創作夢

□快適な監禁生活のすゝめ
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「……あっ。ちょっと待って! やばい。もしかしたら私、世界の真理を解き明かしてしまったかもしれない!!」

 突然降って湧く天才的なひらめきは、どこから生まれるんだろう?
 普段は私の脳の奥深くで眠っている秘めた力が目を覚ましたのか。あるいは遠くの星の宇宙人が脳内に電波を送り込んできたのか――

 この際どちらでも構わない。興奮して叫んだ私の声は、掃除機の騒音を上回っていた。
 テレビ台の下の隙間を掃除中だった幼馴染の遊が、電源をオフにする。私を見つめる顔は呆れていた。

「世界の真理って?」
「聞きたい?」
「あー…聞きたい聞きたい。でも、話の前に起きてほしいんだけど。もうお昼だよ。せっかく良い天気なんだから外にお布団干そうよ」
「まあまあ聞きなさいって。二次元だとヤンデレに監禁されたいって思うのに現実では嫌な理由がやっとわかったの!」
「へぇ」

 これから話そうとしている内容に、遊は一切関心がない。それはすぐさま掃除機の電源を入れ直したことからも明らかだった。
 オタク話の中でもディープな話題だ。長い付き合いの遊には耳にたこができるくらい聞かせてきたが、私の語りが遊の心に響いたことはない。
 今回も短い相槌に混じって「そんなくだらないことで騒いでたんだ。これだからオタクは」という心の声が聞こえてくるようだ。
 それでも掃除機の設定を"弱"にしてくれているところに慈悲を感じる。私はめげずに普段より声を張って喋ることにした。

「いくらヤンデレに、ここにいてくれるなら仕事行かなくていいよ、家事とか何もしなくていいよって言われても、他人の家じゃ落ち着かないでしょ。監禁は憧れるけど、自分の部屋で自分の物に囲まれてだらだら過ごす快適な時間を手放すのは惜しいわけよ」
「はあ」

 遊の反応は薄いけれど、構わず話し続ける。

「そこで、ヤンデレは勝手に私の家に住み着いて、私の家の中で監禁してよ! 誘拐されるのは勘弁! 外に一歩も出なくても困らない環境を作ってくれるヤンデレには一生寄り添うよ。住み慣れた我が家で三食おやつ付き、家事なし、昼寝有り、スマホ、ゲーム支給。そして、ヤンデレからの絶対的な愛――これら全てがそろった快適な監禁生活が、私とヤンデレの人生を豊かにしてくれるんだよ」
「なるほど。お家大好き人間さん、カーテン開けるからね」
「えっ、やめて……!」

 静止を無視して一気に開かれたカーテン。顔を熱くして語っていた私に、健康的な光が降り注ぐ。世界の眩しさから目をそらすように、私は再び布団へと潜りこんだ。


****


 しばらく布団の中で時間を食いつぶし、起きた頃には夕方だった。貴重な休日だというのに家で何もせずに過ごしているが、困ることはなかった。
 遊が毎日通ってくれているおかげで家事は溜まっていない。外で済ませる予定だった用事と、必要な買い物は、私がゴロゴロしている間に遊が行ってきてくれたから問題なし。

 洗面所で顔を洗うと、さっぱりするのと同時に明日の仕事へ意識が向かう。遊に手渡されたタオルで濡れた顔を拭きながら、私の愚痴は止まらない。

「あーあ……ヤンデレに監禁されたいよ。セクハラ上司も、意地悪お局も、週四で二千円ランチ食べてるーなんてマウント取ってくる女も、税金払えっていう催促も来ない世界で生きたいんだってば」
「はいはい。ほら。早く歯磨きしてね。一人でできる?」
「こっ、子供じゃないんだからできるよ!」
「本当かな?」

 遊は私をからかうように笑う。遊の手から勢いよくひったくると、歯ブラシの上には歯磨き粉がすでに乗っていた。私が一番丁度良いと思っている量だ。
 遊から受け取った水の入っているコップでうがいをして、さっき遊が用意してくれたタオルで口元を拭いたら歯磨きは終わり。

 明日の仕事が憂鬱だから、快適な監禁生活の妄想話ばかりが口をついて出る。

「考えてもみてよ。私を監禁したいヤンデレと、ヤンデレに監禁されたい私。これほど利害が一致することある? せっかく二人とも幸せになれる監禁生活をひらめいたのに肝心のヤンデレとはどこで出会えるんだろう……」

 明日は会議がある。資料のコピーを人数分取って綴じる作業を任されているのだが、とても面倒くさい。職場に遊はいないから、全部自分でやらなければならないのだ。

「ヤンデレと出会いたいなぁ……」
「……それってさ、僕じゃだめなの?」
「――っ」

 幼い頃から見慣れた顔が近付いてきて、柔らかな唇がそっと重ねられる。
 ミントの味がする。そういえば、最後に自分で歯磨き粉を出したのはいつだっけ――
 遊は毎朝私を起こしに来て、朝食とお昼のお弁当を作ってくれる。帰りは職場まで迎えに来て、夜ご飯を一緒に食べ、私が寝付いたのを見届けてから帰っていく。
 子供の頃から何かとお世話を焼かれていたけれど、私が就職を機に一人暮らしを始めてからはずっとこんな日々が続いている。


「……早速、退職届書いてもいい?」
「だめ。僕が書いてあげる」

 二人とも幸せで、快適に暮らすことができる監禁生活――その天才的なひらめきは、幼馴染の秘めた思いから生まれたんだろう。


End
 

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