状況に心身をすり減らしながら、それでも諦めきれずに彼女の家族は毎年公開捜査の番組で情報提供を呼びかけている。


『どこにいるんだ? ご飯食べてるか?』
『会いたいです。妹に会いたい……』
「っ! 私ここだよ!! お父さん、お兄ちゃん……っ」

 彼女はテレビ画面に頬を擦りつけながら悲痛な声を上げる。大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちて、憔悴しきった様子の彼らを濡らしていく。

「ふふ……お父さん、安心してくださいね。最初は何にも口をつけてくれなかったから俺も心配でしたが、今では残さず食べてくれていますよ。彼女には何度もご飯の食べ方を教えてあげましたから」
「ひっ……!」

 彼女のお腹に腕を回して、背中にひたと頬を寄せると彼女の全身が震え出した。
 ああ、ごめんね。ご飯を食べられなかった苦しい時期を思い出させてしまったね。
 ついさっきも二人で食事を取ったばかりだ。食事の直後で普段より少しだけ張っている彼女のお腹が愛おしい。
 三年前は大学生だった俺も、今では彼女のために立派に働いている。一生食べるものに困らせないから安心してね。そんな思いを込めて彼女のお腹を撫でさすってやった。


 彼女の家族のインタビューが終わると、アナウンサーが彼女や他の行方不明者の写真と情報を再度読み上げ始める。
 数時間にも及ぶ特別番組はエンディングを迎えようとしていた。

「さあ、テレビを消そうか。今年も家族の顔を見られてよかったね」
「ま、待って! お、お母さんは? お母さんはどうしていないの!?」

 画面越しだけれど家族と会える、一年に一度だけのこの時間を彼女は待ち望んでいたのだ。涙でぐちゃぐちゃの顔を更に歪ませて、俺に縋り付いてくる。
 去年までは父親と兄と一緒に情報提供を訴えていた母親が何故今年はいないのか。俺ならその理由を知ってるに違いないと、彼女は確信していた。

「ああ、君のお母さんは――」

 彼女の期待通り、俺は彼女の母親の近況を把握している。
 先ほどまでテレビに映っていた古くからの友人――彼女の兄の相談に、よく乗っているからだ。

 端的に言えば、彼女の母親は壊れてしまったのだ。
 愛する娘がいなくなった悲しみに耐えきれなくなったのだろう。深い心神喪失状態にあり、寝たきりでうわ言を繰り返しているらしい。

「そ、そんな……お、お願いお母さんに会わせて! 私、必ず帰ってくるから! 約束する! お願い! お願いします……っ」

 普段、彼女から俺と目を合わせてくれることなど滅多にないのに、今は泣きながら俺の顔を真っ直ぐに見つめている。

 でも、わかっているんだ。

『繰り返します。――さんが行方不明になってから明日で三年が経とうとしています』

「嘘つき」

 外に出したら君をテレビの向こう側に奪われるだろう。
 君がいなくなった世界で、帰ってくる可能性のない君を待ち続けなくちゃならない。そうしたら、今度は俺が壊れる番だ。

「君はずっとここにいるんだよ。向こうになんて行かせない」
「い、嫌……っ、お願い! お願っだからぁ……っ!」

 彼女の頬を伝う温かな涙を人差し指で拭い、暴れる彼女を抱き寄せる。
 泣きじゃくる彼女の声が耳に溶けていく。どくん、どくんと確かに彼女が生きていることを伝える音が心地良い。
 笑顔を見せてくれることはないけれど、彼女の声を聞ける。抱きしめて、その体温を肌で感じることができる。
 だから、俺はこっち側でいたいんだ。

 テレビからは、彼女の名前を呼ぶ声が繰り返し流れ続けている――

End

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