創作夢

□ずっといっしょにいる方法
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 好きな人とずっと一緒にいるためにはどうしたらいいんでしょうか?
――やっぱり結婚じゃない?
 結婚はどうしたらできるんでしょうか?
――うーん。結婚届に二人でサインをして役所に提出かな?
 じゃあ、結婚届にサインをしてくれない人と結婚したい場合はどうしたらいいんでしょうか?


「――きせーじじつ?」
「そう。結婚に乗り気じゃない人も、赤ちゃんができたら結婚しようって思うんじゃない?」

 不倫や浮気がテーマのドロドロした恋愛ドラマなんかでは、愛人や浮気相手が避妊具に穴を開けて子供を作り、結婚を迫るシーンをたまに目にする。
 そこまで意図的なものでなくとも、交際歴の長いカップルが妊娠を機に結婚する、なんて話は珍しくないはずだ。
 一応考えては見たものの、まだ高校生の私にはむずかしい質問だった。

「赤ちゃんができたら結婚しようって思う……」

 この質問タイムを突如始めた主はパチパチとまばたきしながら私の答えを復唱する。彼が頭に浮かんだ疑問を次々に投げかけてくるのはよくあることだった。

 宇宙人の存在を信じますか?
 答えはノー。
 宇宙人は好きですか?
 答えはノー。
 遠距離恋愛はありですか?
 答えはノー。
 僕が遠くにいくのは寂しいですか?
 答えはイエス。

 天文部の後輩である星名(ほしな)くんはお家の都合で引っ越さなければならなくなったそうで、一週間後に転校してしまう。
 彼は質問が多いのに私からの質問にはあまりまじめに答える気はないらしく、引っ越し先は遠い遠い天の川の果てだなんてはぐらかされている。
例え引越し先が県外でも海外でも、天文部の数少ない部員であり、天体の知識が豊富な星名くんが転校してしまうのはとても寂しいことだった。

 数合わせで入部してくれているだけの他の部員たちは部室に顔を出さない。
観測会で撮ったお気に入りの星の写真を部長権限で壁一面に貼っているが、このコレクションに興味を示してくれていたのも星名くんだけだ。
 さて、次は何を聞かれるだろうか。これまでの感謝も込めて星名くんの質問攻めにとことん付き合うつもりで椅子の背もたれに体をゆったりと預ける。


「赤ちゃんはどうしたらできるんですか?」
「え?」

 いつも眠そうでぼんやりとしている印象を受ける彼の目が私を捉えた。
からかわれている――そう思った。
 彼はふわふわしていてどこか浮世離れした雰囲気を持つ男の子だけれど、高校生にもなって子供の作り方を知らないだなんてさすがに無理がある。
どんな反応を期待していたのか知らないが軽く流させてもらおう。

「赤ちゃんは手をつないだらできるよ」
「手をつないだらできる……はい」

 すかさず私の前に差し出される綺麗な手のひら。なに、という疑問が口をついて出た。

「手をつなぎましょう?」
「何で?」
「赤ちゃんがほしいからです」
「……あ、握手だからね」

 やはりからかわれているらしい。変に躊躇したらもっと面白がられるかもしれない。
天文部の部長としての威厳を保ちたいからなのか、少し気恥ずかしい心をごまかしたいからなのか、その手を強く取った。

 ふふ、と星名くんが吐息のような笑みをこぼす。雑に握った手はするりと解かれ、またすぐに握り直される。
隙間なくぴたりと密着する手のひら。星名くんの繊細な細い指と、私の指が絡み合う。
 ただの握手。ただ手をつないでいるだけ。でも、緊張で息が上がってくる。
直前までしていた会話が頭の中を駆け巡っていた。
 重なった手のひらが、私の手を逃がさない指先が、どこか特別な意味を持つように思えた。





 放課後、一週間連続して学校を休んでいた星名くんが部室に顔を出してくれた。彼は今日を最後に転校するのだ。

 久しぶりに会った彼のお腹は不自然に膨らんでいた。
星名くんは男子の中でもかなり細身なタイプだ。太ったとしたらお腹以外に体型の変化が見られないのはおかしいし、ブレザーの下に何かを隠しているのかと思った。
 それこそ本来なら私が用意すべきなのだろうけど、何かお別れのサプライズ的なものかもしれないと。でも――

「先輩の赤ちゃんがお腹の中にいるんです」

 返ってきたのは耳を疑う言葉だった。星名くんはうっとりとした笑みを浮かべ、大事そうに自らのお腹を撫でている。

「ば、馬鹿じゃないの?そんなわけないでしょ……」

 冗談に決まっている。わかりきったことなのに、その赤みが差した頬を見ていると心がざわついて、嫌な感覚に全身が支配される。

「酷いなあ。僕、つわりがひどくって学校来られなかったんですよ? でも、もう大丈夫です。安定期に入りましたから。ほら、触ってみてください」
「ひっ!?な、なに……?」

 星名くんの手によって導かれ、触れることになったお腹の一部がピクリと動いた。何かがお腹を蹴った、そんな感覚があった。

「……あ、また動いた。ふふっ、わかりますか?」
「っ!」

 星名くんが言う通り、彼の膨らんだお腹の中には"何か"がいる。
 確かに生命の息吹を感じる"何か"が、彼の薄い皮膚を内側から押し上げてくる感触が手のひらに伝わってきた。
 そして、それは更に存在を主張するように激しくなる。星名くんのお腹がぼこぼこと激しく蠢いているのが制服越しにも見て取れた。

「先輩、僕の故郷についてきてくれますよね? 結婚しましょう」
「や、や……い、嫌……」

 星名くんは男の子だ。妊娠なんてするはずがない。
 けれど、そんな考えは私が持っている常識にあてはめた話でしかない。
  つわりが来てから一週間で、もうお腹を蹴り上げるまでに成長しているのだ。何が生まれてくるというのだろう。

 私の手は星名くんによって強く握られている。お腹に当てたまま動かせない手を通じて感じる生命の存在がたまらなく恐ろしい。
 必死で拒絶しながら首を振る。

「えー……でもお。先輩が言ったんですよ。赤ちゃんができたら結婚してくれるって。この子、僕と先輩の子供ですよ」
「っ! ち、違う……や、来ないで……!」

 一週間前に同じ場所で交わした会話が思い出される。
 あの時はまさかこんなことになるなんて思いもしなかった。軽い気持ちで言った言葉に強い後悔が募る。
 星名くんから少しでも離れようとじりじり後ずさると、背後の壁にぶつかった。衝撃で、写真を貼り付けていた画鋲がいくつか外れて、星を映した写真たちが床に散らばっていく。

「責任……取ってくださいね?」

 お気に入りの綺麗な写真たちは私では決して手の届かない、遠い遠い小さな光を閉じ込めている。満天の星たちの上に座り込んで悟っていた。
 私はきっと、彼から逃げられないのだと――

End
 

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