創作夢

□日本ヤンデレ協会へようこそ!
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 今市駆、十七歳。
 親しい友達から「今市はイマイチだなぁ」といじられがちなことが子供の頃からのちょっとした悩み。
 俺は絶賛、片思い中だ。相手は家の近くのコンビニでバイトしている大学生のお姉さん。接客に関連する言葉以外交わしたことはないが、一日の疲れを吹き飛ばしてくれるような彼女の笑顔が大好きだった。
 しかし、この片思いを進める上で困っていることがある。どうやら彼女は"ヤンデレ"が好きらしいのだ。

 ヤンデレとは――そう、あの"ヤンデレ"のことである。
 日本ヤンデレ協会の厳しい審議を経て、会長からナイスヤンデレ!と認めてもらわなければ正式には名乗れない、あの"ヤンデレ"だ。
 俺は彼女の愛を勝ち取るために正式なヤンデレになることを決意し、日本ヤンデレ協会本部の門をくぐった。


「日本ヤンデレ協会へようこそ!」

 満面の笑みで出迎えてくれたのは小学校高学年くらいの小柄な少年だった。柔らかそうな蜂蜜色の髪に、短パンから覗くひざ小僧。恐ろしく幼く見えるが、彼こそが日本ヤンデレ協会会長の天使(あまつか)翼だ。

「――ヤンデレ不認定!」
「そ、そんなぁ!」

 容姿、並。特技、なし。特筆事項、なし。これといった特徴のない平凡男子――それが俺に突きつけられた現実だった。

「何とかなりませんか!? 俺どうしてもヤンデレになりたいんです!最低でもヤンデレ二級は持ってないと論外だって彼女が人と話してるの聞いちゃったんですよ!」

 天使会長は先ほど愛想良く迎えてくれたのが嘘みたいに冷ややかな表情を浮かべている。それでも俺は天使会長に食い下がる。
 簡単に諦めるわけにはいかない。ヤンデレ認定を受けられないということは、コンビニ店員と常連客という今の関係が永遠に覆らないことを意味する。
 その関係だっていつまで続くかわからないのだ。彼女がバイトをやめてしまったらもうあの笑顔を見ることも叶わなくなるだろう。そんな未来耐えられない。

「ハァ……なら念のため聞くけど、彼女のSNSへの不正アクセス、または待ち伏せ行為、盗撮、私物を盗んだ等の経験は?」
「そっ、そんな経験ありませんよ! どれも犯罪じゃないですか!」
「……呆れた。好きな女の子のために罪も犯せないんだ。ヤンデレ不認定!」
「う、うぅ……そこをなんとか!」
「僕はヤンデレの味方なんだ。これ以上一般人に使う時間はない。どうかお引取りを」

 天使会長はピシャリと言い放つと、出口であるドアを顎で指した。そこからはノートパソコンの画面に目をやり始める。俺の話に聞く耳をもってくれそうになかった。
 俺はカバンからそっとカードファイルを取り出す。ファイルの中にはいつも俺を支えてくれていた大切な物が入っている。

「……それは?」
「彼女に接客してもらった際に渡されたレシートです。あはは……気持ち悪いですよね。俺と彼女の思い出だからって記念に取っておいてるんです」

 このファイルには俺が彼女を好きになってからの全ての時間の記憶が詰まっている。

 ホットココアとあんぱんを買ったレシートは、大雪が降った日の物だ。彼女は自転車でバイトに来ている。大雪の中、彼女がどうやって帰るのかと気が気じゃなくて聞いてみたかったけれど勇気が出なかった。
 ゆるキャラ特集の雑誌を買ったレシートは、彼女が店長にきつく叱られているところを目撃した日の物だ。俺の入店に気付くと笑顔でいらっしゃいませと言ってくれたが、落ち込んでいるようだった。少しでも癒しにならないだろうかと彼女の好きなゆるキャラが表紙の雑誌を購入したのだ。

 レシートを見ればその日の情景が昨日のことのように頭に浮かぶ。俺は懐かしく思いながらファイルをめくっていく。

「彼女ってお釣りを渡す時、両手で包むようにして渡してくれるんですよ。あ……でも、お客さん全員にやってるんです。彼女の丁寧な接客大好きだけど、俺にだけじゃないことがちょっと悔しいなって思――」
「ナイスヤンデレ!」
「え……?」
「おめでとう。君をヤンデレとして正式に認めるよ」

 天使会長が両手を叩き合わせる。静かな部屋に拍手の音が鳴り響く。俺を見つめる天使会長の目は優しげに細められていた。

「本当ですか!俺がヤンデレ!?よっしゃ!ありがとうございます!」
「喜ぶのは早いよ。君はまだヤンデレ五級だからね」
「ご、五級ですか。二級まで遠いな」
「大丈夫。君はヤンデレの素質がある。きっと二級くらいすぐだと思うよ。今後は、協会が秘密裏に運営している全日本ヤンデレネットワークの利用が可能になるよ。
ツテがあってね、想い人の個人情報やプライバシーを簡単に調べられるし、そこら中の監視カメラの映像にもアクセスできるんだ。恋の成就のために役立ててよ。その過程で何かヘマをしてもご心配なく。後処理は日本ヤンデレ協会が請け負うから」
「は、はい! これからよろしくお願いします!」

 天使会長の小さな手を握って上下にぶんぶん振る。天使会長にヤンデレとしての素質を認めてもらえたんだ。これが浮かれずにいられるだろうか。

 ここから俺の夢のヤンデレ生活がスタートする。ヤンデレ二級まで一気に駆け上がり、その先に待っている彼女との薔薇色の未来のイメージまで完璧だ。
 結婚披露宴で流す映像にこのレシートも使おうと考えながら、愛おしい思い出の詰まったファイルを抱きしめた。


「……君達は本当に愚かで、純粋だね。全日本ヤンデレ協会はそんな君達ヤンデレの恋を応援してるよ」


End
 

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