創作夢

□07
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「それでさー、結局ラブホに行ったわけよ。よっしゃーついに童貞卒業だーって期待するじゃん?」
「うん……」
「部屋に入ってから実は生理中だって言ってきてさ」
「うん?」

 俺は窓枠にもたれかかり、紙パックのトマトジュースを飲みながら相槌を打つ。
 昼休みが始まるなり友達に捕まって先週の土曜のデートであった出来事を無理矢理聞かされている。他人の恋愛事情なんて心底どうでもよくて聞き流していたが、"生理"という単語に少し興味を引かれた。

「は?今言う?遅くね?ってキレそうになったけど……無事童貞卒業しました!」
「はー…まじか。よく生理中に許してくれたね。拒否られなかった?」
「大丈夫だった。私もムラムラしてるって言われた」
「ムラムラ!?ってことは生理中は性欲が強まるって話、あれ本当なの!?血出てた?」
「え?性欲の話は知らんけど……つ、つかお前やけに食い付くな」

 残っているトマトジュースを一気に飲み干し、机の上に多少乱暴に置いた。
 本当は経血を飲んだのかとか、生理中のセックスというものを詳しく……それはもう事細かく聞き出したかったが、俺にも多少は存在する常識ってやつがそれらの言葉を封印させた。
 友達はそれでも俺に対して結構ドン引きしたようで頬を引き攣らせている。

「お、終わりがけだったらしいから血とか出てなかったよ」
「……なんだ。もったいなかったね」
「いやいやいやいや!そんなん見ちゃったら光の速さで萎えるわ」

 友達の返答を受けて途端に興味が失せた。愛する人の経血を舐めたい、感じたいという俺の悲願を達成した男なのかと尊敬の念を抱きそうになった自分が馬鹿みたいだ。信じられないとでも言いたげな顔で俺をガン見してくる友達をスルーして窓の外に視線を向けた。
 中庭のベンチでお弁当を広げている男女のグループが目に入る。視界に入った瞬間俺の体は動いていた。三階であるこの教室の窓を開けて、夢中で身を乗り出す。
 そのグループの中に俺の可愛い可愛い姉ちゃんの姿があったからだ。

「姉ちゃん……姉ちゃん……」
「瞬…っ、危ないって!」
「何だよあいつ…?」

 友達が俺の腰を抱えて教室内に引き戻したのと、俺が呟いたのは同時だった。
 ふざけんな。二人いる男のうちの一人が姉ちゃん手作りの卵焼きをもらってやがった。
 姉ちゃんは圧倒的可愛さを誇るのだが正直あまりモテない。内面が少しガサツで男心を理解しようとしない節があるし、いつでもどこに行くにも常に女同士で行動していて男が付け入る隙がないタイプだからだ。
 しかし、迷惑なことに最近姉ちゃんの仲の良い友達に彼氏が出来て、その彼氏の友達である男が姉ちゃんの周りをうろつくようになった。
 卵焼きを頬張るあの笑顔……あの男はどうあがいても姉ちゃんに惚れてる。危険分子だ。手遅れになる前に排除した方がいい。

 窓際の棚の上に置いてあったずっしりと重たい陶器の鉢植えを俺は持ち上げた。流れるような動作で鉢植えを持った腕を窓から伸ばすと、一階で座っている男の頭上へと標準を合わせる。
 先に弁当を食べ終わった姉ちゃんとその友達が何やら談笑しながらその場を離れていった。よし、いける。

「瞬…っ!?」
「っ!」

ガシャン

 鉢植えを手離す直前に友達に腕を引っ張られて狙いが外れた。三階から一階へと真っ逆さまに落ちていった鉢植えは男の足元近くで派手な音を立てる。
 瞬間的に上を見上げた男に「俺の姉ちゃんに二度と近寄るなよ」という思いを込めて視線をやってから、教室へと体を引っ込めた。

「お、お前大丈夫?完全に目がイッちゃってたけど……」
「あー…ちょっと花を太陽の光に当ててあげようと思ったんだけど手が滑っちゃったな。ごめんごめん。誰にも当たらなくてよかったよ」
「うーん?瞬って本当にシスコンだよな…?」
「まあね。俺の姉ちゃん可愛いからって取ろうとすんなよ」
「しねぇよシスコン!」

 俺の姉ちゃんへの愛をシスコンなんてありふれた言葉で結論付けられるのはいつだって虫唾が走る。
 しかし友達が自分の姉に近付く男に向かって三階から鉢植えを落とそうとしたのだ。その得体のしれない行動を他にどう解釈すればいい?
 俺の思考と行動は他人には絶対に理解できないから、シスコンだとかそんな生ぬるい言葉を当てはめて笑い話のようにするしかないのだろう。


「本当に信じらんない。何で男ってあんなに生理に対して理解がないわけ?心配してます風を装ってる男も大概心の中では面倒だと思ってない?実際のところどう?」

 姉ちゃんの部屋に入ることを珍しく許可された俺は、ベッドに座って姉ちゃんの愚痴を聞いている。
 姉ちゃんは生理真っ只中だ。生理で体調が良くないから見学させてほしいと体育教師に伝えたら、持久走をただサボりたいだけなんじゃないかと疑われたとのことで大変ご立腹だった。

「あっ、世界の心理に気付いちゃった?だーかーらー姉ちゃんには俺がいるんじゃん?俺だけは姉ちゃんの気持ちに寄り添うし、姉ちゃんのナプキンの代わりにだってなれるよ」
「はぁ!?馬鹿!変態!そんな言葉望んでないから」
「えー?俺はいつでも直飲み大歓迎なのにー」
「寄るな変態ーっ!」

 無防備に寝転がっていた姉ちゃんが俺を足蹴にしながら寝返りをうった。
 そう、一ヶ月に一度訪れる姉ちゃんの憂鬱な期間を俺ならきっと気持ちよくて幸福でたまらない期間に変えてあげられるはずなんだ。
 姉ちゃんの残した温もりを感じようとシーツに手を伸ばすと、ものすごい物に気付いてしまった。

「姉ちゃん!血が…!」

 ベッドシーツの上でさっきまで姉ちゃんが寝転がっていた場所に丸い赤のシミが出来ている。姉ちゃんが"ひっ"と小さく息を飲む音が聞こえた。
 そして、同じ形のシミが出来ているジャージのお尻部分を慌てて抑えて立ち上がった。姉ちゃんはシーツ、自分のお尻、俺の順番に忙しなく視線を移して口をパクパクさせている。

「姉ちゃんもうちょっと大きいナプキン使った方がいいんじゃない?寝相悪いんだからさ。三ヶ月前もパンツ汚して朝にこっそり洗ってたでしょ?」
「なっ、何で知って…!?だから嫌なの!生理もお前も大嫌いーっ!」

 姉ちゃんはお尻を抑えたまま大声で叫んで部屋を飛び出していってしまった。
 もう姉ちゃんは……そんなに動揺しなくてもいいじゃないか。俺と姉ちゃんの仲だろ。

 姉ちゃんが初潮を迎えた小学六年生の朝、一番に気付いたのは同じ部屋で寝ていた俺だった。
 下着もパジャマもシーツも汚してしまった姉ちゃんはお漏らしでもしたみたいに大泣きして親に見られたくないと言うから、俺はそれらが真っ白になるまでお風呂場で一生懸命手洗いしてあげたのを覚えている。
 おめでたいことだからと母さんは喜んで赤飯を炊いた。姉ちゃんは全然嬉しくなさそうで、終始ふくれっ面をしていた。
 その日から俺達の部屋は別々になった。

 俺は当時から姉ちゃんのことが大好きだったから"女の子の日"ってやつを迎えた姉ちゃんが遠くにいってしまう気がして怖くなった。
 思えば俺が姉ちゃんの経血に執着するようになったのはそれが理由だったのかもしれない。
 俺が経験できないことを姉ちゃんは経験している。俺が知らない姉ちゃんがいるのは怖い。姉ちゃんを理解してあげたい。あの日の涙もふくれっ面の理由も体の不調も全てわかってあげられる存在でありたい。
 姉ちゃんに置いていかれたくない。そばにいたい。ずっとずっとずっとずっと。

「姉ちゃ…っ、天音お姉ちゃん…っ、はぁー…っ」

 俺は気付いたらシーツに出来た赤いシミに頬ずりをしながら大きく息を吸っていた。
 姉ちゃんの汗やら何かしらの体液やらが染み込んだいやらしい香りの中に鉄サビの匂いが混ざっている。
 経血だ。俺がずっと味わってみたかった姉ちゃんの経血が目の前にある。出来れば姉ちゃんのあそこから直飲みしたかったがもう我慢できそうになかった。
 俺はその赤に誘われるように舌を這わす。

「〜〜〜〜っ!」

 あぁぁぁあ……何だ?これは現実か?信じられない。ぺろりと一度舐めとっただけでとろけるような甘美な味が口の中に広がる。
 俺は声にならない声を上げて歓喜に打ち震えた。脳みそが沸騰している。姉ちゃんの体液は全てが至高で、聖水のように清らかなのだ。
 もう、駄目だ。これは罪の味だ。禁忌的すぎて決してこれ以上手を付けてはいけないと思った。
 これ以上を求めたら俺はきっと姉ちゃんにいつもの調子で馬鹿!変態!と罵られるだけでは済まない酷いことをしてしまうだろう。自制しろ。自制するんだ俺。


 俺は風呂場で一人黙々と姉ちゃんのベッドシーツとジャージ、パンツを手洗いし始めた。
 姉ちゃんが最近秘密で購入していた経血用の洗剤を使って血液が固まらないよう冷水で染み抜きしていく。姉ちゃんのジャージとパンツは洗うことすら嫌になったのか脱衣場のゴミ箱に乱雑に捨てられていたのを拾ったのだ。
 丁寧に洗えば血がついていたのが嘘のようにすっかり綺麗になった。

「姉ちゃーん、見てみて!」
「なっ?洗ったの!?何勝手に…って、え?すごい綺麗……」

 リビングのソファーでふて寝していたらしい姉ちゃんは、人ってそんなに顔を崩せるのかと感心してしまうくらい心底嫌そうな表情をしてから目を丸くした。

「……た、大変だったでしょ?なかなか落ちないし。昔さ……あんたが洗ってくれたこと覚えてるよ。まぁ、ありがと……瞬……」

 姉ちゃんが俺の洗った物たちを握りしめながらぼそぼそと呟いた。名前で呼ばれたのは何年ぶりだろうか。
 姉ちゃんもあの日のことを覚えていてくれた。きっと初潮の記憶として一生忘れることはないのだろう。
 それがたまらなく嬉しかった。今すぐにでも姉ちゃんを抱きしめて真剣な思いを伝えたい。ふざけた気持ちじゃないことをわかってもらいたい。
 でも、まだ駄目だ。まだ俺達は姉弟でいた方がいいんだ。俺は馬鹿で変態で頭がおかしいいつもの弟でいなくちゃ。

「ねぇ、もしかして姉ちゃんムラムラしてたりする!?これって童貞卒業出来る流れ?」
「っ!は?ムラムラしてないわ!お前っていっつもまともな雰囲気を出した次の瞬間にはそれをぶち壊すよね!?」
「もうっ、恥ずかしがらなくてもいいのにぃ。俺はいつでも大歓迎だからさ。好きなときにベッドに潜り込んできてね?さっきはシーツをペロペロして満足したけどやっぱり生で舐めさせてほしいし?」
「シーツを!?っ、こんの変態クソッタレ弟がーー!」

 ウインクをして見せると華麗な膝蹴りが飛んできた。最近俺のおかげで随分と上達している姉ちゃんの蹴りを甘んじて受けた。激痛に悶えながら思わず笑ってしまう。
 今日も我が家は平和だし、何もなかったかのようにいつも通りだ。

 俺は姉ちゃんと一生を共にする気でいる。これは確定事項だ。結婚は出来ないだろうけどそれがどうした。
 この人と一生一緒にいてもいいですか?なんて、わざわざ国や神様にお伺いを立てる奴は馬鹿だ。必要なのは姉ちゃんの気持ちだけ。

 姉ちゃんは俺のことをやばい弟だとちゃんと認識しているようだが、俺は多分姉ちゃんが思っているより何十倍も、もしかしたら何千倍も頭のネジがぶっ飛んだ奴なのだ。
 姉ちゃんに近付く気に入らない男を物理的に消すことも、姉ちゃんを押さえつけてその禁忌の蜜に顔を埋めることもいつだって出来る。
 それでも同じ屋根の下で暮らせる弟という立ち位置は結構気に入っているから、少なくともまだあと数年はこのままでいよう。
 こんな俺に愛されてしまったことが運のつきだし、なんなら生まれたときからもう運命は決まっていたというか。とにかく姉ちゃんには俺以外の選択肢を諦めてもらいたい。

「いーたーいー!姉ちゃんそんなんだからモテないんだよ」
「うるさい!あんただってモテないでしょ。今日という今日は許さないんだから!」
「うぁぁ…っ、ギブー!ギブー!」

 経血で汚れたパンツ洗ってくれる気が利く男なんて俺くらいじゃない?姉ちゃん寝相悪いんだしどうせまた汚すだろうから俺にその役割一生任せてって。
 首を締めあげてくる姉ちゃんの手を笑いながら叩いた。

END

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