創作夢

□06
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 平穏な我が家の日曜日、リビングで。約束していた友達から体調不良で行けないと連絡があり、暇になった私は弟とゲームをしていた。弟も友達と約束があったらしいのに「姉ちゃんが家にいるなら俺も行かない」とかふざけたことを言って家に居座っている。しょうもない理由でドタキャン常習犯の弟よ、友達から嫌われてしまえ。

 とはいえ一人でゲームをするより楽しいのは間違いなかった。
 弟が経血マニアの変態性癖持ちであるという衝撃的なカミングアウトをしてから一年が経った。こんな弟でも緊急入院が必要なレベルの発言さえしなければ特に問題はない。一人っ子がよかったーと時々思ってしまう程度にはうっとうしい存在だが。重宝しているPS4に免じて存在を許そう。

「また俺の勝ちだね」
「うん。ゲームくらい別にいいよ」
「つまんないなぁ……勝つまでやるんだからぁ!ぷんぷん!みたいなのないの?ムキになる姉ちゃんって絶対可愛いだろ。あっ、そうだ。今晩はこのネタで」
「黙れ変態!私は部屋に帰らせてもらう!」

 全くもう……気を抜くとすぐこれだよ。若干頬を赤らめた弟はどんな気色悪い妄想を繰り広げているんだか。弟の発言がエスカレートしないうちに退散しようと立ち上がる。

「あ、姉ちゃんが別の意味でムキになった!弟に連敗してしっぽ巻いて逃げ出すなんて可愛い!」
「はぁ!?私が本気を出せば……」

 弟が挑発的な笑みを向けてくる。引き止めようとしてわざとからかっていることはわかっているが、ここまで言われて黙っていられないのが私の性分だ。私はわざわざ弟の前まで戻ってくると口を開いた。
 でも言葉の途中で下腹が痛み始める。毎月必ず感じるお馴染みの痛みだ。今月はちょっと早いようだけど普通の腹痛とは違うからすぐ気付く。早くトイレに行かないと下着が汚れてしまう。

 目の前のこいつは私がトイレに行くと言うだけで毎度大はしゃぎする変態だ。繰り返し言い聞かせた甲斐あってトイレのドアを開けることはしなくなった。犬並の知能はちゃんと持ち合わせてくれていた。
 代わりにトイレの前で聞き耳を立てて、滞在時間をストップウォッチで計測するという常人には理解しがたい行動を取るのだ。私が生理中か確認しているのか、おしっこの音を聞きたいのか知らないが落ち着いて用も足せなくて困っている。弟に悟られないよう早急にトイレに行かなくては。

「どうかした?」
「別に。私は部屋に戻るからあんたがゲーム片付けておいてね」
「えー…もっとゲームしようよ。どうせ姉ちゃん一日暇だろ。それともリビングから出て行かないとマズイ理由でも出来た?もしかして!急にオナニーがしたくなっちゃったの!?実は俺もしたいと思ってたんだ。気が合うね。せっかくだから見せあいっこしようよ」

 私の手を取って瞳を輝かせた弟に呆れる。本当に救えない変態だな。昔はそこそこ可愛い弟だったのに、何が弟をこんな変態に変えてしまったんだろう。何が……じゃなくて誰が?まさか私が…?
 私は無罪だ。弟は元々重度の変態化する運命にあったんだ。弟だけ部屋に戻らせて私はこっそりトイレに行けばいいな。

「やっぱり部屋に戻るのはやめた。お前は戻っていいよ」
「じゃあ俺もやーめた。姉ちゃんがリビングに残るなら俺も残る。俺どこまででも姉ちゃんに着いていくよ」
「ち、ちょっと!」

 弟は片方の口角を吊り上げながら言った。同時に私の片方の手の平をこじ開けると無理矢理に指を絡ませて手を繋ぐ。私の後ろにくっついていくという意思表示だった。
 振り解けないようにぎゅっと握られた手と意地の悪そうな笑み……まさか私がトイレに行きたがってることに気付いて!?

 僅かな間にも下腹部の痛みは酷くなっていた。早くトイレに行け、間に合わなくなるぞ、と警告してくれている。今日の下着は結構可愛いやつだから汚したくない。
 今一度、姉と弟の絶対不変の上下関係ってものを馬鹿な弟に解らせてやるとするか。この一年、変態パワーに圧されて曖昧になってしまっていたからな。

「こんの、変態弟!」
「いでっ!」

 正義の鉄槌……もとい膝蹴りが弟の腹に命中した。弟が小さく悲鳴を上げて私の手を離すとお腹を抱いてうずくまった。私は余裕の笑みを浮かべながら弟を見下ろす。

「これに懲りたらあんたはさっさと自分の部屋に戻りなさい!……っ!」

 少しでも早く弟を追い払いたくて廊下の方を指差す動作に力が入ってしまう。すると下半身に不快な感触があった。体の内側から月のものが流れ出て、気に入っている下着が悲劇に見舞われた瞬間だった。
 自分以外気付くはずのない、とてもとても小さな変化だ。なのに……足元でうずくまっていた弟がピクッと反応した。

「今、えっちな音がした……」

 ぽつりと呟くとゆっくり顔を上げる。私の顔を見上げた弟は微かに震えていて、信じられない光景を目の当たりにした…そんな表情で放心していた。
 私も廊下を指差したまま固まった。リビングがシンと静まり返る。

「……け、経血……姉ちゃんの……経血が……」
「あ……ち、違う…っ」

 しばらくして沈黙は破られる。床に座った弟が自分の肩を抱き、ブルブル大きく震えながら声を振り絞った。その声を合図に私の硬直も解けた。顔がカーッと急激に熱くなる。
 音って?本当に聞こえたの!?

「い、今!今月の生理がきたんでしょ!?」
「いやっ!」

 あまりにも恥ずかしくて強気で口が悪いいつもの私ではいられない。この空間から逃げ出したい一心で後ずさると弟が前からしがみついてきた。ズキズキ痛む下腹部の高さに丁度弟の顔があって私を仰ぎ見る。

「いいいいまこの瞬間!リアルタイムで!こうして俺が話している最中にも姉ちゃんの経血はだらだら垂れ流し状態ってことだよね!?」

 興奮して息を荒げ、真っ赤になった弟の顔から底知れぬ気迫を感じた。本能的な恐怖で一歩も動けない。弟は何故だか目が回ったようにふらつきながら私の下腹部に必死でしがみついていた。そのおぞましいほどの経血への執着には畏怖の念を抱かずにいられない。

「はぁはぁっ……経血がね、クプッて音を立てたんだよ!いや、コポッ……かな。すごいやっ、それってすんごいことだよね!姉ちゃんの経血が膣から体外に流れ落ちる音を聞けたなんて……はぁっ……俺は奇跡の瞬間に立ち会ってしまった…!」

 弟が夢中でスカート越しに私のあそこに顔を擦り寄せてきた。熱い息がスカート越しでも伝わってきて、私のそこでスゥーハァーと大きく深呼吸をする。下腹部を圧迫されて痛いような、くすぐったいような。
 恥ずかしい気持ちや怒りよりも弟の変態っぷりに、ただただ絶望していた。弟は緊急入院が必要なレベルまで変態をこじらせてしまった。きっと隔離病棟に入ったら二度とこの家に戻ってこられないだろう。一人っ子がよかったと常日頃思っていたのに何となく寂しく感じるから不思議だ。

「ね、姉ちゃ……はぁっ、天音……お姉ちゃん……」

 弟は腕の力を弱めると、いよいよ限界だと言わんばかりに潤んだ瞳で私を見つめる。"天音お姉ちゃん"って弟がまだ可愛らしかった小学生時代の呼び方だ。この酷い流れでその呼び方はやめてくれ。小学生時代の弟と重なってなんだか可愛いような気がしてくる。

「経血舐めさせて…?」
「ばっ、馬鹿!こんのっ、変態野郎め!私がトイレに行ってる間に死んでしまえ」
「いだぁっ」

 ちょっと可愛いな……と思った私が馬鹿だった。スカートの中に手を侵入させようとする行動には可愛さの欠片もない。
 私は弟の腕から逃れると二度目の膝蹴りを見事命中させた。弟は悲鳴を上げて再び腹を抱えてうずくまる。そんな情けない姿を尻目にリビングを後にした。


――私は替えの下着を部屋から持ってくるとトイレに駆け込んだ。このトイレは安全神話が崩れてしまっている。悶絶していた弟は追い掛けてくるだろうか。血が付いた下着を脱いで替えの下着に足を通すと便座に座った。

「……あ。ナプキンないんだった……」

 大変由々しき事態に気付いた。トイレットペーパーを重ねて応急処置してナプキンを買いに行く必要がある。ついでに残り少なくなっていた生理痛の薬も買うかな。今日は家でゆっくりしようと思っていたのにな。こういう面倒事が起こったときばかりは女に生まれたことを後悔する。

 血を拭き終わってペーパーで応急処置をし、下着を履いたタイミングでカチッと音がした。そして防犯性皆無のドアが開いていく。トイレの前には弟が立っていた。

「姉ちゃん、大丈夫?お腹痛くない?」
「開けるな馬鹿!」

 表明上は怒鳴りつつ。一歩遅かったな。もう用事は済んだからなと内心ほくそ笑む。

「さっきはごめん。ちょっと取り乱しちゃった。ナプキン切らしてたでしょ?買っておいたんだ。これ、使って」
「……え」

 ちょっと?若干ツッコミを入れたい部分はあったが、それよりも弟の意外な行動に面食らってしまう。弟が申し訳なさそうに怖ず怖ずと差し出してきたのは、いつも私が好んで買っているメーカーのナプキンだった。

「俺が買ったのなんか気持ち悪くて使えない…?」

 弟は益々しょんぼりとした。薬局の袋に入った新品のナプキンに怪しいところはない。よく見たら私が買おうと思っていた生理痛の薬まで入っている。男子がどんな顔をして買ったんだろう。買ったのはいつなんだろう。何でトイレに置かずに隠しておいたんだろう。なんか怖いから、深く考えるのはやめておいた方が良さそうだ。

「ううん。使わせてもらうね」
「本当?よかった!」
「うん、ありがとう」

 どうしようもない変態な弟だけど……買い物に行かずに済んで助かったし、これからも存在を許そう。隔離病棟行きも一先ず見送りだな。しばらくは家で経過を見ようと思う。

「女の人は大変だよね。姉ちゃんに毎月くる生理……俺が代わってあげられたらいいのに」

 弟が私の手を労るように撫でながら優しく握る。そういえば私達小さい頃は仲が良くて、家でずっと手を繋いでいたよね……し、仕方ないなぁ。もう何年も弟のことをお前とかあんたとしか呼んでないけど、たまには"瞬"と名前で呼んでやるかな。

「あ、あのさ」
「あぁっ、出そう。我慢出来ない!」
「は?」

 名前を呼ぼうと口を開いたら、弟は私から離した手の匂いを嗅ぎながら前屈みになった。ほんわかしていた心が一気に冷えていくのを感じる。こいつ、まさか……。

「俺は部屋に戻るね!姉ちゃんは……手、洗ってから出なよ?」
「適当な言葉で私を騙しやがったな!変態!」

 弟は憎たらしい笑顔を見せた。弟がちょっと良い奴っぽいことを言ったのは私を油断させるための演技。本当は経血をトイレットペーパーで拭いた後、まだ洗っていない私の手をさりげなく触ることが目的だったんだ。
 弟を名前で呼んであげようかな……とか思っちゃった私はなんて愚かなんだろう。こんな変態弟のことは"変態"とだけ呼んでおけばよかったんだ。

「姉ちゃんごめーん!許して!」

 軽く手を合わせてふざけた調子で謝りながら弟は自分の部屋へと歩き始めた。絶対の絶対に許さないからな。

「……でもね……天音お姉ちゃんの毎月の痛みを代わってあげたいと思ってるのは本当だよ」

 弟は振り向きざまにフワリと微笑んだ。そしてまた前を向くと股間を押さえて早足で歩き出す。その後ろ姿は酷く不格好なのに、一瞬だけ見せた柔らかな微笑みは少しだけ大人っぽく見えて……心臓が不自然にドクンと脈打った音を聞いたような気がした。それは今度こそ私しか気付かない、小さな変化だった。
 私はナプキンと薬を抱きしめ、息をするのも忘れて弟を目で追っていた。

END
 

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