創作夢

□ハッピーエンドの続き
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 紆余曲折を経て結ばれた恋の物語の結末は大体いつもこうだ。
 両思いになった二人は死ぬまで幸せに暮らしました。めでたし、めでたし――


『今週末の待ち合わせ場所、喫茶店じゃなくていつもの駅前でもいいかな? そのまま春物の服見に行きたいな』

 二時間前に送った彼女へのラインにまだ既読はつかない。夜ご飯を食べ、入浴も済ませてゆっくりできる時間帯のはずだ。彼女は忙しいのではなく、彼氏からの連絡を無視してツイッターでのやりとりに夢中になっていることを僕は知っていた。
 以前は送ればすぐに既読がついて、ハートの絵文字がいっぱいの返事をくれたのに、ここ最近といえば「ごめん。気付くの遅れちゃった!」から始まるのが定番となっている。

 僕はラインのトーク画面から切り替えて、検索バーに単語を入力する。

『洗脳 方法』

 そのまま虫眼鏡のマークを押せば、検索結果がズラリと並ぶ。気になるサイトにある程度目を通すと、再びラインの画面を開いた。
 僕が送ったラインは未読のままだ。昨日交わしていたやりとりから彼女のアイコンを拡大してみて、胸が軋む。
 「綺麗に撮れたから」という理由で、先月から彼女は僕が知らないどこかの風景をアイコンに設定している。それまでは僕のアイコンとおそろいだったのだ。僕と頬を寄せ合っているツーショットのプリクラをアイコンにしようと言い出したのは彼女なのに、二週間前に勝手に変えてしまった。

『監禁 前準備』

 この単語を検索するのはもう何度目だろうか。どれだけスクロールしても、何ページ目までいっても、ほぼ全てのリンクがクリック済みの色をしていた。

 できることは全てしている。寝室のドアに鍵を作り、家中の窓にアルミサッシの格子を後付けし、玄関には内側から開かないよう二重鍵も取り付けてある。
 念のため繋いでおく用の首輪と手錠は通販で注文済みだ。明日には睡眠薬と一緒に届く予定になっている。

 再度ラインを開いてみるが、状況は何も変わっていない。もうすぐ送信してから三時間になる。朝になってから「ごめん。寝てたよ!」と送られてくるお決まりのパターンになりそうだ。

「……馬鹿だ。馬鹿だ。僕は大馬鹿だ……っ!」

 ラインを送れば返事が来る。「好きだよ」と伝えれば「私も好きだよ」と返ってくる。
 それらは彼女に長年片思いを続けてきた昔の僕からしてみたら奇跡的な出来事であり、特別なことだった。
 付き合い始めの頃はひょっとしたら夢なんじゃないかと何度も思ったし、その不安を払拭してくれる彼女の言葉が嬉しくて嬉しくて数え切れないほど涙を流した。

 だけど、彼女との付き合いが半年、一年、三年と過ぎるうちに僕はその奇跡に少し慣れてしまっていた。僕の人生に彼女がいるのは当たり前のことであり、それが日常で、この先もずっとこの幸せが続くものなのだと傲慢な勘違いをしていたのだろう。
 僕の彼女への愛がそうであるように、彼女から僕への愛もまた、昨日と変わらず今日も存在するものだと思い込んでいたのだ――


 彼女の気持ちが僕にもうないことは気付いている。一番近くで同じ時間を過ごしてきたからこそわかってしまう。
 最近の彼女は、用事がなければ連絡をしてくれなくなった。デート中でも通知が来ればスマホをいじり始める。前作は僕と見た映画を知らない間に女友達と見に行った。僕との会話もほとんど覚えていてくれない。

 終わりの足音はすぐ近くまで迫っているのだ。僕はそれを少しでも遅らせたくて、喫茶店での待ち合わせを人の多い駅前に変えてくれなんて悪あがきをしている。

 そのきっかけは他に気になる男ができたかららしい。彼女がツイッターで仲良くしている男だ。男が設定しているアイコンの景色に見覚えがあった。それは彼女のラインのアイコンと同じ場所だったからだ。
 こいつさえいなければ――

『完全犯罪 殺し方』『死体処理 方法』

 増えていく物騒な検索履歴は、日に日におかしくなっていく僕の心をそのままに反映していた。


 プルルル――
 電話だ。酷く胸騒ぎがする。待ち望んでいたはずの彼女からの連絡なのに、出るのが怖い。出たらきっと僕達の関係は終わってしまう。そんな予感がしていた。

『ごめん。ちょっと今電話できなくて。待ち合わせ場所のこと?』

 電話が切れたのを見計らい、僕は彼女にもう一度ラインを送る。

『話があるから喫茶店で会いたい』
『それなら僕の部屋で話さない? 持って帰りたい物もあるでしょ?』
『うん。じゃあそうさせてもらおうかな』

「は、はは……はははっ、あはははははっ!」

 崩壊の日は決まってしまった。僕はスマホを力の限りで投げ捨てて、その場で腹を抱えて転げ回る。
 きっと彼女は別れ話がすんなりいくと思っているだろう。今頃、男に「彼氏とちゃんと話してくるね」なんて連絡しているかもしれない。
 腹の底から笑いがこみ上げて止まらなかった。

「あははっ!ははっ!は……はは……」

 でも、何故だろう。目頭からとめどなく溢れてくる熱い雫が僕の頬を焼いていく。

「……ごめ……っ、ごめんね……っ」

 僕はただ、普通の恋人同士でいたかった。普通に君を愛していたかった。
 ……でも、ごめん。僕は君と別れてあげられない。
 だめなんだ。君と一緒に過ごす幸せを知ってしまったから、君がいない生活なんてもう考えられない。君を諦められなくてごめん。

「ごめん……なさい……っ」

 両思いになった二人は死ぬまで幸せに暮らしました。めでたし、めでたし――

 僕は知っている。恋人同士が必ずしもこのモノローグで終われるわけじゃないこと。
 それでも僕はそのハッピーエンドを諦めきれないから。ごめん、ごめんね。
 ……今週末、何も知らずに訪ねてくる君に、僕はきっと酷いことをしてしまうだろう。


End
 

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