創作夢
□男の娘×女の子←男の子
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香坂天音、十六歳。いわゆるどこにでもいる普通の女子高生の私は、待ち合わせ場所で恋人の凛(りん)を待っていた。
凛はとっても可愛くて、優しくて、私にはもったいない良い子だ。付き合い始めてから毎日が楽しくて仕方ない。
凛のことを考えると、つい頬が緩んでしまう。一人でにやけながら、いつも凛が来る方向をそわそわと見つめる。
「ごめんね!待たせちゃった?」
「ううん。今来たところだよ」
「それならよかったぁ。何着ようか悩んで少し遅くなっちゃったの」
「そうなの?今日の凛すっごく可愛いよ!」
「えへへ……」
照れ臭そうに笑う凛が可愛くて可愛くて。確かに今日の凜は気合いが入っている。
肩までの長さの髪は緩く巻かれていて、真っ白でふわふわのワンピースがよく似合っている。高めのヒールでぎこちない歩き方をしているのも頑張って背伸びしてきてくれたみたいで、なんだか愛おしい。
「でも、やっぱり天音くんの方が可愛いよ」
「……え?」
私はどこにでもいる極普通の女子高生だ。ただし一つ、本当に一つだけ……
「本当に女の子みたい。男の子には全然見えないもん」
「うっ……」
……私が男の子の振りをして、女の子と付き合っていることを除いて。
「な、何を言ってるの?ぼ、僕はちゃんと男の子だよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい!失礼なこと言ったりして……」
実は女だとバレるのが怖くて、"女の子みたい"という言葉には過剰に反応しがちだ。凛はシュンとしてしまった。
私はどこまで最低な彼女……彼氏?なんだろう。心優しく純粋な女の子である凛を騙しているばかりでなく、悲しませるなんて。
でも、こんな形で凛と付き合っているのには、海より深いと言っても過言ではない深い事情があった。
一ヶ月前、文化祭――私のクラスは女装メイド喫茶をしていた。
男子はメイド姿で接客、女子は厨房の担当になっている。ノリノリの女子とは反対に男子達は非協力的で、女装する予定の男子の脱走が後を絶たなかった。
「おいおい、混んできたのにメイドの数が足りないじゃねーか。どうするよ?」
「あいつらぁ!あたしがとっ捕まえてくる。とりあえず天音は引き続き男子の代わりに接客よろしくね!」
「うぅ……早く戻ってきてね……」
手が足りないからと女の私までメイド服を着て接客に駆り出されている始末だ。ただし女装が売りということもあり、女装男子として振る舞うように言われている。
女が普通にメイドをやってるようにしか見えないだろうけど。建前として一応。
「えーと、窓側の端のテーブルは……」
混雑する教室内で、おぼんにグラスを四個乗せて運ぶ。さっき他の男子が注文を受けたテーブルには、他校の制服を着た男子三人と女子一人のグループが座っている。
そのテーブルに近付くにつれ、会話が耳に入ってきた。
「まぁまぁ、元気出せよ。凛ちゃん」
「もう少し探してみようぜ。凛ちゃん」
「お前ら完全に面白がってるだろ?……大体何なんだよ。この格好は!」
「そうでーす!ぶっちゃけ楽しいでーす!」
「まっ、凛がここの文化祭のチケットをどうしても欲しいっていうから、知り合いに頼んでやったんだろ。俺に感謝しろって」
「後で殺す!」
何かよくわからないけど、もめてる?
男子のグループに一人混ざっている男勝りな女の子は、今にも隣の男子につかみ掛かりそうな雰囲気だった。
「ご、ご主人様、お嬢様。お待たせしました。メイドの萌え萌えジュースです」
緊張しながらニコリと笑うと、テーブルにジュースを並べていく。四人の視線が私に集まる。本来ならば萌え萌えの呪文とやらを唱えるらしいが、ヘルプの私は教えてもらっていないし、やるつもりもなかった。
「ごゆっくりおくつろぎください」
「……天音さ…ん…?天音さんだよね!?」
「えっ?」
席を離れる間際、机を強く叩き、すごい勢いで立ち上がった女の子に腕を掴まれた。
驚いて、その女の子の顔をまじまじと見つめる。彼女は女の私でも思わず見惚れてしまうくらい並外れた美貌の持ち主だった。
確かに天音は私の名前だけど、こんな美少女の知り合いはいない。
「そうですけど……えっと、あなたは?」
「や、やっぱり!俺は、」
「ち、ちょっと待った。君って女の子で間違いないよね?」
「はあ?どう見ても女の子だろ」
「そうなんだけどさ、ここって女装喫茶だからあるいは……と思って。まぁ、ないか。ごめんごめん」
満面の笑みを浮かべた彼女は私の腕を離すと、姿勢を正して何か話し始めようとした。けれど、彼女の友人が割って入ってきたから続きを聞くことは出来なかった。
一応今の私は男子が女装してメイドさんをやってるという設定だが、当たり前に女だと認識されているし、凛さんは私を知っているみたいだから嘘をついても仕方ない。
「その件については僕からお話します!僕の友人、香坂天音はズバリ……男子です!」
「世良くん!?」
会話に混ざってきたのは、隣のテーブルを静かに片付けていた世良(せら)くんだった。
突然乱入してわかりきった嘘を自信満々に言ってのけるから、場はしらけた雰囲気になって、皆が冷めた表情で世良くんを見る。
「疑っていますね?それはごもっともです。僕も最初は信じられませんでした」
声を張り上げた世良くんはテーブルの周りをウロウロしながら身振り手振りで話す。
彼は演劇部に所属していて、とても演技が上手いと評判だ。一年生ながら明日の舞台では主役を任されているらしい。
「はいはい。もう信じたよ。それより天音さんと話がしたいんだけど」
「おっ!このメイド男、超面白いじゃん!話を聞こうぜ」
苛ついた様子の凛さんとは違い、他の男子にはウケている。確かに世良くんの熱が入った舞台演技は、こういう普通の場所で見ると違和感があって少し面白い。
でも、別にそこまで必死に私を男に仕立てあげてくれなくてもいいんだけどな……。
「香坂くんが女の子にしか見えない理由。それは複雑な家庭の事情で幼い頃より女として育てられ、女性らしい立ち振る舞いを厳しく叩きこまれたからなのです!……とは言え、彼の心と体は紛れも無く男の子。彼が女の子に成り切るのは僕等の想像を絶する苦難の道でした…っ、うぅぅ……すみま…せん……彼の苦労を思うと涙が……」
「そ、そんな事情があったのか!」
「大変だったんだな……」
「お前らなぁ……嘘に決まってんだろうが」
……さすが演劇部期待のルーキー、恐るべし。完全に演劇ノリだけど、全身をフルに使っての熱演には心を打たれる。大粒の涙まで流す迫真の演技に、凛さん以外の三人はあっさり騙されてしまったようだ。
「……嘘ではありません。普段は女子の制服に身を包み、本当の自分を殺している香坂くんですが……文化祭の今日この日だけは!男の子として過ごしてもいいと、お父様から許可が下りたのです」
「天音くん、よかったな!」
「ふ、ふざけんな!さっきから天音さんに失礼なことばかり言いやがって!」
な、なるほど。その設定なら"天音くん"が今メイドをやってるのも頷ける。
よくもまあ、こんなにもペラペラと嘘ぶけるものだと感心してしまうが。
「黙ってください。失礼なのは君の方です。香坂くんが今どんな気持ちでメイド服を着ているのか本当にわからないんですか!彼は大嫌いだった女装を今日は男の仕事として任されて、とても誇らしく感じています。この話を聞いてもまだ君は香坂くんを女だと言うんですか?」
「……凛、お前最低だぞ」
「諦めよう。彼は男だ……」
世良くんはすごい気迫で凛さんに凄む。何が何でも、私を男だと思わせてやろうという謎の執念を感じる。
そして、恐ろしいことに世良くんの舞台は教室全体へと広がっていたのだ。凛さんの友達三人も、周りのお客さんも、クラスメートの女装メイドも、いつの間にか全員が凛さんを責めるような視線を向けていた。
「な、何なんだよ。みんなして……俺が間違ってるのか…?」
事態は段々とやばい方向に進んでいる。ずっと強気な態度でいた凛さんもさすがに弱々しくなって頭を抱えて俯いた。
いい加減、悪ふざけはやめてほしい。凛さんは何も悪くないのにあんまりだ。
そもそもクラスメートは当然として、客の中にも私を知っている人はいるはずだ。何でみんな一緒になって世良くんの話を信じてるんだろう。世良くんって本当に恐ろしい。
「ち、違うんだよ!私は、」
「……天音さんはすっごく可愛いよ。こんなに可愛い子が男のはずがない。俺は絶対に信じないからな!」
凛さんは顔を上げると、私に言い聞かせるように優しい声音で可愛いと言ってくれた。
それから教室内をぐるりと見渡して、高々と宣言する。私以外の全員をキッと睨みつける瞳は涙で濡れていた。
その姿に凄まじい衝撃を受ける。凛さんはとても綺麗な顔立ちの女の子だ。長身で、モデルさんみたいにスタイルが良い。
彼女が勇敢な王子様のように見えた。一瞬息苦しくなった後、私の心臓はドキドキドキドキと早鐘を打つ。
だって、よく考えれば失礼な話だ。女の私が男として認識されるなんて、そんな暴挙を許していいものか。きっと女の子の凛さんには、私の気持ちがわかるんだろう。だから私を庇おうとしてくれているんだ。
「ハァ……これだから素人は。正しくは、"こんな可愛い子が女の子のはずがない"でしょ…!香坂くんは、女の子より可愛い男の子だってことなんだよ!……まぁ、いいや。そこまで言うなら最後の手段です。香坂くんの股間にナニがついているかどうか、触って確かめてみてください」
「なっ!?」
「「「やーれ!やーれ!」」」
私が凛さんのことを考えてぼーっとしている間にも、教室内の時間は流れ続けていた。
世良くんのとんでもない提案に、周囲は手拍子をして盛り上がる。私もその声を聞いているはずなのだが、心ここにあらずの状態だったから無反応だった。
「ほらほら女性同士なんだよね?遠慮せずにやっちゃってくださいよ!さあ!さあ!」
「お、女同士って……俺は…!で、でも、どうして天音さんは黙ってるの!?触られても平気なの?」
「…………」
心臓の音がうるさい。ドキドキが止まらない。この胸の高鳴りの正体を知っている。
相手は女の子なのに、そんなことって……。
「ほーら。触りやすいようにスカートをめくってあげるからさぁ!」
「お、おいっ、やめろ!」
メイド服の膝丈のスカートが少し持ち上がって、太もも辺りまで風通しが良くなった気がする。体中が火照っていたから助かるなぁ……なんて思う。
大きな問題に頭を悩ませている私には、この教室内で起こっている全てのことがどこか他人事のようだった。
「くそっ、離せよお前ら!ねぇ、天音さん!どうして?どうして逃げないんだよ…!……ま、まさか本当に男……なの…?」
私はまた友達三人と揉めているらしい凛さんをぼんやり眺める。
やっぱり彼女って男勝りなんだな。それでもすごく可愛い女の子だっていうのに、女の私が恋をするのは間違っているだろうか。
でも、よく聞くよね。恋には年齢も性別も関係ないんだって……。
「……うん。うん。そうだ。そうだよ!」
私は基本的に楽観的な人間だから、長いようで短い葛藤タイムを終えた。満足のいく結論に何度も頷いて、改めて教室内を見渡してみたら……状況は一変していたのだ。
「何やってんの!?離れてっ!」
「……いだっ」
廊下の方を見ていた世良くんは、何故か私のスカートをめくっていた。パンツが見える前に食い止めることが出来た。
目の前にいたはずの凛さんのグループが見当たらない。周囲の人達もさっきの盛り上がりが嘘のように静まり返っていた。
……何この状況。私がぼーっとしていた僅かな時間に、この教室で何が起こったの?
「世良くん!何があったか簡潔に話して!」
「えっ、何を言ってるの?股間を触って確認してもらおうとしたら、香坂くんが自分で男だって言ったんじゃない。それにしても、失礼な女の子だったよね。人の性別を誤解するなんてさ」
私が必死の形相で聞くと、世良くんは驚いたように話し始めた。驚くのはこっちの方だ。私が自分で男だって言った…?
全くそんな記憶はないんですが。何よりも先にツッコミたいことがあった。
「世良くん!まさか本当に私を男だと思ってないよね?」
「ん?思ってるも何も、香坂くんは男の子なんでしょ?メイドの格好してるもんね。まぁ、香坂くんの複雑そうな家庭環境は僕の想像だけど、案外良い線いってるんじゃない?あっ、これからは男同士仲良くしようよ!天音くんって呼んでいい?」
力が抜けて、その場にがっくりと崩れ落ちる。こんなことがあっていいのだろうか。
世良くんは曇りのない笑顔を浮かべながら握手を求めてくるのだ。私は静かにその手を握り返すしかなかった。
「そ、それで……あの女の子はどうしたの?」
「あぁ、大泣きしながら教室を飛び出して行ったよ。友達の人が追いかけていったみたいだけど。さすがにちょっとやり過ぎちゃったかな?反省、反省」
「そんな…!」
世良くんは反省とか言いながら妙にあっけらかんとしていた。
私も早く凛さんを追いかけなくちゃ。凛さんに謝りたい。私に最初何を話そうとしていたのか聞きたい。あっという間に恋に落ちたから、私は凛さんのことを何も知らない。
「……行かないでよ」
教室を飛び出そうとした私を、世良くんが引き止める。
「どうして…?」
「だって、今行かせたら……」
私が行ったらどうにかなってしまいそうな……切なげで弱々しい表情だった。世良くんって本当に演技が上手だね。
「ごめん。私急いでるから、もう行くね」
「……香坂さん」
反省アピールなのか知らないけど、彼の演技に付き合っている時間はない。私は世良くんに背を向けて走り出した。