創作夢

□誰かのBADEND
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その日、彼女はとても苛立っていた。
ほぼ日課となっている金銭の要求は普段より三千円アップ。
殴る蹴るのオプションも加えられた。
それでも彼女の気持ちは納まらない。
最終的には僕を裸にひん剥くと、お前って世界一惨めだねと言って嘲笑う。

彼女はとても苛立っているように見えた。
だけど本当は、とても傷付いていたんだよね。
だから仕方なかったんだ。
誰にも彼女を責めることは出来ない。
少なくとも僕は彼女を責めない。






「お、お願い。ここから出して……」

背後から弱々しい声が聞こえて視線を向ける。
ベッドの上では香坂さんが横たわっていた。
両手足を縛られて身動きの取れない彼女は、体を震わせながら僕を見る。


「香坂さん、僕の部屋で何してるの?」
「な、何って!あんたが…!……み、御崎(みさき)くんが連れて来たんでしょ」
「……あぁ、そういえばそうだったね」

香坂さんは僕が怖いみたい。
僕が少し首を傾げただけでびくびくして"御崎くん"なんて呼んだ。
御崎くんって誰だろ?
僕の名前は「おい」「お前」「あんた」だったはずなのにね。

でもまぁ、香坂さんが僕の部屋に居るなんておかしいと思ったんだ。
そういえば香坂さんは深夜に、僕の家の前の橋の下に居たんだったね。
こんな夜遅くに危ないと思って、仕方なく頭を殴りつけて気絶させてから、僕の家に保護してあげたんだった。
あれからもう一週間かぁ。
時間が経つのがあまりにも早過ぎて、大切なことまで忘れちゃうね。


「な、何が目的なの?お金ならきっとパパが払ってくれるよ。
私はどうしても、ここから出ないといけないの」

香坂さんはこの辺で一番大きいお屋敷に住んでいる。
警察のお偉いさんだとかいうお父さんは香坂さんの自慢だ。
いつも嬉しそうに話してくれたもんね。
「先生に言っても無駄だよ。パパが揉み消してくれるし」「そんな態度取っていいわけ?パパに言えば、お前なんか適当な罪で少年院行きに出来るんだからね」って。
誇らしげなその表情がとても愛おしかったよ。




「んー…少し静かにしてもらえないかな?今漫画読んでるんだ」
「ま、漫画?……わ、わかった」

僕は読みかけの漫画に視線を戻す。
香坂さんが愛読している少女漫画雑誌に載っている作品の単行本だ。
一週間で百冊くらい読んだけど、どれも似たような内容ばかり。
強引だけど誰よりも一途なヒーローと、平凡だったり特別な力を持っていたりする純粋なヒロインが、紆余曲折を経て結ばれるハッピーエンドだ。

でもそれでいい。
一途なヒーローと純粋なヒロインは必ず結ばれるべきだし、それが世界の理なんだよ。
変化球なんて必要ない。悲恋とか死別とか、どこが面白いの?
そんなの全然つまらないじゃない。




――ピンポーン

「こんばんわー。夢夢警察署の者です」

あと数ページでハッピーエンドを迎えられそうだったのに。
インターホンが鳴り響き、無粋な客人が訪れる。
また来たんだ。
毎日来てるけど、捜査に進展はあったのかなぁ?
お茶だけ飲んで帰っていくんじゃ、ただの税金泥棒だよ。


「……ねぇ、香坂さん。良い子に出来るよね?」
「……ひっ!」

僕がナイフをちらつかせると、香坂さんは痛々しい程に何度も頷いた。
なんてお利口さんなんだろう。
ちゃんと良い子にしていられたらご褒美をあげないとね。

でも念のため、香坂さんの口にガムテープを貼付ける。
だって昨日警察が来た時にもそう約束したのに、大きな声を出そうとしたんだもん。
香坂さんはお茶目で悪戯が好きだから、僕を驚かそうとしたんだよね。
わかっているけど、今悪戯されるのは困るんだ。




僕は香坂さんを一人残して、玄関のドアを開けた。

「はい」
「夢夢警察署の者です。また話を聞かせてもらってもいいかな?」
「いいですけど……思い出したこととかないですよ?」
「いいから、いいから。少し上がらせてもらうね」

また今日も図々しく部屋に上がるらしい。
僕は仕方なく警官をリビングに案内する。
1LDKの僕の部屋で香坂さんを見付けるのなんて簡単だろうけど、リビング以外の場所を見せてくれと言われたことはない。
もし一度でもそう言われたら、僕と香坂さんの幸せな同棲生活は終わりを迎える。
つまりバッドエンドだ。
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