創作夢

□明日、月曜日が来ないとしても
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 月曜日は嫌い。何故かって学校に行きたくないから。勉強も、友達も好きじゃない。
 でも私の日常は、自らが選択し、作り上げ、望んで身を置いているものだ。その全てを否定し、憂鬱な月曜日を変えようともしない自分が一番嫌いだった。


 雲一つない青空の下――砂ぼこりで汚れた屋上のコンクリートに額を押し付けて許しを乞う1学年下の男の子。全然面白くない光景を手を叩いて笑う友達と、私。
 月曜日はお金を持ってくるように、というのは私達と東との間で一方的に取り決められた約束だった。毎週なんて無茶な話だ。そんなことはわかっている上で、また今日も変わらぬ月曜日の朝を繰り返している。

「東(あずま)くん東くん、許してほしかったら3回回ってワンって可愛く鳴いてね」
「目線はこっちでお願いしまーす」
「…………」

 東がのそのそと顔を上げた。重たい前髪の奥から覗く瞳が揺れている。離れた位置からスマホを構えている友達に視線をやって、次に私の方を見た。
 東と二人きりの時は、まとった分厚い鎧の内側に潜んでいる自分が少しだけ顔を出す。「月曜日なんて来なければいいのにね」なんて言ってみせるのは所詮自己保身のためでしかないのに、「先輩は優しいですね」と東は笑って私の手を取るのだ。
 縋るような目で見られたって今は二人きりではない。私はそっち側になるのは御免だ。「早くやりなよ」と同調すれば、東も観念したようにゆっくりと立ち上がる。
 今日も大嫌いな自分と共にいつもの日常が流れていく……そう思っていた。

 誰かが屋上のドアを開ける。見知らぬ男子生徒がスマホを構えた友達の元までふらふらと歩いていって、突然その肩に顔を埋めた。
 吹き出した血が床に飛び散る……それが合図だった。大嫌いな日常の崩壊はなんの前触れもなくあっさりと訪れた。

「きゃあああ!」
「なに!?何なの!?」

 友達がうつ伏せで倒れ込む。噛まれた肩の肉がごっそりとなくなっていた。
 友達に襲いかかったその男子が顎を上下させ、おぞましい咀嚼音を立てている。男子の首にはぱっくりと開いた大きな傷があった。傷口から血と肉片が、友達の体の一部だったものが、ぼたぼたとこぼれ落ちていく。
 首にこんな深い傷を負って動いていられるはずがない。一目見て異常だと感じる。普通では考えられない何かが起こっているのだと、頭ではなく本能で理解した。

 真っ赤に充血した目がこちらを捉える。血まみれの顔面は病的な青紫色の肌をしていて、血管がぼこぼこと浮き出ていた。
 隣で立ちすくんでいたもう一人の友達も、私と同時にひっと息を飲んだ。逃げなくちゃ、と思うのに体に力が入らない。
 異常な姿をした男子は怪物のような低い唸り声を上げて、私達の方へ向かってきた。

「いやぁぁ!助けて!この子にして…!」
「っ!?」

 思いがけず横から腕を引っ張られて尻もちをついた。男子と友達の間で腰を抜かした私は格好の餌でしかない。
 酷いと思った。友達なのに酷いと。友達……友達なのに……?
 血と唾液の混ざった糸を引く大きな口を前にして浮かんだ疑問。当たり前だ。私だって彼女達のことを内心嫌っていたじゃないか。
 本当は弱く小さい自分を少しでも大きく見せようとして強い者に付き従い、薄っぺらな関係を築いてきた結果だ。全ての現実から目をそらすように固く目を閉じる。

 その瞬間はすぐに訪れると思ったが、なかなかやってこない。すぐ近くで鈍い音がして、何かが崩れ落ちた。次に、友達の甲高い悲鳴が耳に入ってくる。

「やめてっ!こ、殺さないで…!お願い!」

 恐る恐る目を開けると、私に襲いかかろうとしていた男子が頭から血を流し、足元に転がっている。
 そして、泣きじゃくる友達の前に、東が立っていた。手には小型の斧を握っている。緊急時のために設置されている防災用の斧だ。

「駄目ですよ。先輩と俺の二人ぼっちなら、きっと世界は平和なんです」
「助け――っ!」

 暴れる友達の髪を引っ掴み、命乞いをする喉へと無慈悲に斧は振り下ろされた。友達は声にならない声を上げて全身をびくびく震えさせ……やがて、動かなくなった。

「ねっ、先輩もそう思うでしょ?」

 ぐちゃと嫌な音を立てて斧を引き抜くと東が振り返る。東は私と二人でいる時にしか笑わない。澄み切った青空を背にし、血に染まった笑顔は今までで一番晴れ晴れとして見えた。


 校内は想像を絶する地獄が広がっていた。
 片腕が欠けていたり、お腹から臓物を垂らしていたり、とても生きていられるとは思えないような大怪我を負った人達が廊下を徘徊し、逃げ惑う生徒を襲っている。
 その中には見知った顔もいくつかあったが、変わり果てた姿に手遅れだと悟る。私は東に手を引かれながら、もつれそうになる足を必死で前へ、前へと動かした。

「何が起こってるの!?警察に助けを……ああっ、そうだ…っスマホ教室だし!」
「俺も手元にないです」
「学校の近くに交番があるからそこに行こう!」
「……交番。そうですね」

 何度も転げ落ちそうになりながら階段を下りて、一階にたどり着いた。
 東には迷いがない。途中で出くわした生徒の顔面に、先生の頭部に、何の躊躇もなく斧を振るいながら進んでいく。相手が助けてと言葉を発していても、正常にしか見えなくても、誰彼構わず無差別に殺しているのだ。
 確かに非常事態だ。この人は大丈夫か、そうでないか、なんていちいち確認していたら助からないかもしれない。
 私を導く手は心強いものではあるけれど、表情一つ変えない東が恐ろしくてたまらなかった。底知れないという意味では、襲い来る生徒達と東は何ら変わりない。


 地獄と化したのは私達の高校に限った話ではなく、街は登校時の様子から一変していた。それでも交番に向かう途中で警察官と出会えた私達は幸運だろう。

「よし。この車はガソリンも十分だ。二人とも後ろに乗りなさい」
「は、はい」

 路上に乗り捨てられた車の運転手はどこに行ったのだろう。窓ガラスの割れた車にゾッとしながらも、壊れたパトカーの代わりが見付かったことに安堵する。

「奥さんと娘さんは大丈夫なんですか?」
「ああ、まだ家の近所では被害が出ていないようだが心配でたまらないよ……非常事態に私情を挟んですまないね。君達を避難所まで送ったらすぐに迎えに行くよ」

 先ほどやっと電話が繋がった警官の家族は自宅で籠城しているらしい。むしろこんな大惨事だ。私達のことを置いて最優先で向かったとしても仕方がないと思うのに、彼はそうしないのだから使命感が強いのだろう。
 私も家族が心配だった。これから行く予定の即席で作られたという避難所に逃げ込んでいることを今は願うしかない。
 ひとまず車のドアを開けると、ずっと黙っていた東が警官の背後に近寄っていく。その手には護身用として斧を握ったままだ。
 ……嫌な予感がした。

「東っ!?」
「……あんな醜い姿にならずに死ねたんだから俺に感謝してくださいね」

 何度も人に振り下ろしてきた斧は確実に、的確に、急所を突いていた。家族が迎えを待っているのに彼の体は道路に崩れ落ちる。

「け、警察の人だよ?避難所に連れてってもらえたんだよ?何で……っ」
「だって避難所についたら俺は用無しでしょ?俺がいなくちゃここまで生き残れなかったのに、先輩はずるい。みんなみんな死ねばいいんです。そうしたら先輩が頼れる相手は俺しかいなくなる」

 東が足元の警官の遺体を蹴っ飛ばして、何かを拾う。それが何かは最悪な形ですぐに目に入った。

「……俺に従ってください」

 銃口が私へ真っ直ぐに向けられている。引き金に添えられた人差し指が少し動く。
 気付けば私は、首が取れそうなほど何度も何度も頷いていた。

「先輩、俺は月曜日が好きでしたよ。先輩に会える月曜日が、いつも待ち遠しかった」

 東が満足そうに笑う。全然面白くなんてないのに私も釣られて笑みを浮かべた。

 やっぱり月曜日は嫌い。学校には行かなくていいし、友達と会うこともない。それでも月曜日は来週も憂鬱なままだろう。
 大嫌いな日常が壊れて非日常が訪れても、私という人間は変われないのだ。
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