創作夢

□お雛様誘拐事件の顛末
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明後日の三月三日は雛祭り。
雛人形を押し入れから出してあげられることが嬉しくて、この時期の天音ちゃんはいつも浮き浮きしていた。
だけど、今年の天音ちゃんは雛祭りを前にして元気がなかった。
天音ちゃんの大好きな先輩さんが明日高校を卒業して、遠くの大学に行っちゃうことが原因みたい。


「お母さん…私、先輩に会えなくなるの嫌だぁ…っ」

おばさんに話しかける天音ちゃんの表情は、明日で世界が終わるみたいに悲しそうだった。
天音ちゃんが悲しいと、僕も悲しい気持ちになる。


「気持ちはわかるけどね、燈(とも)くんもいるのに泣き言言わない。恥ずかしいでしょ」
「いいの!燈は私の家族だもんね?」
「うんっ、天音ちゃん」

おばさんの言葉で少しむくれた天音ちゃんに、僕は笑顔で頷いた。


僕と天音ちゃんはお家がお隣さんで、僕のお母さんと天音ちゃんのお母さんは大の仲良し。
僕のお母さんがお仕事で遅くなる日は天音ちゃんのお家にお世話になっている。
今日も天音ちゃんのお家にお泊りなの。


「僕に何でもお話してね!」
「と、燈〜っ!」
「はわわっ」

目をキラキラさせた天音ちゃんが僕の頭をぎゅうっと抱きしめた。
わわわっ、どうしよう。天音ちゃんのおっぱいが顔に当たってる。
柔らかくて温かくて良い匂いもするよ。


「燈はいいこだね。大好き!」
「えへへ……僕も天音ちゃんが大好き」

天音ちゃんの言葉が嬉しくてドキドキしちゃう。
でも、おんなじくらいもやもやってなるの。
それは僕の大好きと、天音ちゃんの大好きが違うから。
天音ちゃんは僕を本当の弟のように可愛がってくれるけど、僕は天音ちゃんのことをお姉ちゃんとは思ってない。
だって僕は大人になったら、天音ちゃんに僕のお嫁さんになってほしいんだもん。

天音ちゃんにぎゅうってされて僕の心臓はドキドキドキドキ。
天音ちゃんの心臓の音は早くならない。
それが僕と天音ちゃんの大好きが大きく違うところ。


「よーしっ、うじうじするのはやめた。明日先輩に告白してみるよ!」
「よくぞ決意した!頑張んなさいよ」
「うん。頑張って…ね」

元々前向きな性格の天音ちゃんはすぐに元気を取り戻した。
天音ちゃんは先輩さんが大好きだから、僕じゃなくて先輩さんのお嫁さんになりたいんだよね。
先輩さんと両思いになれたら、天音ちゃんはお嫁に行っちゃうのかな。

あ…また、もやもや。




「お内裏様とお雛様、三人官女に五人囃子。右大臣と左大臣に、五段目が三人上戸!」
「うん、正解だよ!」

おばさんがお買い物に出掛けて、僕と天音ちゃんは居間に飾られた雛人形を見ている。
天音ちゃんの雛人形は五段飾りでとーっても立派なの。
雛人形を出すお手伝いを毎年しているから、全部のお人形と飾りの位置を覚えちゃった。
僕は男の子だから、学校のお友達には内緒にしてるんだけどね。


「片付けのお手伝いもよろしくね」
「はぁい!あっ、でもぉ…どうして雛祭りが終わったらすぐにお片付けしちゃうの?
四月にも五月にも飾ってあげようよ。お雛様喜ぶよ!」
「あははっ、私ももっと飾っていたいけど、それはあんまりよくないことなの」
「ほえ…?」

僕は頭の中にハテナマークがいっぱい浮かぶ。
お気に入りのお人形さん、ずっとずっと飾っておいたらいいのに。


「雛祭りが終わった後も雛人形を片付けないでいると、結婚が遅くなるって言われてるんだよ。
私ね、この雛人形を嫁入り道具として持っていって一生大事にするつもり。だからきっと、一年に一度の短い期間だけ飾っていてもお雛様は許してくれるよ」

天音ちゃんが僕の大好きな優しい笑顔で教えてくれる。
雛人形を片付けるのが遅れたら結婚も遅れちゃうって、なんだか呪いみたいで怖い。

それならもしも、もしもの話だけど……
雛人形がどこかに行っちゃったら、天音ちゃんはお嫁に行けなくなっちゃうの?
先輩さんのお嫁さんになれないの…?

……なんでだろ。
今、ドクンって心臓が脈打った。
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