創作夢

□彼氏の浮気現場に突撃する話
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 友達の紹介で付き合った彼氏の康平(こうへい)とはもうすぐ半年になる。康平は二週間程前から不審な行動が目立っていた。
 悪いとは思ったけれど康平の隙を盗んでスマホを見て浮気が確定した。「初めてのお家デート楽しみだね。由貴ちゃん!」この罪深いお家デートが決行されるのが本日だ。

 今頃由貴(ゆき)ちゃんとやらの前で鼻の下を伸ばしているであろう康平にビンタの一発でも食らわせてやらなければ腹の虫がおさまらない。
 在宅中は鍵を掛けない不用心な康平の家のドアノブに手を掛けて、大きく深呼吸をする。浮気なんか絶対許さないんだから。土下座で謝らせてやる!
 改めて決意を固めて、いざ現場に突入……!

「俺、由貴ちゃんと別れたくないよ……!」
「え〜? しつこい男の子はモテないよ〜?」
「まっ、待ってくれ! 行くな……っ」

 康平の部屋の前、聞こえてくる会話に呆気にとられる。私が突入する前から修羅場が始まっているのはどういうことなんだろう。
 ドアを少し開けて中の様子を覗いてみると、立ち去ろうとしている女の子の腰に康平はみっともなく縋り付いていた。

 由貴ちゃんとやらは……なるほど。可愛い。美少女と言って支障ないだろう。お人形さんのような可憐な容姿で、ゴスロリがよく似合っている。
 ま、まあ、確かになかなかお目に掛かれないレベルだね?だけど、人間中身が大事だし?別に私負けてないし?負けてない……よね……?

「あのさー…話したでしょ? 嘘だとでも思ってんの?」
「ち、違う! 俺はいいんだ由貴ちゃん。いや、由貴! 俺は、俺は……っ」

 私というものがありながら何をそんなに必死になっているのだ。
 私はまだ突入もしていないのに修羅場を始めるのが早すぎる。私を置いてけぼりにして事が進んでいることに怒りが込み上げてきて、ついに部屋に踏み込んだ。

「こらあ! 彼女を差し置いてなに勝手に修羅場始めてんの!」
「お、お前何でここに!?」

 由貴ちゃんの腰に抱きついたままズルズルと引きずられている康平は、私の登場に目を真ん丸くした後、やばい!という顔をする。
 そうだよ、これだよ。この反応を待ってたの。さあ、光の速さで土下座して許しを乞うて見せて。そうしたらまだ許してあげないことも――

「そんなことより由貴! 俺は…っ、由貴が男だって構わない!!」
「ちょっと!そんなことよりって!……ん? 男っ!?」

 今度は私が目を丸くする番だった。わなわなと震えながら由貴ちゃんを指差すと、由貴ちゃん……いや、由貴くんが軽く会釈して、にこりと可愛らしく微笑んでみせる。
 う、嘘でしょ。その姿はどう見ても美少女のそれなのに、男だなんて。

「じゃあ何!?私という彼女がいながら男と浮気してたってこと!?」
「悪い。今やお前の方が浮気なんだ。俺の本命は由貴だ」
「……わ、私が浮気相手?」
「ああ。別れてくれ」
「そんなあっさり!? ほ、ほんとにいいの? 私、別れたら復縁とか絶対にありえない主義だよ?」
「いいよ。俺は忙しいんだ。由貴、お願いだ。考え直してほしい!」

 私は康平が「俺が悪かった。別れたくない」と言ってくれるものだと期待して突入したのだ。そう、目の前で由貴にしているように、懇願されるはずだと信じていた。
 目の前が真っ白になる。涙がこみ上げてくるが、由貴の前で跪く康平は私になんてちっとも関心がない。この場で泣くのは悔しかった。精一杯の強がりを置いて帰ろう。

「こーへーのバカ!カバ!おたんこなす!けだもの!たんしょー!ほーけー!そーろー!クチャラー!マザコン!こーへーママのおじいちゃんつるっぱげーっ!!」

 私は思いつく限りの悪口を吐き捨てて康平の家を飛び出した。


 最低、最悪だ。私の何が駄目だったんだろうか。不満があるなら浮気なんてする前に伝えてほしかったよ――
 家まで我慢しようとこらえていた涙がこぼれそうで、立ち止まった私の背後に軽い足音が近付いてくる。康平が追いかけてきてくれたのだと思った。私の表情は一瞬で明るいものへと変わっていただろう。
 けれど、二度と顔を見たくなかったゴスロリ女……ゴスロリ男がそこにいた。

「由貴くんです。ごめんね?」
「なんであんたなのよ!」
「んー…君の彼氏って、馬鹿で、短小包茎早漏のクチャラーで、マザコンで、将来はほぼハゲ確定なんでしょ? いいとこ一つもないよねぇ。それでも追いかけてきてほしかったんだ?」
「うるさいな。そうだよ! 康平はなんか、ほっとけないタイプなの。短小包茎早漏は想像だけどね。私達まだだし」
「あ、そうなんだ。清いお付き合いで好感が持てるね!」
「そっかな? まあ、タイミングがなかっただけ――って、そうじゃないでしょ!? なに普通に話し掛けてくれてんのよ泥棒猫が! あんたは何で康平と別れようとしてたわけ!? あんたから言い寄ったんでしょ?」
「そうだけど……だぁって僕、ホモじゃないし? カップルの仲を引き裂くのが趣味なだけ〜」

 唇に人差し指を当てて無邪気に笑う彼はとても愛らしい容姿をしているのに、その言動には呆れてものも言えない。

「ほら、僕って見ての通り可愛いでしょ? 僕がちょっと誘惑すれば恋人持ちの男も女もコロッと落ちるからそれが面白くて面白くて。でも、恋人が乗り込んで来たのは初めてかな! 結構刺激的な経験だったよ」
「あ、あんたね……もっと健全で、人様に迷惑掛けない趣味見付けなさいよ……」
「え〜〜? 僕って容姿だけじゃなくて全てが優れてるんだよねぇ。何始めてもすぐに一番になっちゃうからつまらないんだもん!」

 彼――由貴は頬をぷくっと膨らませたり、小首を傾げながら上目遣いしてみたり、いちいち動作があざとい。絶対に友達にはなれないタイプの人種だと確信が持てるが、悔しいけれどお人形さんのような容姿だからぶりっこも様になっていた。

 先ほどまで私の目に溜まっていた涙はすっかり引っ込んでいる。
 「健全な趣味かぁ」と女の子としか思えない高い声を漏らす由貴を眺めながら、私の失恋の傷は意外と浅いことに気付かされる。
 私の恋が終わりを迎えたのは由貴のお遊びがきっかけだが、康平はどのみちいつか浮気をしただろう。むしろ早めに別れて正解だったのではないか。あんな酷い男のために泣くなんてバカバカしい話だ。

「あっ、そうだ!」

 目の前で何やら思案していた由貴が両手をパンッと鳴らした。

「じゃあ僕、"本気の恋"ってやつしてみようかな?」
「……本気の恋?……あのさ、私を次のターゲットに選んでも面白いことにはならないよ。あんたのせいで彼氏いなくなったし」
「え〜〜ターゲットとか怖いよぉ。ねぇねぇ、本気の恋ってやつ僕に教えてよぉ! 何であの男のこと好きになったの? どこの学校通ってるの? ライン交換しよっ?」
「えぇ……めんどくさ……」

 信用ゼロの思い付きは無視し、歩みを進めることにする。家に着くまでの間、わけのわからない女装男子につきまとわれ続けた。

 そして、根負けして教えた私の個人情報が悪用されたことに気付くのは、うちのクラスに女子より可愛い男子の転入生が来るらしいという噂を聞いた時だった。


End
 

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