創作夢

□08
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 10月下旬――羽毛布団一枚では肌寒くなってきた秋の夜。だからといって出した厚手の毛布は寝付いてしまえば暖かくなりすぎる。
 そんななんだか寝苦しい深夜に目が覚めた私は、毛布の中の猛烈な違和感に気付いた。何か重たい物が体に乗っているような…?

「うぎゃああああ!!」

 勢いよく毛布を剥ぎ取ると私の上で黒い影が動いた。「やれやれ。色気がないなぁ」などとあからさまにがっかりしたような声と共に部屋の電気が点けられる。

「ハッピーハロウィーン!……の予行演習だよ!どう?ドキドキしちゃった?何のコスプレでしょう?」
「はあ!?」

 重たいと思ったら弟……いや、こんな変態が弟だなんてほとほと嫌になるが、一応弟である瞬が下半身に馬乗りになっていた。
 頭に悪魔の角のような物を二本生やし、背中にはコウモリに似た赤い羽を携えている。更にはハートの形をした尻尾の先にキスしながら私を見下ろすその顔は得意気だった。
 確かに小道具は作りこまれていて、去年の吸血鬼のコスプレよりクオリティーが上がっている。が、ハロウィンまでまだ一週間あるし、今は夜中だし、忘れちゃならないここは就寝中の姉のベッドの上だし……何を取ってもツッコミどころしかないわけで。

「ぶぶー!時間切れでーす。答えはインキュバスでした!睡眠中の女の子を襲って孕ませる、男のロマン溢れる悪魔だよ」
「孕ませ…っ!?あ、あ、あんたそれで布団に忍び込んできたわけ!?」
「まっさかぁ。予行演習だって言ったでしょ?今夜は血行を良くするマッサージをしてあげようと思って!ほら姉ちゃんって生理前は体がむくむタイプだからさ」
「いらないから!早く出て行ってよ。悪霊退散!悪霊退散!」

 誰がマッサージなんか頼むか。この変態ときたら年々過激派になっていくから困る。
 悪びれなく笑顔を浮かべている弟に向けて何度も枕を叩きつけた。それをあははーと笑いながら片手で受け止めているこいつは私の上から下りる気がないらしい。

「ちょっとしつこい!てかハロウィンの予行演習って意味不明なんだけど。どんだけ張り切ってんの?」
「えー…ハロウィンだからって張り切ってるのは姉ちゃんの方だろ?姉ちゃんが俺に隠し事してるの知ってるんだからね……」

 弟の視線の先にはクローゼットがあった。恐らく中に隠してある可愛いナースの衣装のことを言っているのだろう。
 夏服の制服を入れているカバーの中にナース服も重ねて収納することで完璧にごまかせたと思っていたのに何故バレた。
 そもそも本来なら隠す必要などないのだ。変な意味合いの衣装ではなく、来週友達の家であるハロウィンパーティーに着ていく用の衣装なんだから。この変態に知られたら厄介なことになると確信していたから秘密にしておいただけで。
 正直私は仮装なんてキャラじゃないし気乗りしないが、せっかく友達が貸してくれたのに着ないわけにはいかないだろう。


「べっ、別に張り切ってないよ!お前に関係ないから話さなかっただけ」
「ふぅん?いいですよーだ。姉ちゃんがあんなエッチなコスプレする気なら俺だって一年に一度のイベント楽しんじゃうから!来週のハロウィンといえば、そう。姉ちゃんの生理予定日と被ってるんだよ。インキュバスの俺が生理中の姉ちゃんの寝込みを襲う素敵なハロウィンナイトになるんだ」
「っ!?」

 スプリングがきしんだ音を立てる。私の顔の横に肘をついて覆いかぶさってきた弟の体重の分だけ枕元のマットレスが沈む。
 相変わらずとんでもないことを言い出す奴だ。すかさず蹴り上げてやろうと思ったけれど、脚を絡めとるようにぴたりと密着した下肢に緊張感が走った。

「知ってる?生理中は妊娠することがないって話、あれ嘘なんだよ。姉ちゃんは生理周期が乱れて早めにくることがあるし、俺の精子はきっと姉ちゃんの中で長生きするからさ……生理中でも排卵のタイミングと被るかもしれないよ。俺の子孕んじゃうかもしれないね」
「な、何を言って……」

 この変態が!といつものように追い払いたいところだが、動けない。
 何か固いものが下腹部に当たっている。それがどくどくと脈打っていることまで布越しに伝わってくる気がした。

「あは……ねぇ、想像してみて。俺の精液と姉ちゃんの経血がどろどろに混ざり合うところ。どんな色になるんだろうね?」
「ひ…っ」

 頭上から私を見下ろす弟は不気味な半笑いで興奮のあまり涙まで浮かべていた。
 固く熱い欲望の塊が押し付けられている。私は銃口でも突きつけられているかのようなプレッシャーの中にいた。
 瞬に抱かれた挙げ句に中出しされる想像をしてしまって慌てて首を振る。
 しっかりするんだ私。このまま変態のペースに飲まれてはいけない。

「この変態野郎!いい加減にして…!あんまりふざけたこと言うと本気で怒るからね」
「えー?俺はいつだって本気だよ。でも、まぁ……もしも姉ちゃんが友達のとこ行かないで俺と二人きりでハロウィンパーティーしてくれるっていうなら、わざわざ深夜にハロウィンやらなくてもよくなるかもなぁ」
「こ、こいつ……」

 突然こんな深夜に闇討ちしに来やがった弟の狙いは、私を友達とのハロウィンパーティーに行かせないことにあったのだ。
 私の体に遠慮なくぐりぐりと押し当てながら「どうする?」なんて口角を上げられると悔しさと怒りが沸いてくる。
 けれど、変態のことだ。この条件を飲まなければさっきのふざけた話を有言実行するに違いない。そうしたらずっと続いていた日常が崩れてしまう。
 一番迷惑で、一番邪魔で、一番消えてほしい存在である弟が、私の日常から本当に消える。何故だかそれが少し怖いと思った。

「……はいはい。行かなきゃいいんでしょ。元から乗り気じゃなかったしいいよ」
「本当!?やったー!天音お姉ちゃん大好き!毎年俺と家でのんびり過ごしてたもんね」

 無邪気にはしゃいでいる弟の顔を呆れて眺めながら、確かに私がハロウィンだからと出掛けて行くなんて珍しいなと思う。家にハロウィンっぽい小物を置いてみたり、ハロウィンの詰め合わせのお菓子を弟と分け合ったり、毎年その程度のことしかしていない。
 変わってしまうことが寂しいとか、変態でも思うのだろうか。

「わ、わかったからどいてよ」
「おっけー!俺も限界だから部屋に戻るよ。姉ちゃん、約束だよ?破ったらベッドに忍び込んで、あんなことやそんなことまでしちゃうからね。俺を可愛い弟でいさせてよね」

 "ばいばい"弟はそう言いながらハート形の尻尾を持ち上げて左右に揺らした。特撮に登場する怪人とかにいそうなくらい尻尾や角や羽のクオリティーは高い。
 もしやこの変態は私の可愛かった弟に取り憑いた悪魔なんじゃないだろうか……なんて現実逃避な考えが一瞬頭を過ぎったが振り解いて、一人になった部屋を再び暗くした。

 無性にイライラする。弟が異常な変態だから?まんまと要求を飲んでしまったから?
 それとも、あの異常さを"変態弟"だとか生ぬるい言葉で濁して見逃そうとしている自分に?

「あいつ部屋で何してんだろ……」

 苛立ちがおさまらない。初めて感じた、あの熱を思い出して落ち着かない。毛布にくるまると私とは違う匂いがやけに鼻をつく。
 ……やっぱり腹が立つな。落ち着かない気持ちを静めるために私は無理矢理目を閉じた。

End

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